第17話 レアドロップ


 ダンジョンキャンパーのおじさんが国連職員だった。

 どういう偶然だよ。俺の人生どうなってるんだ?

 一生分の幸運を何回も使ってる気がする。振り戻しが怖い。


「……ところで、俺の新しい身分、正式じゃなくて偽装身分なんですよね?」

「そうです。でも、警察に照会されても大丈夫なぐらいの強度になると思います」

「どうして国連の人がそんな犯罪まがいのことを……?」

「ヤコウさん」


 おじさん……もとい国連の研究員ラング博士が、俺と目線を合わせた。


「人類は、これまでに何度も滅びかけているんです。細かく気にする余裕はない。少しでも有望な探索者は、全力で保護するんです」

「滅びかけ? 平和じゃないですか?」


 確かに、迷宮が地球に現れたころは大混乱だったらしいけど。

 最近はすっかり平和じゃないか?

 なんなら迷宮産の素材や魔法で宇宙開発も進んでるし。


「人間は、すばやい変化に反発しますが、ゆっくり這うような変化には慣れてしまいます。たとえ先に破滅が待ち受けていても。……人類は、魔物と戦争をしてるんです。月面戦争の時代から、ずっと。それを忘れてはいけません」


 大げさ、で片付けられない言葉だ。

 裏でいろいろあったんだろうか。

 そういえばシリウスも何かヤバそうなこと言ってたっけ?

 ま、ちょっと能力ゲットしたって俺は小市民だし、関係のない話だろうな。


「ですから、強くなってくださいね。きっと出来ます。期待してます」

「は、はい」


 ほんとに無関係でいたいんで巻き込まないでください。……って、身分作ってもらっておいて言っても通らないよな。

 俺なんか大したもんじゃないし、どうせ放っとかれるだろうけど。



- - -



 新しい身分の準備に一週間ぐらいは必要らしい。

 それまでの間、俺は迷宮で時間を潰すことにした。

 ……まだレアドロップを諦められてないし。大金が欲しいっ!


 そんなわけで、毎日のように深部に通って赤い金属ゴーレムを探す。

 見つけるまでに三日かかった。


「おおっ、あれは!」

「変異種ですね。強いですよ?」

「分かってます! でも、一度倒したんで!」


 ラング博士の目があるから空は飛べないけど、その代わりに戦い方は上手くなった。うまく偽装しながら異能を使うのも慣れてきてる。

 多分、やれるはず。


「えいやっ!」


 金属ゴーレムの後ろから飛び出し、柄付きの鉄塊を振り回す。

 すさまじい手応えだ。ゴーレムがよろめいた。

 細かい重力操作をしながら、足の繋ぎ目部分へと二撃目を入れる。

 数百キロの鉄塊が直撃して、ゴーレムの足が千切れた。

 巨体が地面に沈み、土埃が舞い上がる。


「いいですよ! 油断しないで、トドメを!」


 重力操作で俺の頭上へ鉄塊を持ち上げ、ゴーレムの頭へ振り下ろす。

 ガイイイイィィィィンッ。

 鍛冶のハンマーじみた音が鳴り響いて、ゴーレムが動かなくなった。


「……ふう……!」


 この戦い方にも慣れてきた。いい感じだ!

 小回りが効かないけど、大物なら質量の暴力で吹っ飛ばせる。


 死体が消えた後、赤色の鉱石がどすんと地面に転がった。

 うっすらと赤く発光している不思議な金属だ。これは……!


「〈アダマンタイト〉です! とても重くて頑丈な金属ですよ!」

「おお、アダマンタイト! 魔法金属! やった! ちなみに値段のほうは!?」

「これなら……五百万円ぐらいですね」


 ごひゃくまん! ごっひゃく! わー!

 札束がドカドカ積み上がっちゃう感じの額だ! うひょー!


「どうせなら、売らずに武器へ加工がいいです。とっても重いので、魔法金属にしては安いですが、あなたなら使いこなせますよ?」


 確かに。重いんなら俺の異能とピッタリだ。


「でも俺、無一文なんで」

「大丈夫。この迷宮であなたが集めた魔石、百万円ぐらいになります」

「ええっ!?」


 確かに毎日狩ってたけど、そんなに集まってた!?

