第4話 月面迷宮


 プルルルルル……。

 鳴り出したスマホを慌てて取り出す。


「も、もしもし?」

「ヤコウくん! 良かった! 生きてた!」


 ミツキさんの声だ。


「あー……もうすぐ死にそうだけど」


 眼下のクレーター群がぐんぐんと近づいてくる。

 空気が無くなるより前に落下死しそうだ。


「っていうか、どうやって電話を?」

「コネでスターネット衛星の設定を……そんなことはどうでもいいの! 今、事故現場にモチヅキの救助船が来てるから! あと五分もあればヤコウくんの方に合流できるはず! なんとか耐えて!」

「いや……あと数分ぐらいで墜落しそう」

「そんなッ!」


 悲痛な声だった。

 俺なんか、会ったばっかりの他人だろうに。ほんとにいい子なんだな。


「わ、私のせいで……ッ!」

「君のせいじゃない。それに、ほら。俺みたいな無能が犠牲になることで、君みたいな人が助かったんなら、きっと悪くない結果だと思う」

「馬鹿!」


 耳が痛くなるぐらいの大声だ。


「そんなこと言っちゃ駄目! 自分の命なんだよ!?」

「でも俺……」

「無能だ、って!? なんなの!? 君、一度でも迷宮に潜ったことある!?」

「いや」

「やる前から自分のこと無能だなんだ言うな! 馬鹿! 諦めないでよッ!」

「……! 仕方がないだろっ! そもそも潜れないんだよ! 俺の魔力親和性は0.001%なんだ! 免許取れないんだから!」

「基準のゆるい国で海外のライセンス取ればいいでしょ!」

「……そ、それは……」


 考えもしなかった。

 確かに、迷宮の管理が緩い国なら俺でも入れるけど。

 どうせやっても駄目だろうって、ハナから切り捨ててた。


「ヤコウくんはね、良い探索者になるよ! この私が保証する! だから諦めないで、生き残るために足掻いてみてよ! お願いだから!」


 良い探索者になる? 俺が?


「……優しいんだね」

「そういうのじゃない! ヤコウくん! きみの夢って、探索者になることじゃないの!?」

「へ? どうしてそれを」

「きみの身のこなしを見てれば分かる! 本気で訓練してたことぐらい! だから、答えて! 探索者になりたくないの!?」


 ……俺は……。


「なりたい。探索者に、なりたい! 子供の頃からずっと! 寝ても覚めても、そのことばっかり考えてた! まだ未練タラタラだよ、俺……!」


 死の淵にあって、本音が漏れた。

 なりたい! 諦められない! 俺は無能だけど……それでも!


「なら諦めないで! 絶対、何かあるはず!」

「無理だろうけど……やってみる……!」


 窮地でこそ冷静になれ。冷静さを失えば死ぬ。

 探索者になりたいんなら、絶体絶命のピンチぐらい切り抜けてみせろ。


「ミツキさん! この脱出座席、魔法で空気を作ってるのか!?」

「そう! あと、呼び捨てでいいよ! たいして年も変わらないだろうし!」


 座席を覆う膜に開いた穴からは空気が抜け続けているのに、無くなる気配がない。酸素ボンベならとっくに空だ。空気の供給量には余裕がある。


「なら……!」


 俺はズボンのベルトを外し、金具で膜を突いた。

 抜けていく空気が増え、その反動で徐々に落下のコースが変わっていく。

 よし、コントロール出来てる! これなら行けるかも!


「ミツキさ……ミツキ! 月面戦争時のクレーター群って、まだ放射線はヤバいのか!?」

「もう平気だよ! 宇宙線の背景放射と同レベルまで落ちてる!」

「なら、着地さえできれば生き残れるか!」


 更にいくつか穴を追加して落下の勢いを弱めつつ、クレーターの縁を狙う。

 うまく坂道に落ちることができれば、落下で死なずに済むかもしれない。

 座席ごと激しく転がることにはなるけれど。


「頼む、うまく行ってくれっ!」


 俺は脱出座席の固定ベルトをきつく締め、衝撃に備える。

 ドカンッ、と切り立ったクレーターの壁で跳ね返り、単なる巨大ボールと化した座席が激しく転がり落ちていく。


「うわああああああっ!」


 ジェットコースターみたいな勢いで、真っ暗なクレーターの底へ転がり落ちていく。長い。長過ぎる。止まらない。登り坂になる気配もない。

 なんだ、俺はどこまで落ちてるんだ!?


「痛っ!」


 ドカンッ、と交通事故みたいな勢いで壁に衝突する。

 と、止まった?

 周囲が真っ暗でよく見えないけど、ここはクレーターの底なのか?


「あ、あれ……?」


 スマホのライトで照らしてみると、表面に装飾の掘られた壁があった。

 どこからどう見ても、天然の地形じゃない。


「ここって、まさか」


 空気の抜ける音がしない。そういえば、月面の迷宮には空気があると聞く。

 ってことは。ここは、迷宮ダンジョンの中だ……!


「ミツキ! ……あっ、切れてる」


 当然か。特殊な機器でもないのに、迷宮内から外に電波が届くはずもない。

 でも、待ってればきっと救助が来るはずだ。


「助かったあ……」


 固定ベルトを外し、ふわっと地面に着地したあと、穴を強引に広げて膜の中から脱出する。ちょっと首は痛いけど、深刻なケガはない。

 帰ったらミツキにお礼を言わないとな。

 彼女がいなきゃ、きっと俺は諦めて死んでたはずだ。

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