第26話

 この声、何か俺の声に似てるな。誰だ?

 身を捩って振り向くと、そこにいたのは俺だった。極彩色のあの本で見た時と同じ感覚――自分が2人いる不条理に理解が追いつかず、脳が混乱する。


「災難でしたね、まさか生まれ変わる際に他者と一体化するとは思いもしなかったでしょう。約1ヶ月という短い間でしたが、共に行動して懐かしい記憶が蘇ってきましたよ」


「生まれ変わり……一体化……ん、声が違う。てか服も、手相も。まさか。やっぱり、容姿まで全くの別人になってるんだけど?! ど、どういうこと?」


 『順を追って説明しましょう』そう言うと記憶の本を手に話し始めた名前も知らない男。まぁ見当はついてるけど。

 男は子供の頃から学力に長けていて、その類稀な才能から世間の注目を集める事もしばしばあったそう。ただ息子の魔法学の才を親はあんまり快く思ってはいなかったらしい。

 レイクの死因の1つに[親による刺殺]が含まれていたけど、それは男の身内で唯一、彼の魔法学勉強を後押しする存在だった彼女を奪えば、男が塞ぎ込むと目論んだ両親によるものだった。両親の目論みに反して一層魔法学にのめり込んだ男も、その後に殺されている。


「――そして私は神の元で2度目の人生を選択し、ここから全てが始まりました」


「2度目の……」


 脳裏にぼやけた記憶が過ぎる。


『――転生か2周目か選んじゃってよ』


 そうだ、俺も確か転生したんだよな。……でも記憶が曖昧だ。自分が何でこの世界に転生したのかとか、前世はどんな生き物だったとか、全く思い出せない。

 記憶整理の重要性を再確認したところで、男は2周目について語り出す。

 最愛の妹を救う為に男がとった初めての行動、それは1週目以上に魔法学を学ぶことだった。魔法が使えない両親のもとに産まれた、魔法の才を持つ幼子。両親がこれを嫌った為か、1周目の時に300歳差だったレイクは70歳で産まれた。未熟児だった彼女はそのまま息を引き取ったそうだ。

 そして男はここから何としても妹を守ろうと躍起になっていったという。1周目に事が起きた日時へ向け対抗策を練るも、些細な生き方の違いで変動するヘイトにより日時は特定できず、極限まで似た生き方が出来ても、父親が対魔拘束具を常備している為太刀打ちできない。

 苦慮の末、男は妹の出生後に両親を殺害する事で解決しようとしたそう。


「この時点で既に200回は超えていたはずです。途中で心が折れかけて、何回か数えるのをやめていた気もしますけどね。それでも、レイクが明らかに長生き出来る道を、漸く見つけたんですよ……懐かしい」


 その時は安堵したという男。こんな事を200回も繰り返してたら狂ってもおかしくないだろうに、正気を保っていられるのはやっぱり、兄妹愛があるからなんだろうな。

 息子による両親殺害の一報は巷を大いに騒つかせ、魔法が使えない両親と使える実子という点が、憶測の火に油を注いだ。

 そして男の中で人を殺した罪悪感が薄れ、育児に慣れてきた頃にそれは起きたという。夜中に家へと押し入ってきた集団に妹共々拉致され、見せしめに殺されたのだ。ここで男は、敵が親だけでなく社会全体である事を悟ったのだった。

 そういえばノアの時代に反魔法学団体がいたっけな。本にあった134世紀の2月が男の出生らしいから、まだ本団体や後継団体なんかが活発だったのかも。

 こうしていたちごっこを繰り返して、生まれ変わりの回数も400回に迫ろうかという時、男はある仮説を立てたそうだ。


「――レイクが抗いようの無い死の運命に囚われた、並の改変では救えない命なのではないか、というものです。ここからの100回程は検証に使いましたが、後にこの仮説は例の魔法との出会いによって確信へと変わりました」


「手帳を書き始めたのも丁度この辺りからだよな」


「周回の記録はそうですよ。他には、貴方と融合するまでいたアパートに、自分の支えとする為用意したレイクとの交換日記などもあります。興味があれば読んでみて下さい」


 え、読んでいいの? ――つい前のめりな反応を返してしまったけど、男は既に次を見据えているようだ。仮初めの思い出を手放して、男の空虚な人生はもうすぐ、虹色に染まろうとしている。

 手帳を書き切ったところで男は新たに記録するのをやめたそう。日夜を問わず魔法学の勉強に明け暮れ、思考統一が完成する頃には、親と妹を自ら殺める事に何の感情も湧かなくなっていたらしい。

