第3話 偶然の連鎖


 滑走路から飛び立った宇宙船が徐々に高度を上げていく。一時間もすれば、窓から見上げる空はもう真っ暗だ。

 気付いた頃にはもう宇宙だった。船長が大気圏脱出の機内アナウンスをしたけれど、客席から歓声一つ聞こえない。

 目玉が飛び出るぐらいの値段がする全席ファーストクラスの宇宙船チケットを買えるような人たちにとって、もう宇宙旅行ぐらいは日常の一部なんだろうな。


 燃料補給と月への加速が終わり、ベルト着用サインが外れる。


「おおっ……無重力……!」


 半個室の中でふわふわ浮かんでいると、仕切りの上まで飛び上がってしまった。

 後ろの席に集まっていた老夫婦が、俺を微笑ましい目で見ている。

 ……はしゃいでるの、俺だけ……。


 無重力下での食事に四苦八苦したり、外の星々を眺めたり、寝袋に入って空中で眠ったり。

 半個室座席の中から(トイレ以外では)一歩も出ずに、引きこもり宇宙ライフを楽しんでいるうちに、あっという間に月の上空までやってきた。


 減速して月の軌道に乗ったあと、着陸前に月を一周する、という機内アナウンスがあった。

 ときどき追加でアナウンスが入り、クレーターや山や採掘基地、それと迷宮なんかの名所を案内してくれる。


「まもなく右手に見えてまいりますのは、〈月面戦争〉時の核攻撃クレーター群です。繰り返される人間の虐殺を経て魔物との共存が不可能だと判断した国々は、月面上に存在した魔物の繁殖地へと総攻撃を行いました」


 右手? 俺、通路の左側なんだけど。

 見たいのになー。


「弾道ミサイルを転用した天体間核ミサイルの一斉攻撃により、人類の脅威であった魔物の大群は一掃されました。地球上全ての国が共同で行った人類勝利宣言の演説は、皆さんも馴染み深いことでしょう」


 で、人類と魔物の戦いは迷宮の中が主戦場になったんだよな。

 誰だって知ってる常識だ。見たいなークレーター群。

 ちょっと浮かんでみるか。仕切りの上から見えないかなー。


「ん? ヤコウくん?」


 右の座席に座ってたミツキさんと目が合った。

 この子、通路挟んで隣に居たのか。気付かなかった。


「見たいなら、席変わろっか?」

「え? いいの?」

「いいよ。もう月面なんて見飽きちゃった」


 見飽きるぐらい来てるのかよ、俺と同じぐらいの年なのに。

 きっとものすごーい稼ぐ探索者なんだろうな……。


「ありがと……!」

「その代わり、後で訓練付き合ってくれる? 静かの海ホテルだよね?」

「……い、いや、俺は探索者じゃないし……」

「でも強いでしょ? 見てれば分かるよ」

「ぜ、全然。俺、無能だから」

「えー? うっそだー」


 席を交換してもらったあと、俺は窓にかじりついた。

 大量のクレーターが一定の間隔でひしめいている。

 教科書やテレビやネットで見慣れた景色だ。

 文字通り遠く離れた世界の出来事のはずだったのに、こうして自分の目で直接見れている。不思議な気分だ。


 ポーン、と音がして、ベルト着用サインが点灯した。

 クレーターの近くで減速が開始されるようだ。


「あの……」

「このままでいいよー!」


 仕切り越しにミツキさんが叫んだ。ならいいか。

 俺は彼女の席に座って、しっかりと体をベルトで固定する。


 クレーターの近くに来た瞬間、宇宙船から凄まじい爆発音がした。


「え!? 何っ!?」


 ドカンッ、と席が吹き飛ばされて、世界がぐるぐる回転する。

 体中の空気が吸い出され、まるで内蔵が爆発しているみたいだ。

 死ぬ! もうダメだ! おしまいだー!

 ……混乱している脳内を、訓練で叩き込んだ第二の本能が制止した。

 窮地でこそ冷静になれ。冷静さを失えば死ぬ。


「い、息……あれ? 出来てる……?」


 バシュッ、と座席の下から半透明の膜が飛び出して、周囲に丸いボールが展開されている。

 世界の回転が止まり、座席の空調吹き出し口からごうごうと空気が出てくる。

 そうか。座席に魔法が掛かってて、放り出されても大丈夫なんだっけ。

 脱出座席みたいなシステムになってるんだな。


 遠ざかっていく宇宙船の周囲には、大量の破片が漂っていた。

 大きな穴が開いているのが見える。俺以外にも脱出座席で漂ってる人が多い。

 事故、なのか?


