第7話 動き出す世界


 東京・国際連合本部第二ビル、地下四階。

 窓のない小部屋の中で、一人の女軍人がデスクに足を乗せてモニタを眺めていた。

 左にはニュース映像、右には〈天の石版〉の監視映像。

 そして中央には、純愛系のポルノ動画が流れていた。


「ゴホン!」

「おう教授、会議はどうだった?」

「踊るばかりだ」


 初老の教授がキーボードのAltとF4を強打した。

 ポルノが消えて、書きかけの仕事メールが表に来る。


「おい!」

「仕事をしたまえ」

「仕事しながら世界の終わりを迎えたくねえよ」

「少しは国連職員としての使命感を持ってはどうかな……」


 二人の目線はニュースに向けられた。


「過激派テロ組織〈フリー・ムーン〉による宇宙船襲撃で数名のけが人が出たものの、既に全員の救助が完了したとのことです。犯行声明によると……」


 予言の話はどこにもない。

 世界が終わる寸前だろうと、大衆に情報は流さないのが方針だ。


「〈天の石版〉の存在を隠してるような組織に使命感もクソもあるかよ。腐った政治家どもと仲良く付き合いやがって。汚職だらけじゃねえか」

「……ごもっとも」


 教授は部屋のソファに腰掛けてノートPCを開き、自らの仕事に移った。

 彼は迷宮学者だ。解明すべき迷宮の謎は無限にある。


「ほんとに仕事してやがる。ドイツ人ってやつは……お? 教授! 石版!」

「何!?」


 監視映像の石版に一文字づつ刻まれていく文字を、二人が食い入るように眺める。

 予言ではなく、実際にもう起きた事件だという証拠だ。

 最初の二文字は”月面”だった。


「ファック! 月面全球魔法儀式イベント、か! クソッ……!」

「ついに……いや、違うぞ!?」


『月面・月面戦争クレーター群 MⅩ級ダンジョン攻略』


 監視映像に移っている科学者たちが、一斉に息を呑んだ。


「MⅩ!? ”迷宮スケール”はⅨまでじゃなかったのか!?」


 出現すら報告されたことのない高難度の迷宮が、何者かによって攻略された。

 平時でも大騒ぎだ。まして、人類滅亡が予言されているこのタイミングで。


「月面戦争クレーター群に残る、未知の難易度の迷宮……まさか!」


 部屋を飛び出していく教授の背中を、大佐が追った。


「おい、どうなってんだ!? 結局、予言はどうなったんだよ!?」

「それを今から見に行くのではないか!」


 エレベーターを待たず階段で最深部まで駆け下りる。

 大勢に囲まれた石版は、今まさに新たな予言を吐き出している所だった。


『バングラデシュ・チッタゴン MⅤ級ダンジョン出現』

『バングラデシュ・チッタゴン MⅤ級ダンジョン攻略』

『日本・北海道 MⅥ級ダンジョン出現』


 ……吐き出されていく文字列のどこにも、不穏な大規模イベントの影は無い。

 部屋に集まってきた人々が、一斉に歓声を上げた。


「予言が変わった! ”MⅩ級”のダンジョンを攻略した何者かによって、地球の制圧は回避されたぞ、大佐!」

「マジかよ!? ……どこのどいつだ! 有名パーティで月に行ってる奴は居なかったよな!? モチヅキ系か!?」

「月面というからには、可能性はあるが! 今までに何も声明がなかった以上、フリーの可能性も捨てきれないぞ!」

「ったく、世界が滅びねえんじゃ仕事するしかねえな! 名簿を当たるか!」


 彼らの所属は、国連迷宮軍の探索者司令部である。

 基本的に小規模な単位で活動する探索者と、万人単位で指揮系統を作って動く国連軍がうまく協力するためには、間を取り持つ者が必要だ。

 有望な探索者を見つけてコネクションを作り、有事の際に一流探索者を取りまとめる……それが、彼ら”探索者司令部”の仕事であった。


 もっとも、組織が有名無実化して久しい。国連としても各国政府としても、民間の探索者に頼るより軍人の探索者を育成したいのが本音だった。

 何より、軍隊が民間の探索者と共に戦うのを嫌っていた。指揮系統から外れた正式な訓練を受けていない民間人が走り回っていたら、砲撃も爆撃も出来ない。邪魔だ。


 そういうわけで、現在はたった三人で回っている閑職だ。

 だが、もしも彼らが有望な探索者と協力関係を結べたならば、再び存在感を放ち始めるに違いなかった。


「絶対にとっ捕まえて仲間に引きずり込んでやる! 他の連中よりも早く!」


 MⅩ級ダンジョン攻略者を探しているのは、彼らだけではない。

 漏れた予言情報を察知した世界中の有力組織が、未知の超一流探索者を求めて動き出していた。



- - -



 月面、静かの海基地――モチヅキ本社。


「ええ。了解しました。私としても、胸を撫で下ろしているところです。いえ……攻略者はモチヅキの人間ではありません。もしも情報が漏れるようなことがあれば、当方の関与がないことを強調して頂けると……ええ、そういうことで」


 年齢不詳の若々しい女性が地球との通信を切り、新たな相手へと通信を繋ぐ。


「シリウスが死んだわ」


 彼女こそは、20世紀最高の探索者にしてモチヅキ・グループ総帥。

 99.99%もの魔力親和性から〈ダブル・ディジット〉とも呼ばれる規格外の才能の持ち主。

 望月三保、その人であった。


「異能抽出機を待機状態にして、艦隊を動かしなさい。一切の容赦は抜きよ。心配いらないわ、ターゲットの田中夜光が死んだ所で、悲しむのは……そうね、数人の家族ぐらい。誰も気になんて留めないわ」


 彼女は無表情で言い放った。


「……いつから倫理や道徳を気にするようになったの? そういう話をするのなら、正しいことをやっているのは私達でしょう? ええ。殺す気でいきなさい」


 平然と殺人命令を出して、彼女は通信を切る。


「あら」


 そして、部屋の外に目を向ける。


「聞かれたかしら? ふふ……」


 壁の向こう側で盗み聞きしていたミツキが、忍び足で逃げ出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る