第25話

 一服がてら水のお供に、いつから開けっぱなしのまま放置されているのかも分からない袋菓子をつまませてもらおう。もしかしたら来客用にわざとこうして置いてるのかもな。

 そうして過ごしていると俺が1杯飲み干す前にソノラが駆け入ってきた。「ただいま」の次に彼女の口から飛び出したのは、お菓子をつまんだ俺への恨み節。なんでもただのお菓子ではないらしく、その正体は何かにつけて再販される幻(笑)の人気菓子だった。なんと今回は淘汰に託けて販売したというから驚く。

 畳まれたダンボールは全てこの商品を買った時のものだそうで、それが今では1袋のみ。お菓子自体はジャンキーさの塊だけど毎日食べても飽きない、それどころか頭の中に居座り続け、癖になる様な危うさを秘めている。人々が執着する理由も分かる気がする。

 揶揄いがいのあるあまり、ついやりすぎて彼女が泣き出してしまうところだった。食べ物の恨みは恐ろしいからな、お菓子は1つしか食ってない。これはホント。

 ソノラが報告を早足で済ませてきたのは開けっぱなしのお菓子を思い出したからではなく、俺に聞きたい事があるから。彼女は淘汰が始まってから兄と会える機会が減っていたそうで、それまでは2人で隠れ家に住んでいた。仲の良さは扉にも表れてる通り。

 そんな兄の訃報がソノラの元へ飛び込んだのは大体1ヶ月前のこと。その時は例の本を探し回っている真っ只中で、久しぶりに帰宅した際、兄と同じスパイをする事になった彼女の友人から聞いたのだった。


「お兄ちゃんが殺されたのは教えてもらったけど、ちょうど同じ牢に入れられた人がいたとも聞いて、その人から少しでも話を聞ければなーって思ってたんだ」


「因みにお兄さんの名前は?」


 ムカロ――そう聞いて埃を被っていた記憶が呼び起こされる。初めて牢に入れられた時、そこには既に先客がいたな。自分がスパイだって事をあっさり話していたのと、後はそう、ペンダントだ。選別派に置いておくくらいならと思ったのか、初対面の俺に譲ろうとしてた。

 実物は見れず仕舞いだったけど、ソノラが身につけてるロケットがそうだったなんてな。選別派の拠点から無くなっていたのは、彼女がそれを形見として友人に取り戻してもらったからなのか。

 俺はムカロとの出会いから彼が殺されるまでを、出来るだけ細かくソノラに話した。今となってはムカロは偶然会った人っていうだけの印象だから、大した事は伝えられない。

 俺にとってはそんな情報でも、彼女からしてみれば1つひとつが貴重なんだ。


「――他には何か言ってなかった?」


「んー、こんなもんかなぁ。目が覚めてからは割と急展開だったから」


 ソノラがついた小さい溜め息。今は亡き兄の面影を偲んでのものに映る。


「私さ、本当の家族っていったらお兄ちゃんしかいなくて、私がドジしたら必ず助けてくれてたんだ。だから私も、お兄ちゃんに何かあったら助けるからって、約束してたんだけどね……」


 机上の写真へと彼女の視線が向く。


「――最初にお兄ちゃんの死を聞いた時は復讐も考えたんだ。私に出来る事はそれしか無い気がしたから。友達に話したら、『やり方を間違えてる』なんて言われちゃったけどね。だから――」


 ソノラは徐に、首から下げたロケットを外してこっちへ近づく。そしてそれを突き出すと、なんと俺にロケットを譲ると言い出したのだ。

 いやいや待て待て、兄の形見なんだろ。幾らムカロ本人から譲られていたとはいえこれは受け取れない。ていうかさっきまでの話からどう繋がったらそうなるんだ。

 そのまま受け取ったら少なくとも俺はモヤモヤが残る。だから聞いてみた――これが復讐なのか、と。

 彼女は、あくまで兄の最後の望みを叶えようとしているだけだと言う。俺が譲り受けた時点ではまだ、これが形見になるなんて誰も思っていなかっただろう。ソノラが言うように、ムカロは見ず知らずの俺に大切な物をくれたんだ。そこに何かを託したのかもしれない。

 当時から今の今まで全く読み解けていないけど、彼女は違うようだ。兄妹の間柄である2人しか知らない事も当然ある訳で、兄がとった行動は第三者の俺を介して伝えられた、彼女へのメッセージとも言うべきものだった。

 正直なところ、最後までそこら辺はよく理解できないままだったけど、ロケットを受け取ることにした。ソノラ達兄妹の意志だといわれて断りづらかったのもある。でも他人の為に何かをするのは、悪い気分じゃない。去り際の作り笑いと、それに掻き消された儚く寂しげな表情まで、俺は見てたからな。

 持ち帰る道中こそ首に下げたロケットも、何かの拍子に壊れたり無くしたりする可能性を考えると他の所へ持ち歩く気にはならず、家で厳重に保管することに。中を見るなんて以ての外だ。