「そうだ! スターネットで助けを呼べば!」


 俺はスマホを取り出した。電波は来ていない。


「……俺、スターネットのSIMカード使ってないじゃん……!」


 契約さえしていれば、モチヅキの通信衛星〈スターネット〉で今すぐ助けを呼べたはずなのに。

 いや、でも、こんな脱出座席システムなら信号発信機ぐらい付いてるよな。場所は把握されてるはずだ。何もしなくても助けは来る。


「冷静になれ。俺にできることは?」


 落ち着け、俺。考えろ。

 ……一通り考えた結果、できることは何もない、という結論になった。

 助けを待つしかない。


「うわ、もう助けが来た!? 早っ」


 一隻の小型船が近づいてくる。

 ……いや。早すぎないか?

 事前に事故が起きると分かってないと、この速度じゃ……。


 小型船のアームが、俺の入った脱出座席を掴み、貨物質へと放り込む。

 暗い貨物室の中から、完全武装した男たちが俺に銃を向けていた。

 顔は覆面で隠されている。


「なっ……」


 何だこれ。どう考えても救助じゃない。何が起きてる?

 分からない。恐怖でまた内蔵が爆発しそうだ。


「大人しくしろ! 迷宮の外で、探索者が銃に勝てると思うな!」


 地面を伝った振動で、もやもやとした声が聞こえてくる。

 日本語だ。


「……待て!」


 中央にいる男が、銃口を俺から外した。


「違う……! この脱出座席じゃない!」

「馬鹿言うな! 1番座席の信号で間違いないはずだ!」

「あれが女に見えるか!? どう見たって別人だろうが!」  


 考えれば何か分かりそうなのに、落ち着いて考えられない。


「窮地でこそ冷静になれ……冷静さを失えば死ぬ……いや……」


 そう訓練で叩き込んだはずなのに、恐怖で麻痺して動けない。

 駄目だ。やっぱり、俺は無能なんだ……。


「しくじったのか!?」

「偽情報を掴まされたかもしれねえ! クソッ、望月の部隊が来る前に逃げろ! パイロット! 今すぐ全速力だ!」


 乱暴に船が加速していく。……終わった。

 俺を生かしておく意味はない。殺される……。


「そいつはどうする!? 尋問するか!?」

「何か知ってるようにゃ見えねえ! 殺して捨てとけ!」


 再び俺に銃口が向く。


「……待て、ボスから通信だ。はい、今から殺すところで……一発? 了解です」


 通信を受けた覆面の男が、俺の足元に銃弾を一発放った。

 ブシュウッ、と膜の中にあった空気が抜けていく。


「ゆっくりと殺すのが望みらしい。運が悪かったな、少年。……月に行けるぐらい金持ちの子なら、これまで十分に人生を楽しんだろう」

「俺、そういうのじゃ……!」


 脱出座席が蹴り飛ばされた。

 くるくると回りながら、俺は宇宙に放り出される。


「や、やばっ……」


 脱出座席の弾痕から空気が抜けていく。耳がキンキン鳴っている。

 助けは間に合わないだろう。終わりだ。


 すぐ死ぬことが決まってみれば、なぜかスッと混乱が引いていった。

 結局、今のは何だったんだ?


「ミツキを狙ったテロリスト、とか……?」


 疑問符だらけだが、正しいように思える。

 一流の探索者は、一人で経済に影響を与えるぐらいの稼ぎを叩き出すんだ。武力で強引にコントロールしようとするのもおかしくはない。

 俺とミツキが席を入れ替えてなきゃ、今頃ミツキが拉致されてたんだろう。

 どんな偶然の連鎖だよ? 運が悪いにもほどがある。


「……まあ、これでいいか」


 目を閉じて、弱い重力に身を任せる。


「俺みたいな無能が犠牲になることで、優しくて強い子が守られたんなら……」


 脳裏に妹の顔が浮かんだ。

 愛する家族を守れなかった罪が、これで少しは軽くなっただろうか。


 プルルルルル……。


「へ? 電話?」



――――――――――――――――――――――――――――――――


(タイトルをちょっと変えました。しばらく細かい試行錯誤でコロコロ変わるかもしれません)


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