第5話 国連迷宮軍探索者司令部/UNADKC-C
無名の引きこもりが月の迷宮に迷い込んだ頃。
〈
分厚い強化ガラスと無数のカメラで囲まれた石版には、無数の文字列が浮かび上がっている。
『アメリカ・ロサンゼルス MⅦ級ダンジョン出現』
『インドネシア・ジャワ MⅧ級ダンジョン攻略』
『アフガニスタン・カンダハール スタンピード発生』
記されているのは、世界で発生したダンジョンにまつわる事件だ。
この石版を手に入れたことで、人類は大規模なダンジョンの発生や異常事態をすぐさま把握し、軍隊と探索者が事件へすぐ対応出来るようになった。
名を、〈天の石版〉と言う。
「動きはあったかね?」
「いえ。まだです」
石版の周囲を囲む人々の空気は、限界まで張り詰めていた。
その理由は――。
「来ました! 〈予言〉です!」
〈天の石版〉に、新たな文字列が記されていく。
『月面全球魔法儀式イベント』
『全地球ダンジョン化イベント』
『魔族による地球制圧』
誰も声すら発せないまま、吐き出された予言を見つめている。
数秒後、記された文字列が消えた。
「この内容は十二回目です。既に時間的猶予は残されていないでしょう。数日単位の近未来において、地球は滅亡する可能性が高い、と言えます」
科学者が言った。
「……だが、今までだって予言が外れる事はあったではないか」
「いえ。同じ予言が出現した回数は、実際に発生する可能性と関わっています。よほどの事がない限り事実になるでしょう」
「では、よほどの事をするだけだ! 国連軍を即応状態にしろ! 必要なら、月にもう一度核ミサイルの嵐を吹かせてやる!」
顔を真赤に染めた政治家が、電話を掛けながら退出していった。
沈黙していた人々が一斉に我へ返り、部屋が喧騒で満たされる。
「撃てると思うか、教授?」
二階の欄干にもたれかかって様子を眺めていた女軍人が、仲間らしき初老の学者に聞いた。
「モチヅキを敵に回せる国があると思うかね、大佐。あれは宇宙技術と魔法技術を独占している会社だぞ。時価総額は100兆ドルにもなる。絶頂期の東インド会社ですら、現代の時価総額に直して8兆ドルだ……誰が彼らの月面基地を吹き飛ばせる?」
「だよな」
”大佐”はタバコに火を付けた。
「禁煙だぞ」
「全地球がダンジョンになるんだろ? 何が禁煙だよ、今更ファックだそんなもん」
「……予言は予言だ。実現するかは分からない。確実に訪れるタバコの罰金と違って」
「銀行の数字が動くだけだろ。ケツ吹く紙ですらねえ。知らねえよ」
堂々とタバコを吸っても、文句の一つも出なかった。全員それどころではない。
再び石版に予言が現れる。文字列はまた同じ。
『魔族による地球制圧』で終わっている。
「ハア。この俺を閑職に回しやがって、国連軍のファッキン官僚主義者どもが。俺がもっと偉きゃ、間違いなくあんな予言は出ねえぜ。間違いねえ」
「君はたかだか元パイロットだろうに」
「ただのパイロットじゃねえ。元特殊部隊のヘリパイロット様だ」
「つまりは特殊部隊を運ぶ係だろう? 運ぶ相手が居なければ何の役にも立たないではないか」
タバコを噛みつけた大佐が、横目で教授を見た。
「っせえな。俺たちの傘下にろくな探索者がいねえのは、別に俺の責任じゃねえ」
「
「大層なのは名前だけで、三人しか職員が居ねえじゃねえか! こんな左遷部署に指揮官もクソもあるかっての!」
言った勢いでタバコを噛み切ってしまい、大佐が「ファック」と悪態をついた。
「ハァ……このクソ予言をぶっ飛ばすような規格外のバカ野郎が出てこねえかな」
- - -
「へっくち!」
あ、くしゃみ出た。
「しかし遅いなあ、救助……」
スマホの時計でもう半日近く経ってる。
十分ぐらいで救助が来るって言ってたのに。
仮に月の反対側から出発したとしても、とっくに救助が来てないとおかしい。
迷宮の入り口にもたれかかって、外のクレーターを見上げる。
星が綺麗だ。なんてことない綺麗な景色に見えても、すぐ外は真空なんだよな。
ほんと俺、こんなとこで何してるんだ?
ごく一般的な引きこもりだったはずなのに。気付けば月の迷宮に一人きりだ。
「なんで来ないんだ? 何か事件でもあったのかな……」
単に俺を見つけられてないだけ、ならいいんだけど。
上空に宇宙船の姿すら見えないってのは変だ。
「あるいは……俺、見捨てられた?」
俺なんて、ただ懸賞で旅行に当たった引きこもりにすぎない。
月を牛耳ってるのは政府じゃなくてモチヅキだ。企業なんだから、金にならないことはしないだろう。
死んでる可能性が高い上に、救助対象がどうでもいい男となれば、救助せずに放っておく……って判断は合理的だよな。
宇宙船の燃料費だってタダじゃないんだ。
いくらミツキが強い探索者でも、超大企業を説得するのは難しいよな。
励ましてもらったのにお礼の一つも出来ないのは残念だけど、これで終わりか……。
「どうせ助けが来ないんなら……」
俺の視線は、迷宮の奥深くへと向かった。
「最後に一回ぐらい、夢に挑戦してみるか?」
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