第8話 脱出計画


 俺は重力を傾けて、下り坂を駆け降りるように迷宮の出口まで戻った。

 ……ここから脱出するためには、間違いなく〈重力操作〉が必要になるよな。

 この力は具体的に何が出来るんだろう? 確かめておかなきゃ。


「実験してみるか」


 力を入れたり抜いたりして、〈重力操作〉の異能の限界を探る。

 全力で踏ん張ると、地球にいるのと同じぐらいの重力を生み出すことができた。


「こ、これ。重力の向きを変えれるだけじゃなくて、ゼロから作れるのか!?」


 とんでもない力だな、これ。

 これなら月面だって移動に困らない。脱出の芽が出てきたぞ!


 自分で生み出した1Gの重力下で、俺は迷宮の出口まで歩いてきた。

 円形の膜に覆われた脱出座席が転がっている。

 脱出時に開けた大きな穴のせいで、とても使えそうにない。


「外に出るためだったんだから、仕方がないけど……」


 〈重力操作〉を使って、自分と一緒に座席を浮かしてみる。

 穴さえ開いていなければ、この力を使って脱出できたのに。


「いやでも、魔法で空気を作ってるんだよな? ある程度穴を塞いじゃえば、どこかの月面基地まで強引に……さすがに無理か」


 穴を塞がないことには空気が持たない。でも修理なんて出来ないぞ?


「っていうか、ちょっと待てよ!? そもそも〈異能〉って、迷宮の外じゃ使えないじゃないか! 修理とかいう以前の問題だった!」


 探索者の適正検査で”魔力”じゃなくて”魔力親和性”を計るのは、人間に宿る魔力なんか微量すぎて影響を及ぼさないからだ。

 〈異能〉と呼ばれる魔法の力が使える探索者だって、迷宮の中に満ちてる魔力を借りてるだけで、魔力のない外の世界じゃ何も出来ない。


「終わった……」


 迷宮の出口にくずおれて、地面に横たわる。

 手を伸ばせば、すぐそこに真っ暗な真空の世界があった。


「……いや、まだ」


 諦めるな。

 俺はスマホを取り出して、ぎりぎり迷宮の外へと出した。

 その瞬間、電波が通ってアンテナ表示が五本になる。

 基本的に迷宮の中は異世界だ。特殊な機械がないと外とやり取りできない。


 救助が来なかったのは、きっと何も価値がない無能だったからだ。

 メリットを提示すればモチヅキは動くはず。

 電話で俺の異能を伝えれば、向こうも興味を持つんじゃないか?


 履歴を確認して、ミツキに掛け直そうとする。

 操作しようと指を伸ばした瞬間、一気に指先が冷たくなった。

 そもそも画面が凍っていて操作できない。


「あ……そうか。真空か」


 汗とかの水分が凍ったんだ。いったん迷宮の内側に戻し、氷を払ってもう一度。


「っていうか、真空中に出したら音が聞こえないか……」


 少し考えて、ミツキの荷物にイヤホンが入ってたことを思い出した。

 接続っと。よし、これで上手くいくはず。


「もしもし? ミツキさん? 緊急事態で……」

「ヤコウ! 逃げてッ!」

「へ?」

「モチヅキの連中が、異能目当てにあなたを殺そうとしてる!」

「いや、ちょっと待って……え?」


 何でバレてるんだ? 何で殺すんだよ?

 理解できないけど……嘘とも思えない。

 シリウスが死んだときに異能が残ってたんだから、俺が死んだ時にも残るのか?


 だとするなら。

 ここ最近に起きている異常な偶然の連鎖にも説明がつく。

 最初から、モチヅキは俺をここに放り込む気だったのか。あの魔族大公シリウスが〈イコライザー〉を準備していることを知っていて、俺の低い適正を生かし……いや。

 違う。俺とミツキさんが席を入れ替わったのは本当に偶然だ。

 ……ミツキさんが仕掛け役の一員とは考えにくい。


 陰謀なんか無くて本当に偶然だった、のか?

 未来を予測できるような手段がない限り、席の入れ替わりを予想するのは無理なんだ。


「どうにかして逃げて! 迷宮の奥に隠れるとか、とにかく、どうにか!」

「……無理だよ」


 この迷宮は一本道だ。

 逃げ道はない。


「諦めちゃ駄目だってば!」

「諦めてるわけじゃなくて……隠れるのは無理なんだ。迷宮の中で迎え撃つほうが、まだ……チャンスがあるかも」

「それも駄目! 艦隊が動くって言ってた!」

「は? 艦隊?」

「そう! 小惑星採掘用の艦隊に探索者を乗せてる! 戦って勝てる戦力じゃない!」


 全力にも程があるだろ。

 完全に詰んでるじゃないか。


「艦隊って……採掘船の一隻でも探索者は乗ると思うんだけど、なんで艦隊なんか……オーバーキルにも程が……」


 迷宮の中で戦う想定なら、探索者を運ぶための一隻で十分なはずなのに。

 なんで?


「もしかして、オーバーキルじゃないのか」


 艦隊を揃えて、外でも戦えるようにしておく理由があるとしたら?


「どういうこと?」

「切るよ。すぐ掛け直す」

「ちょ、ちょっと!?」


 俺はスマホをしまい、脱出座席の中に入り込んだ。

 両手で穴の切れ端を持って塞ぎつつ、斜め上への重力操作でポンポンと跳ねるように移動して、真空へと飛び出す。


「〈重力操作〉!」


 迷宮の外側、本来なら異能が使えないはずの場所でも、問題なく重力が操作できた。無駄に空気を漏らす前に、すぐ迷宮へ戻る。


 これではっきりとした。

 世界でただ一人、俺だけは迷宮の外でも異能を使うことができる!


「そりゃ、艦隊を動かすわけだ……」


 誰だって喉から手が出るほど欲しい力だ。

 特に、宇宙開発をやってるモチヅキなんか涎が出て止まらないだろう。


 ……正直、彼らに殺されたほうが、この力を有効に使ってくれる気はする。

 でも。俺は探索者になりたいんだ。死んだら夢が叶わない。


 さあ、どうする、俺。考えろ。


「月面のどこに逃げても駄目だ。地球に逃げるしかない」


 ここはモチヅキの根城だ。隠れるなら地球。

 どうにか脱出座席から空気が漏れないよう修復して、重力操作で一気に逃げる。

 それしかない。


「……月から地球に、どうやって帰れば良いんだ? ホフマン……ホーマン? 軌道、だっけ? そんなの知らないし計算なんか絶対出来ないぞ、俺」


 何も考えず、月から地球へまっすぐ飛んだらダメなのか?

 ……行けそうな気がする。ダメならその時はその時だ。


 俺はもう一度スマホを真空に晒した。すぐに着信が来る。


「無事なの!?」

「無事だよ。ミツキさん、数学は得意?」

「ほどほどには……」

「じゃあ、いろいろと計算してほしいことが」


 ここまで来たらやってやる。

 絶対に地球へ帰って、探索者になってやるぞ!

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