 一歩も迷宮の外に出ず狩り続けたって考えれば、相当な効率だったのかも!


「オーダーメイドで武器をつくる人、私と知り合いです。よければ紹介します。加工費は借金になるかもしれませんが、すぐにペイできますよ」


 武器かあ。確かに、いつまでもボロボロの鉄塊じゃあ格好がつかない。

 肝心なとこで壊れてバラバラになったらシャレにならないしな。

 強い武器があれば稼ぎも楽だし、間違いなく元が取れる投資だ。


「考えときます……」


 俺は鉄塊を重力操作で持ち上げて、肩でかつぐような格好を作った。

 鉄塊と鉱石をどっちも運ぶのは、偽装しながらじゃ無理だ。

 拠点の崖下まで戻って武器を置き、改めて迷宮の奥まで戻ってくる。


「あれ?」


 迷宮内を流れている川の最下流に、小さな池がある。

 普段はあそこに超巨大ゴーレムが鎮座していて、見るからに迷宮のボスだった。

 なのに、居なくなってる。


「ボスが消えてる? 俺たちの他に探索者が来てたのかな?」

「……違う。まさか」


 ゴゴゴゴゴ、と地響きが鳴り響く。

 異様な寒気が体を走った。なんだこれ。


「〈スタンピード〉の初期段階です!」

「スタンピード!?」


 周辺一帯の迷宮が同時に暴走し、魔物を地上に吐き出す現象だ。

 対処を誤って魔物に地上を制圧されると、その付近には魔力が満ちて魔物が生まれるようになり、二度と元には戻らない。

 そうして〈異界〉と呼ばれるようになった変異地帯が、日本だけでも数か所。

 それでも日本はマシなほうで、人口密度の低い国の辺境なんか、異界の侵食が止まらないらしい。


「そうです。これから迷宮が活性化し、地上へ吐き出すための魔物を生産する。外へと溢れる前の初期段階で討伐しないと、大変なことになります」


 ラング博士はスマホを取り出し、誰かと電話を交わした。


「もう国連軍も動き出してます。……私のレジャーはこれで終わりですね」


 彼は小ぶりな短剣を構えた。


「ヤコウさん。危険ですから、迷宮を出てください。今なら鉱石を持って逃げても間に合うかもしれません」


 ありがたい話だ。この人が奥で戦ってる間に、俺は重力操作で飛んで逃げられる。

 ……でも、それでいいのか?

 スタンピードで暴走中の迷宮は、普段よりずっと危険なはず。

 俺だって、本当の力を解放すればきっと強いのに。

 なのに、何もせず一人で逃げるのか?


「……ラング博士は、一人で大丈夫なんですか?」

「私はクラスⅥの探索者です。心配無用」


 実績はあるみたいだ。けど、普段はパーティとか組んでるはず。

 ソロでスタンピード中の迷宮なんて、やっぱり危ないんじゃ。


「ヤコウさん。速く逃げなさい」


 地響きが大きくなっていく。

 恐怖で息が浅くなった。

 ……でも、俺は……探索者になるんだ。いつまでも逃げてられない!


「……お、俺も……戦い、ます……!」

「ヤコウさん」


 ラング博士が、俺を軽く突き飛ばした。

 それだけで何メートルも吹き飛ばされて、視界がぐるぐる回る。

 さっきまで俺が立っていた場所に、大量の魔物が出現していた。


「足手まといです」

「……ッ!」


 ギリッ、と奥歯が鳴った。

 力を手にしていい気になっていただけで、俺は何も変わってない。

 実力不足、経験不足、才能不足。

 ……俺は、まだ、無能だ。能力を隠したままじゃ、尚更。


「頑張って……ください……!」


 ラング博士に背を向けて、鉱石を回収し、逃げる。

 これでいいはずだ。異能がバレる危険もない。命の危険もない。

 なのに、涙がこぼれた。


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