第2話 商売にならないからと谷底へ捨てられる 🧊
萌え出たばかりのやわらかな草は、かあさんのおなかみたいに気持ちがいい。
あんずは小さな手足をくの字に折り曲げ、太陽におへそをあたためてもらう。
風がやさしく歌い、土はほっこり温まり、背中の下の芝生はチクチクしない。
兄弟姉妹たちが押し合いへし合いしながら、かあさんのおっぱいに吸いつく。
お腹がふくれると、上に下にともみ合ったり、耳をはためかせて走りまわったり、疲れるとその場で、すとんと眠ってしまったり、てんやわんやで一日が暮れてゆく。
そんな仔犬たちに、ときどき、荒々しい毛むくじゃらの人間の腕が伸びて来た。
ひょいと一匹を持ち上げると、顔をのぞいたり、無造作にひっくりかえしたり。
「よしよし、こりゃいいぞ」「ちぇっ、ついてねえな、売り物にならねえだろう」作業衣の男たちの勝手な仔犬の品定めを、かあさん犬が眉を曇らせて見上げている。
*
五月晴れのまぶしい日ざしが芝生を輝かせている昼下がり、いつものように遊んでいたあんずは大きな手にひょいと持ち上げられ、乱暴に段ボール箱に放りこまれた。
ワンッ! と声をあげる間もなくふたが閉められた段ボール箱は真っ暗になった。
かあさんがなにか叫んで走り寄ったが、箱に入れられたあんずには見えなかった。
そのまま、どさっと軽トラの荷台に放られた。
ブルルルとエンジン音が響き、車は出発した。
――ウォ~ン、ウォ~~~ン!!
あんず、あんずちゃ~ん。
かあさんの悲鳴は遠ざかり、風の音しか聞こえなくなってから軽トラが止まった。
どすどす重そうな足音が近づいたかと思うと「厄介をかけやがってよう」男の声。
「おととい来やがれ」思いきり蹴られ、あんずの身体は段ボール箱ごと宙を舞った。
くるん、くるん、大きく回転しながら谷底に着く前に、ふうっと気を失っていた。
*
気がつくと、あたりは真っ暗闇で、すぐそばを流れる川音ばかりが聞こえている。
あんずはそうっと前足を伸ばし、うしろ足を伸ばしてみて、ううっと、うめいた。
身体中がずきんずきん痛いし、息をするのも苦痛なので弱々しくそこに横たわる。
かあさん、かあさん、かあさんはどこ? 首だけ持ち上げて、かあさんを探した。
目の前にはきり立った崖がそびえている、生後半年のあんずに登れるはずもない。
消えかけている小さな命の灯りを憐れむように、青い満月が谷底を照らしている。
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