 それでも男は全天遣思考統一魔法Liberal Arcを完成させ、後はこれを実行に移すのみとしていた。しかしそこに俺が転生してきて融合してしまったと。


「魔法の創作を終えて肩の力が抜けた時に、ふと妹の顔が浮かびましてね。仮初めのものとはいえ私を支えてくれたレイクとの記憶を、もう一度見直しておきたくなったんです」


「――そりゃあ、あの魔法の悪あがきにあったんじゃないか?」


「そうかもしれませんね」


 男は半身振り返り背後の木を見上げた。俺が初めてここへ来た時には既に枯れていたこの樹木も、作り上げた当初は葉が青々と生い茂っていたという。

 この木について、男は自身が世界樹の芽である事の自覚、その象徴だと語る。

 世界樹の芽――男曰く、それは樹枝管制魔法に見出された、次世代の先駆けであり世界の軸となりうる存在のこと。男女1人ずつ計2人だけ、功績の差はあれど必ず周囲に変化をもたらす。その中でも特に秀でていたのが原初の2人、そしてノアとベリー。後者の2人に至っては世界の軸として、現代史以上の速度で魔法学を発展させるなど出来た筈だと評価した。

 なら何故、樹枝管制魔法が機能していた中でそうならなかったのか。俺の疑問に男は、『それは私がいて、貴方がいたからですよ』と答える。『私しかおらず、貴方しかいなかった』とも言えるそうだけど、その真意は何処にあるのやら。

 長年に渡って樹枝管制魔法と向き合い、世界を見てきた男だからこそ辿り着いた、世界の真理の極地じゃないかな。


「あはは、俺には難しすぎてよく分からないよ」


「そうですか、無理に理解する必要はありません。貴方と私がこうして出会ったのもまた、終局である楽園への足掛かりなのでしょうね」


 結局のところ《Liberal Arc》の完成をあの魔法が許容した訳だ。これでまた楽園の創造が新たな段階へ進もうとしている。恐らくは、目に見えて安息で平凡な日々が待っている。

 発動すれば戦争はおろか淘汰さえも無くなる、そんな多くの人々が待ち焦がれた世界が、もうすぐ訪れようとしている。

 過去に戻り発動するのは樹枝管制魔法の例がある為控えるという男。俺と同じ世界線に生まれ変わらないよう神に頼んで、別の世界線へと生まれ変わる。俺が人生を終えてその存在が世界の因果律に上書きされる前に。


「そうすれば私は、いえ私達は、家族の幸せを手にする事が出来る筈なんです。月並みかもしれませんけどね。――貴方達にも幸せになってほしいので、芽に関する調整はしておきますよ。ですのでどうか、私達の邪魔はしないでもらいたい」


「――ちょっといいか? 今、《Liberal Arc》は発動してない訳だ。てことは幾ら世界線を変えて過去で発動しても、上手くいかないんじゃないか? ほら自分で言ってただろ、樹枝管制魔法の例があるからって」


 男がタイムスリップを使い過去を変え、樹枝管制魔法を無かった事にしようと奔走した時のこと。どれほどやっても未来はソラリスが魔法を作り上げるか、作らず自身も産まれないかだったらしいじゃないか。


「その点はご安心を。まず1つ目として私は、私が本来生きている時代から見た未来でこの魔法を完成させ、且つ、いつでも発動出来る状態にありました」


 ああ、樹枝管制魔法が《Liberal Arc》を「未来で」許容した事が大事なのか。確かに未来にあるものは過去のいずれかの地点から存在する訳だからな。


「――2つ目に、世界の理たる樹枝管制魔法と誰よりも深く接してきたのは、他でもないこの私なんです。貴方が言うように私と樹枝管制魔法の間には、人並み外れた因果が存在します。対を成す魔法の創造は、そんな私に彼女が指し示した、最後の成長ではないかと」


 樹枝管制魔法自身が男の魔法を求めた、そういう事なんだろうか。何の脈絡も無い理不尽な死へ人を導ける、まるで意志を持っているかのような魔法が、自身の存在を確立させる分岐点を過ぎて用済みとも言える男を生かしておく理由があるとすれば、それは男が作り上げた魔法にあるんだろう。

 魔法が発動するかについては大体分かった。じゃあ次、もし生まれ変わった先が同じ世界線だったらどうするつもりなのかについて聞こうかな。

 男は、仮にそうなったとしても俺達の生きている時代が違う事と、隠れ家の部屋に置いてある資料が鍵になってくれるはずと話す。そしてこの場合、この時代にも魔法が現れ、次の瞬間には争い事の無い平和な世界が広がっている、と。俺やごく一部の人を除いて、その変化を知覚するのは不可能だとした。


「ここから出れば、もう2度と会えないでしょう。他に何かあれば今のうちに」


 ぼんやりと、遠くに鳥の鳴き声が聞こえる。


「お、俺はさ……その、何をすれば良いのかな?」


「それは貴方が決める事です。私はここまでの人生も後悔していません。全て自分で決断し、歩んで来ましたから。貴方がこれから先どのような人生を送るのか、知る事が出来ないのは心残りですが、自分に自信を持って下さい」


 自信……か。いつの日か持てるといいな。

 鳥の鳴き声が近づき、視界が白くフェードアウトしていく。


「忘れないで下さい、貴方も、紛れもなく天遣の1人なんですよ――……」





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