第15話 レアな魔物


 ほどほどに魔物を狩り、ほどほどに異能を練習し、ほどほどに休む。

 まだレアドロップの希少魔法鉱石は拾えていない。


「魔石とかのドロップ品だけで、そろそろ十万円ぐらいにはなるかな? でも、身分証明なしで怪しいとこに売ると買い取り価格も下がりそうだし……」


 今の俺は無一文のホームレスだ。まとまった生活費が欲しい。

 はやく落ちてくれないかなーレア鉱石。


「何日経ったかな」


 日付でも確認しよっと。手回し発電機で充電して、スマホを点ける。

 うわ。この迷宮に来てから、もう二週間近く経っちゃってるよ。

 この調子だと、梅雨シーズンの間ずっと迷宮内に籠もってたことになるんじゃないか?


「んー……身なりが汚くなってきた……」


 シャンプーと石鹸を買っておくべきだった。川での水浴びじゃ無理がある。


「これじゃ外に出たとき不審者扱いされそう……」


 ちょっと迷宮の外に出るのが怖くなってきた。

 ボスを狩らずに延々と雑魚を狩ってれば、ずっとここで生活できる。

 ……これはこれで探索者って言えなくもないし?


「いやいやいや。それじゃまた引きこもりやってるだけだって」


 レアドロップの希少魔法鉱石を拾ったら、最深部へ降りてボスを倒そう。

 この迷宮を攻略して、お金を稼いで、次に行く。

 そうでなきゃ。頑張るぞ。


 肉とパスタを腹に収めて、見る影もなくボコボコに変形した機械と一緒に空へ飛び立つ。

 ゴーレムを見つけては落とし、見つけては落とし。

 流れ作業で魔物を狩りながら、迷宮の川沿いを下っていく。


 最深部の近くで、なんだか色の違うゴーレムを見かけた。

 ごつごつした岩じゃなく、つるりとした赤い金属で体が出来てる。


「もしかして、レアなのはドロップじゃなくて魔物の方だったのか?」


 こいつを倒せば、きっと目当てのドロップが手に入る。

 俺は頭上を取って、いつものように機械を落とした。

 ガイイイィィィン、と金属がこすれ合う。


「効いた……のか?」


 金属ゴーレムがよろめいて膝をつく。

 消えない。ダメージは入ったけど、致命傷じゃないみたいだ。

 俺を見上げて睨んでくる。


「……どうしよ」


 二発目の弾がない。あんなのにペグを射出しても効かないだろうし。


「うーん……お?」


 ゴーレムが歩き出し、地下に生えた木々を引っこ抜いた。


「やべっ!?」


 木がまるごと飛んできたっ!?

 慌てて急降下で避ける。背後で木が天井にぶつかってへし折れた。やべー。


「うわっと!? どうする、逃げるか!?」


 ポンポン木が飛んでくる。とんでもない暴威だ。

 逃げるべきかも。いや、でも、倒せればドロップ品が。


「攻撃手段さえあれば……」


 鉄塊は地面に転がっている。降りていって重力操作の範囲に入れれば”拾う”ことが出来るけど、ゴーレムに殴られるリスクが大きい。


「考えろ……!」


 飛んでくる木が天井にぶつかった瞬間、俺は木へ飛んでいってしがみついた。

 長すぎて重力操作の範囲に収まってないけど、軌道のコントロールはできる。


「これでも喰らえっ!」


 高速落下した木がゴーレムに直撃し、よろめく。

 その間隙をついて、俺は鉄塊を拾った。


「落とすだけじゃ威力が足りなかった。なら、勢いをつければ!」


 川沿いを遡って助走をつけ、重力を反転させて一気に加速する。


「喰らえええええっ!」


 ガツンッ!!!

 俺と一緒に時速数百キロで飛んできた鉄塊の直撃を受け、ゴーレムは倒れた。

 さて、ドロップ品は。


「……な、何も落ちてないじゃないか……」


 俺はがっくりと膝をついた。

 苦労して倒したってのに。


「ま、まあ。何回も倒してれば、いずれはきっとレア物が手に入るよな」


 希少な魔法鉱石なら、数千万円ぐらいの値段が付いたっておかしくないかも。

 ゲットさえできれば一気に大金持ちになれる。頑張ろう。


 俺は飛び立って拠点まで戻った。

 今の拠点は迷宮の中央、滝が流れ落ちる崖の中腹だ。

 魔物が来れないぐらい地形が険しくて、移動の便もいい。


「さーて、昼飯でも作るか」


 鉄塊を近くに転がし、焚き火を起こす。

 下の川で鍋に水を入れてきて沸かし、塩パスタと一緒に切り落とした豚足を投入し、茹で終わったら無重力状態を作って鍋を浮かす。

 ぼわっ、とお湯が丸くなり、パスタと肉がふわふわ空に漂った。


「よっ!」


 ざるでパスタと肉を掴み取り、重力操作を消す。お湯がバシャンと地面に落ちて、そのまま崖下に流れていった。

 名付けて無重力湯切り。

 特に意味はない。やりたいだけ。

 あとは皿に移してやれば魔物肉パスタの完成だ! 飽きてきたけどまだ美味い!


