第16話 正体
「たあーっ!」
局所的な重力操作で加速させつつ、柄つきの鉄塊を振り下ろす。
急造モーニングスターの巨大質量を受けた石造ゴーレムが一撃で崩壊した。
「見事です! 様になってきましたね!」
「ど、どうも!」
おじさんが拍手しながら褒めてくれる。ちょっと照れ臭い。
「何度見ても、フォームがいいですよ。とっても基礎がいいです。練習しました?」
「小さい頃から、それなりに……」
「道理で。すごくいいです。あともう少しだけ視線を上げると、もっといいです」
おじさんは自分の首をカクカクやって角度を伝えている。
「自然と見ているところに攻撃が飛びます。下を向くと下にズレますよ」
「ああ……ありがとうございます」
ありがたい。こういう癖って、自分じゃ分からないからなあ。
身バレを嫌って逃げなくて正解だったかも。
「でも、不思議ですね」
「不思議?」
「有望な才能は、噂になるものですけど。聞いたことがなくて」
おじさんは顎に手を当てて考え込んだ。
確かな知性を感じる。外国人なのにこれだけ日本語が喋れるんだから、間違いなく頭がいい人のはず。
なんか見透かされそうでヒヤヒヤするな。
「ヤコウカナタさん、ですよね?」
「はい」
用意しておいた偽名だ。
八向 彼方。
名前のヤコウをそのまま名字にして、名前のほうはタナカを逆にしただけ。
「……ふーむ……」
考え込まれてる。ちょっと怖い。
「まあ、いいです! ご飯の調達しましょう!」
それから、俺たちは獣系の魔物を狩って食料を確保した。
慣れた調子で焚き火を作り、鉄串に肉を突き刺して炙る。
シンプルなのに一向に飽きがこない。
「そうだ、ビール飲みましょう! 持ってきてるんです!」
おじさんが唐突にカバンから瓶を取り出した。
「あ、俺まだ未成年なんで」
「……?」
何故かおじさんが固まった。
「……日本の未成年探索者免許。ソロで潜る許可は出ないです」
「えっ」
そ、そうだったの? 未成年免許ってそんな縛りあったの?
知らなかった……。
「その反応」
おじさんが鋭い瞳で俺を観察している。
あ、ヤバい?
「無免許ですね?」
「ご、ごめんなさい! でも事情があって!」
「謝る必要なんかないです。あなたぐらいの実力なら。日本の免許基準はかなり厳しいですし……」
怒ってないみたいだ。それはそれでどうなんだ?
「それで、事情というのは?」
「あー……その。色々あって、俺には戸籍がないんです」
これも事前に考えておいた嘘だ。確かめるのは難しいはず。
「……。お気の毒です。ごめんなさい、そういうのとは……そうだ」
おじさんがハッと顔を上げた。
「戸籍の登録、手伝いますよ!」
「いや、えっと、その、こう……」
やっべ。そこまで考えてなかった。
「それはそれで、ちょっと困るっていうか……色々あって見つかりたくなかったりして……」
「見つかりたくない?」
「この迷宮に来たのも、隠れるため、みたいなとこがあるんです」
「……なるほど、やはり……ヤコウさん」
「はい?」
「身分の偽装ができるとして、そうするのは嫌ですか?」
できるの、偽装? 何者?
実はヤクザ関係? まさかなあ。
かなり強い探索者で、政府とのコネがある、とか。そういう感じか?
「……それが可能なら、ありがたいですけど」
迷ったけど、乗ることにした。
このおじさんよりモチヅキのほうがずっと怖い。
「わかりました」
おじさんがバックパックから何かの機械を取り出した。
形はアンテナっぽい。セットアップを終えたおじさんが、スマホを手にする。
『もしもし、大佐か? 時間はあるかね?』
ペラペラの外国語で喋りだした。英語かな?
『……わかったわかった。騒ぐのは後にしてくれたまえ。休暇先で訳ありの有望株を発見した。どうやら保護が必要のようだ。少し怪しいところもあるが』
何の話してるんだろうなあ。
『本人は戸籍がないと主張している。事実かどうかはともかく、身分を偽装したいようだ。君のお友達に頼んで、新たな身分を作れないかね?』
真剣な表情だ。なんかこう、学者っぽい雰囲気だよなあ。
短パンだけど……。
『いや。現時点の実力は、あまり。甘めに見積もってもクラスⅡだ。しかし、既に異能を目覚めさせている。基礎もいい。将来的な成長を考えれば、手をかけるだけの価値はある、というのが私の判断だ……そうかね? よろしく頼む』
おじさんがふうっと息を吐いた。話は上手く行ったみたいだ。
『何? MⅩキラー? こんな迷宮で手がかりが見つかるはずないだろう。私はレジャーに来ているのだ。では休暇に戻らせてもらう』
スマホを切る直前、通話相手からファックだとかシットだとか聞こえてきたような。
気のせいだよな。多分。
「私の友達が、準備してくれます」
「おお!」
上手く行けば、モチヅキの目を逃れるのもやりやすくなる。
銀行口座とかスマホの回線も持てるぞ! もう無理だって諦めかけてたけど、まともな生活が手に入るかもしれない!
駄目だったらまた逃げる選択肢もあるしな! もう迷宮で生きてけるって分かったし。
「あの……あなたって何者なんですか?」
「私? 私は、こういうものです」
おじさんは名刺を取り出した。
”国連迷宮軍探索者司令部 特別研究員 Em.Prof.Dr.トルステン・ラング”
「へ……?」
こ、国連?
このおじさん、もしかして超大物!?
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