第2話 探索者ミツキ
宇宙旅行のチケットを郵便で受け取ったあと、俺は中庭から月を見上げた。
探索者と月は、切っても切り離せないほど深い関係だ。
この世界にダンジョンが出現したのは70年代だけど、最初に〈魔物〉と遭遇したのはもう少し前。
具体的には、1969年7月20日のことになる。
「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」
月面に降り立ったニール・アームストロング船長が生放送で名言を届けた直後、映像に黒い影が映り込む。
直後、軌道上の船を含めて一切の通信が途絶した。
”何か”に宇宙船が襲われた瞬間を、世界中でテレビにかじりついていた全員が目撃したわけだ。
月面の原住民、ソ連の陰謀、そもそも月面着陸は嘘……様々なデマが飛び交う中で、米ソの超大国は黒い影の正体を確かめるべく競って月に向かった。
そして月で〈魔物〉や〈
そういう歴史があるから、迷宮に軸足を置くモチヅキ社はいま本社が月面にあったりもする。なんでも、月の魔物からは質のいいドロップ品が採れるって話だ。
「そういえば、夢だったな……いつか月の迷宮に行くの……」
探索者になる夢は砕けたけれど、夢の破片が体中に刺さったままだ。
区切りをつけるのにちょうどいい機会かもな、と俺は思った。
- - -
数週間後。
千葉県の九十九里浜宇宙港駅で電車を降りて、金のかかった豪華なターミナルをビクビクしながら通り抜け、高級そうな服に身を包んだ美男美女だらけのラウンジの隅っこにちょこんと座り、空気に耐えきれなくて通路をウロウロしていたとき。
「大丈夫?」
真っ白な長髪をなびかせた一人のかわいい少女が、俺に声をかけてきた。
雪うさぎのような肌色と、上品で柔和な顔つき。
そのお嬢様じみた気配の奥に、只者ではない風格があった。
「探索者……」
「え? 分かるの? 凄い!」
「あ、いや、えっと、その」
うまく話せなかった。こんな超絶美少女と話すなんて無理! オーラが!
引きこもってた俺には刺激が強すぎる……!
「落ち着いて? 大丈夫だよ」
「わっ」
肩ポンポンされた! されちゃった!
「宇宙は初めて?」
「は……は……」
言葉が出なかったので、俺は首を縦に振って答えた。
怖いのはどちらかといえば宇宙ってより世間の目なんだけど。
「怖いかもしれないけど、安心して? 事故なんて何年も起きてないし、万が一なにか事故があっても、乗員は助かるようになってるんだよ」
彼女の優しい言葉を聞いていると、なんだか緊張が解けてきた。
会ったばかりの赤の他人に、こんな声をかけてくれる人がいるなんて。
「宇宙なのに?」
「そう。座席に魔法が掛かってて、宇宙に放り出されても数日耐えられるようになってるの」
「……それって逆に嫌な死に方じゃ……」
「大丈夫大丈夫。ほら、スターネットってあるでしょ? モチヅキの通信衛星。あれって宇宙でも信号が届くから、放り出されてもすぐ救助が来るの」
「宇宙でも? すごいな」
「凄いよねー」
ふと、視線が彼女の瞳に吸い込まれた。
少し赤っぽくて透明度の高い、不思議な……あっ! 目が合っちゃった!
……嫌な顔をされるかと思ったけれど、にこりと小さく笑ってくれる。
ん!? これ、アレじゃないか!? 俺みたいなタイプが優しさを好意と勘違いして一方的に惚れて告白して撃沈するアレ! アレじゃないか!?
「私はミツキ。探索者だよ。あなたも探索者?」
「あ……いや、俺は」
浮かれた空気が一瞬で冷えた。
「探索者にはなれなくて……」
「なにか事情があるんだ? そっか」
何も聞かないでくれる優しさが身にしみた。
……いい子だな。
「なれたら絶対、良い探索者なのに」
彼女は小声で呟いた。俺に向けられた言葉じゃない。
だからこそ、本当に褒められているような気がして、胸が暖かくなった。
「MSLからご案内いたします。静かの海行き、SSTO11便は只今ご利用のお客様を……」
宇宙港の案内が聞こえてくる。
「やーっと搭乗始まった! じゃあ、またね!」
ミツキさんは小さなバックパックを背負って歩いていった。同じ船らしい。
「あ、あの……」
「ん?」
「俺、夜光(やこう)です。田中夜光」
呼び止めて、名乗りそこねた名前を伝えた。
「ヤコウくんね、覚えたよ! また後でー!」
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