「うまー……」

「ヴァス?」


 えっ? 誰? うわっ!?

 外国人の短パンおじさんが崖上からロープで降りてきたーっ!?


「コンニチハ」

「こ、こんにちは」


 重力操作のとこ見られてないよな? 平気だよな?


「イイ拠点ですね」

「ど、どーも」


 頼むから何にも気付かないでくれー!


「探索者サンですか?」

「一応……」

「けっこう長いコト居ますね? 違いますか?」

「まあ……」


 生活感がバリバリだ。迷宮で寝泊まりしてるのもバレバレだ。

 このくらいの規模の迷宮なら、普通は外に拠点を作る。

 俺が訳アリだってバレちゃわないかなこれ。大丈夫か?


「アナタもDungeon Camperですか?」

「へ?」

「キャンパー。迷宮内でずっと過ごすヒト」

「あ……はい! そうです」


 そういうのもあるのか。

 世の中いろんな趣味があるもんだなあ。


「ンー奇遇ですね! 会えて嬉しい!」


 何故かおじさんから熱烈な握手を求められた。


「ワタシ、一ヶ月ぐらいの予定です。休みで。あなたは?」

「え、えっと、今、二週間ぐらいで」

「オオー。この軽装備で二週間。やってますネー」


 おじさんはバックパックを降ろし、自分の荷物を整理しはじめた。


「ご一緒、いいですか?」

「は……はい」


 はいじゃない! ど、どうしよ! どうしようこれ!

 下手に重力操作を使ったらバレるぞ!?


「ン?」


 おじさんが鉄塊に目を留めた。


「コレ……どうやって?」


 重すぎて人力じゃ運べないボッコボコの謎機械が、崖の中腹に鎮座している。

 説明しようがない。どう考えたって、俺が異能で運んだんだろうって思われる。


「もがもがもが!」

「ハイ?」

「あー、パスタが美味しいなー!」

「……」


 時間を稼ぎつつ、必死に頭を動かす。

 俺が異能が持ってるってバレるのは、別に構わない。迷宮外で使ってるところを見られない限り、おかしくはないから。

 でも、重力操作能力を持ってるってバレるのは絶対にダメだ。

 どこかからモチヅキに話が漏れれば、その瞬間に俺の身が危なくなる。


 つまり、俺は異能を偽装する必要がある。


「で、えっと。その鉱石なんですけど。実は俺、異能があって」

「オー! 異能持ちですか! お強いですね!」

「こんな風に……何でも持てる能力があるんです」


 両手で鉄塊を抱え、重力を減らしつつ必死に自力で持ち上げる。


「単純だし、戦いにはぜんぜん役に立たない力なんですけど」

「違います! これはスゴイですよ!?」


 おじさんが興奮した様子で言った。


「大きな武器を持てるです! こうしたら!」


 おじさんは長い鉄杭を取り出して、ボコボコの機械に打ち込んだ。

 柄のついた鈍器……に見えなくもない。


「振り下ろすだけで威力がスゴイですよ!」

「……なるほど」


 そうか。十分に重い武器なら、高くから落とさなくたって威力は出る。

 何回でも打撃を出せるのもいい。


 俺は柄を握りしめ、バレない範囲で重力操作を入れつつ、数百キロはありそうな鉄塊を振り回した。

 ……あまりに重すぎて、俺のほうが振り回される。

 重力操作のせいでちょっと動きも不自然だ。練習が必要だなあ。


「異能に慣れてないんですね? 探索者になって、どれぐらいです?」

「えー……割と、なったばっかりです」

「それはすごい。将来有望株ですね」


 一瞬、おじさんが真剣な表情になった。

 メガネの奥で瞳が細まる。厳格そうな人だ。短パンだけど。


「私、狩りに行きますけど。一緒に来ますか?」

「い、いえ。もう少し練習しときます」

「うんうん、それがいいです」


 おじさんは崖下へのロープを降ろし、年に見合わぬ華麗な動きで降りていった。

 さて、どうしようか。


 あの人の前で異能を使うのは、間違いなくリスキーだ。

 それに、正直……俺は一人でいるほうが好きだから、他人とキャンプなんかしたくない。まして知らないおじさん相手なんて嫌だ……。

 今すぐ逃げてしまうのは、悪くない選択な気もする。


 けど……駆け出し探索者として、経験豊富な人から話を聞けるのはありがたい。

 人付き合いが嫌だからって逃げるのは、ちょっとまずいんじゃないか?


「それに、まだレアドロップが手に入ってないからなあ……」


 大金が欲しい。とっても欲しい。

 おじさんと一緒にキャンプをしながら、もうしばらく粘ってみよう。


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