第5話 あんず、保健所の野犬狩りで捕獲される 🚛
夏が過ぎ、秋がやって来ても、あんずは見知らぬ町や村をさまよい歩いていた。
食べ物をくれる親切なオバサンもいたが、石や棒きれで追いまわす少年もいた。
疲れて民家の庭先に座りこんでいたら、バケツの水を浴びせられたこともある。
のどが渇いて小川の水を飲んだら、はげしい下痢が止まらなかったこともある。
とぼとぼ夜道を歩いていてトラックや自動車に轢かれそうになったこともある。
太ったボス猫にいきなり背中に飛び乗られ、目や耳を引っかかれたこともある。
*
全身の被毛に雪を凍りつかせ、ハリネズミのようになったあんずが、保健所の野犬狩りに捕らえられたのは、大雪のあくる朝、大きな川の橋を渡っているときだった。
青いツナギの男たちがうしろ手になにかを隠して近づいて来たとき、あんずは凝りもせずに期待のひとみを輝かせながら、しっぽを振って自分から駆け寄って行った。
一瞬、たじろいだ男たちは、いつもの輪っぱを隠したまま、鉄の檻の扉を開けた。
素直に檻に入ったあんずは、ガチャンと施錠されても、まだ笑顔を輝かせていた。
*
トラックがどこかに着くと、あんずは暗いコンクリートの建物に連れて行かれた。
ここにもずらりと鉄の檻が並んでいて、あんずはそのうちのひとつに入れられた。
入り口のシャッターをおろして、職員が立ち去ると、あたりは真っ暗闇になった。
目が慣れると、となりの檻にあんずの倍はある大きな黒い犬がいるのが分かった。
大型犬は狭い檻いっぱいにきちんとすわって、太い首をすっくと持ち上げている。
あんずは「ここはどこ? あなたはどうしてここにいるの?」と話しかけてみた。
けれども、黒い犬はなにも答えず、それどころか、あんずを見ようともしないので「わたし、かあさんのところへ帰りたいの。どうすればいい?」重ねて訊いてみる。
横目でちらりとあんずを見た黒犬は「かわいそうにな、お嬢ちゃん。ここはとても恐ろしいところなんだよ。処分を待つ犬が入れられている、地獄の一丁目一番地さ」
「え、そうなの?……処分ってなあに?」あどけないあんずの問いかけに、黒い犬はやりきれないというように吐息をついて「簡単に言えば、殺されるっていうことさ」
それから黒い犬はなるべく穏やかな言葉を選び、規則で三日だけ猶予が与えられ、そのあいだに引き取り手が現われなければガス室送りになることを説明してくれた。
*
あくる朝、黒い犬は青いツナギの年老いた職員の手によって檻から引き出された。
悠然と歩きながら、黒犬は一度だけあんずを振り返り、やさしくにっこり笑った。
午後、あんずの檻に同じ職員がやって来たので、少し驚いたが、おじいさん職員は頬をぐしょぐしょにして黒い犬の冥福を祈り、ポケットのおやつをあんずにくれた。
本当は禁止されているのだが、なんの罪もない犬たちをむごい目にあわせなければならない仕事の辛さに、せめてもと、保健所全体で見て見ぬふりをしているらしい。
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