 偶にある血生臭い夜。あまり意識はしていないけど、こういう日の俺達は寝床につくのが早くなる。いつもなら長めの睡眠時間を取れるってだけだけど、今日はあっちで調べ物があるんだ。

 あの部屋に入るまでは金の魔法陣が俺に効かないなんて思いもしなかった。初めて来た時に少しでも触ってみるべきだったかな。無理だと思い込んでいたから。

 さて、ここからは一層気を引き締めよう。どんな記憶が飛び出してくるか分からない。

 1冊目の本は机に出ているこれにしようか。うーん、部屋に入った時程じゃないけど、むず痒い背徳感みたいなの、これ癖になりそうだな。

 〝天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史134世紀 2月 出生……(以降も同じ記述で埋め尽くされている)〟

 ほら、いきなり来た。誰のかははっきりしてる、この空間にあるものなんだから俺しかいない。でもこれは……書いてある1つひとつが一度産まれた事を表しているなら、何回産まれてるんだって話だ。まさか生まれ変わる魔法まで作り上げたとでもいうのか?

 〝…… 天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史134世紀 2月 出生

  天遣史開闢時代 出生

  天遣史134世紀 2月 出生……〟

 ん? 開闢時代、か。ソノラからチラッと聞いた、宗教が盛んに起こった頃だな。燦星崇拝もその時代あたりに生まれた宗教の派生か何かではないかと彼女は言ってたけど。

 何百万年、いやもっと昔かもしれない。これについては明日にでも先生に聞いてみるとして、気掛かりな点がもう1つ。それは出生が異なっていること。

 これが全て俺の出生記録だとして、同じ日に産まれるのは分かる。同じ天遣として産まれてくる訳だから。じゃあ1つだけ違う記録があるのはどういう事だ。

 この1冊に書かれてあるのは出生について、それも大雑把に、延々と同じ事が書かれている。これが記憶なら思い出せるはず、なのに方法が分からないせいで手の施しようが無い。

 まぁ自分の産まれた日がこんなにあるとも思えないし、何より同様の本がまだ沢山あるんだ。たったこれだけの情報で考え込んでても先に進まない。

 本は1冊に1回の人生が記録されていて、内容は箇条書きで出来事が記されてあるだけの、おおよそ記憶というよりは簡素な日記に近い形のものばかり。しかしこれらには、俺が何度もこの世界に産まれ、その度に違う人生を繰り返した証拠となる事柄が記載されていた。

 妹――レイクの死因が毎回異なっている。共通しているのはどの人生においても妹を救えていないということ。

 たしかあの部屋の手帳に不可解な事がどうのって書かれてたな。冒頭のあれは何度も生まれ変わって妹を助けようとしたけど、絶対的な力――樹枝管制魔法に阻まれたってことか。で、そこからは思考統一に辿り着くまでずっと、妹を自分の手で殺めてきた、と。てことは手帳に書いてあった数字は……生まれ変わりの回数ってところか。

 手を替え品を替えレイクの旅路は閉ざされてきた。それでも抵抗を続けた結果、違和感を感じる程に脈絡の無い死因へと樹枝管制魔法が導いてしまう事もあり、それが手帳の冒頭部分にあった分岐点へと繋がった訳だ。如何に絶対的とはいえ今でもまだ未完成だという話だったから、それが影響したのか。

 ここにある本は全て、樹枝管制魔法との格闘の記憶を整理したものだ。最も新しいものが恐らく最初に読んだ出生記録なんだろう。それにしてもこれだけの記憶があって、その中に妹との思い出が1つも出てこないとは。

 でももし俺が同じ状況に直面しても危険に晒された妹の救命を最優先にするし、何なら思い出作りは助けた後で出来るからな。

 考えてみれば当たり前か。ここに書いてある事をしてきたのは俺なんだろうし。魔法陣を擦り抜けたり手帳を読んだりしても今ひとつ実感が湧かないから、ここにディエスタと俺の関係を決定付けるものがあったらと思ってた。すっきりしないけど、認めるしかないか。

 そうとなったら金の魔力を手に入れないと始まらないけど、正直レイクっていう人物に何の思い入れも無いんだよなぁ。記憶を戻せば少しは変わるのか。

 えーっと、妹についての記憶を、引っ張り出してから、過去に飛んで、あれを使って、あー。

 一辺に記憶を漁ったせいか、やけにボーっとする。立っていられない。

 いてて……なんだ、どうなってる。ああ、まぶたを上げてられないや……。



      ―――――――――――――



 ん、んー、朝、じゃないな。まだ夢の書斎にいる。何でだ? 俺たしか本を読んで、そしたら急にクラクラしたんだよな。気絶してたのか。なんだってまた……。


「良かった、貴方もお目覚めのようですね」



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