18〜封印のひ・み・つ。

一本の大木たいぼくから削り取られたその重厚な扉は結構重く、大人でも少し力を入れないとなかなか開かない代物だった。

昔の職人が彫ったであろう、細かい装飾がなされたその扉に、私が聞き耳を立てるために寄りかかって、部屋の中のふたりの会話を聞いていた。


「今のアリズランド国内では、かつての覇権寸前だった侵略戦争を正当化する思想教育で洗脳されていると聞きました」

坂倉さんの声だ。

アリズランドとは、数百年前に魔王アリズが建てたと言われる国で、魔族と異形の民が住む、この天乃国からは遠く離れた場所にある。


「誰が統制を取っているのかは不明ですが、もしかしたら魔族の王が、その国の民を煽っている可能性も」

魔族の王…?今はアリズはもういないので、アリズランドの民は新たな支配者を迎えたということだろうか?

そしてその王が民を煽って、再び魔の民を組織しているということなのか?


「私はこの状況を静観する国に、全てを報告しなくてはいけないが…いいかな?」

父親が坂倉さんに何かを確認しているようだった。


その確認の返事を待っていると、結構な勢いでドアが開いて、予想だにしなかった私は驚いて後ろに飛ばされてしまうのだった。


ああ、私は坂倉さんが何らかの言葉で返事をすると思って、それを聞こうと待っていたのに、ただ無言で頷いただけで話が終わったらしく、それで部屋を出てきたのだなと、変に納得するも、この状況は完全に盗み聞きバレましたね…


「今の聞いてたのか?」

私がぶっ飛んだのを見て、父親はそう訊いてきたが、誰がどう言い訳しても聞いてた以外ないので、申し訳なさそうに静かに頷くしかなかった。


「ごめんなさい…坂倉さんが心配で」

そんな消沈している私に彼女は手を伸ばしてくれて、その手を掴んで立ち上がると、

「心配はいらん、けどありがとうな」

と相変わらず優しく頭を撫でてくれるのだった。


「あと、お父さんも昨日からおかしくない?」

そう言って、昨日から様子が変わった父親にも、そう訊いてみるも、

「いや、だいぶ落ち着いたから大丈夫…昨日は衝撃的なことが多すぎて、俺のキャパシティを軽く超えちゃって」

などと言いつつ、

「坂倉さん、マジで娘を頼んだぞ」

と、彼女に真剣な眼差しで訴えれば、その坂倉さんは私の腰に手を回して自らに引き寄せ、

「任してください」

そう力強く答えていた。


何…?何ですかこの状況…?


不思議そうにしている私の腰に手を添えたまま坂倉さんは玄関まで一緒に降りていく。

ああ…腰に手を添えて言うからには、結婚したら娘をよろしくに応えたのだな、と勝手に納得するするしかなかった。


「今度は私が坂倉さんのご両親に挨拶しないとなのかな?」

こちらの親の結婚の承諾を得たのだから、今度は相手の親なのだろうと軽く考えて、そう言うも、

「いや両親はいない」

意外な返事で素っ気なく返されてしまう。

ああ…私は本当に何も彼女のことを知らない。

そんな自己嫌悪と共に、失礼なことを訊いてしまったことを謝ると、

「気にすんな、もう随分昔の話だし」

そう言って、またまた頭を優しく撫でて帰っていくのだった。


そんな一連の出来事を見ていた父親は、私を呼んで、

「そろそろ、封印された禁レシピの話をしないといけないのかも知れないな…」

と言って父親の部屋に一緒に来るよう言われる。


「彼女が言うには、そのレシピはもう使う必要はないとことだけど」

そう言って一冊の本を出す。

「彼女?」

誰のことを言っているのか分からないので訊くと、

「坂倉莉里さん、お前の婚約者フィアンセだよ」

と言われる。


何で坂倉さんがそんな判断するんですか?

何で禁レシピの内容を知ってるんですか!?


そんな驚いた顔をしていると、父親は開いた本を見せて、

「これを見てもらったら、そう言われたんだ」

と言うのだが、いや、厳格に封印された禁レシピを昨日会ったばかりの女性に見せますか父よ!?


「そんなの見せたの?」

当然驚いて、問いただすも、

「彼女の友達が言うには、坂倉さんって全ての魔法に精通しているって言うから」

などと述べており…


「一応封印されてるんじゃ…門外不出なんじゃ…?」

私は結構な呆れ顔で、父親の失態を問い詰めるも、

「大丈夫、封印は解けてない、安心していい」

そんな苦慮したような回答に怪訝な表情しか出来ずに、

「お前は彼女信用してないのか?」

と訊き返されるけれど、

「いや、坂倉さんだからいいけど、別の人だったらどうすんの?」

そう言いながら、開いた本を見てみた。


「大丈夫、ちゃんと確固たる信頼は得れたから、それより、これがレシピだ」

父親の人差し指の先には私たちが使う言語とは違う、得体の知れない言葉がつらなっている。


「何これ…有事になったらどうするの?翻訳したものがあるの?」

そう驚く私に、父親は得意げに、

「これが封印だよ」

と言うが、何で得意げなのかは深く考えずに、

「封印を解いたら、これが読めるようになるって意味?」

そう訊けば、父親は頷くのだった。


「で、封印なんだが、ある物が触媒として必要なんだよ」

いよいよ、その秘密を聞く時が来た。

私は固唾を飲んで、父親の一字一句を聞き逃さぬように、神経と耳に集中させた。


「魔王アリズの血だ」


私はその言葉に、

「無理じゃん」

と思わず言うだけだった。

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