第24話

 うん、入ってる入ってる。魔法1つ分とは思えない量の紙の束が3つ。これは流し読みでも問題無いかな。

 そう思って見始めた1枚目に、早速俺は度肝を抜かれた。さっきの魔法もだいぶ論理が飛躍していたけど、ここに書かれてるものはその更に上をいっている。

 ふ、不老……不死。あー、そうだよな、誰でも1度は考えるんじゃないかな、不老不死になってみたいって。確かに魔法には無限大の可能性がある。現に時空を操る所まで来てるんだし、それが実現するのも時間の問題かも。

 もしかすると現代の学術を置き去りにする程の知識を、この部屋の主人は持っていたのかもしれない。不老不死という思想に出会して呆気にとられている俺へ、追い打ちを掛ける様に出てきたのはタイムスリップや思考統一について書かれた紙束だった。

 極彩色のあの本で似た経験が出来たから、タイムスリップがある事にはあんまり驚かないな。原始でソラリスといた俺は、タイムスリップを使い過去に行ったかもしれないって訳だ。……一体何の為に。そもそも姿こそ瓜二つだったけど、あいつが本当に俺なのかすら分からない。

 この答えを導き出すのに、思考統一はヒントとなり得るのか。樹枝管制魔法を初めて知った時、俺は自分の人生に於けるあらゆる行動と、それに返ってくる現象が必然なのではと絶望した。そんな絶望すら生まれなくなる世界を、思考統一によって作ろうとしていた人がいたみたいだ。

 思考統一を使えば確かに淘汰絡みの戦争含め、争いは激減すると思う。樹枝管制魔法と組み合わさって、天遣の人生から自由の真の姿が失われる事と引き換えにな。この魔法の持ち主が目指した所は必ずしも楽園とは言えなさそうだ。

 これ程の魔法になると最早完成しているのかを確かめる気にもならない。万が一、使ってみて完成してたらそれはそれでマズいから、そっと閉まっておこう。

 魔法関連の物を粗方見終えたところで、自問自答してみよう。ケイタ、机の本立てに手帳があるよな。手帳といえば予定や日記、諸々の個人情報が詰まったプライベートの塊。それを手に取るべきか否か。

 答えはイエス、取るべきだ! ここまで来たら手帳の1つや2つを覗いた所で罪の重さは変わりやしないさ。どれどれ。

 (1の左に強い筆圧で50と書かれた跡がある)〝1、予想通りだった。そうと分かれば今すぐにでもこんな不可解な事は忘れ、私の全てを魔法に捧げよう。そうすれば何れは、この殺害を知る者が誰もいない世界で、また2人幸せな日々を送れる。何事も慣れだ。

 2、幸い時間はほぼ無限にある。知識も1つずつ確実に修得できている。焦る必要は無い。私は、ノアの様になる為に魔法学を学んでいるのではないんだ。

 ――8、最悪の出来事が起きた。どうやら私のこの筆舌に尽くし難い思いすらも、たった1人の女の、たった1つの魔法によって齎されたもののようだ。私達の幸せを意図的に妨げた魔法――少し前の私ならすぐに破壊へと動いただろう。しかし今は、やる事がある。

 他には、覚醒中と大差無い活動を睡眠時に行えるよう眠りの質を改善した。現世へと繰り出す事は叶わなかったが、私だけの空間で存分に修学と睡眠を両立させる事が出来る。記憶の整理もここで行おう。

 ――22、絶命を防ぐ魔法が完成した。そして老化も。しかしこれを自分以外に使おうという気は起きなかった。あの魔法を知らない状態だったなら、一回くらいは試したかもしれない。まずはこれを基に不老不死の魔法を作る。

 ワープホールが作り出された。役に立ちそうだ。

 タイムスリップと不老不死が魔力欠如により発動不可。タイムスリップに至っては魔質異同も見られた。ここが白の限界か〟

 冒頭から不穏だな。手帳を見る限りだと何かを試した結果、それ関連の記憶に封をする結論に至ったと。8で樹枝管制魔法、つまりソラリスとの出会いが書かれてるから、数字が時系列だとすると1にある2人っていうのは手帳の筆者と……妹、とか? 

 この書き振りからして引き出しにある魔法は完成してると見ていいな。多分だけど思考統一も。続きを読もう。

 〝23、既存の学問を修業。魔法学と併合。

 魔力の混成に成功。どの色もタイムスリップを発動するに至らず。

 24、魔力混成に適したサンプルを割り出す為1000万年に渡り調査。金の魔力、そして銀の魔力の土台生成に成功。

 25 タイムスリップが機能する事を確認

 やっとここまできた 私達の幸せ その為にはあの魔法を消さなくては この世界 ありとあらゆる可能性から 


 彼女に魔力を与え あの魔法を作らない方向へと誘導する


 彼女が死ぬその時まで〟

 なるほど。これらの研究は樹枝管制魔法が無い世界へと変えて、2人での暮らしを実現する為のものだったのか。一部腑に落ちない魔法もあるけど。

 でも、そうだとすると金の魔力完成前に1000万年近く前の魔力をサンプルとして持っている説明がつかないよな。2の時点でノアと彼の功績を知っていながら、まだ不老不死さえ手に入れてない。考えられる線としては、魔力が完成してから他の目的でサンプルを集めたか。うーん……どういう事だ?

 〝つがいの男を乗っ取れば行動も幾分か楽になる 土台と彼女の魔力で銀の魔力は無事完成 これを飲んでもらう必要がある 1度目の口実は避戦争を使う→失敗 戦争さえも引き起こしているあれを彼女はあろうことか平和を望んで作り上げた 理解不能

 2度目 口実を避淘汰→失敗 天遣の進化を促進する為に作り上げた

 3度目 彼女を殺害 代わりの女を連れて行く→失敗 私達が産まれなかった

 ――20 未来を見せる失敗

 ――81協力失敗

 ――205

 ――501(擦り消したのか黒ずんでいる)

 ――1008    なぜ

 ―― なぜ

 ――    過去に介入せず彼女の一生を観察した  あの魔法は生まれなかった しかし3度目と同じ

 あの魔法の生成は必然  そしてその引き金を引くのは他でもない私自身        レイクの死は〟

 俺が見た原始の2人は、この途方もない試行回数の中のどれかなんだろうな。手帳の筆者とその妹は間違いなく樹枝管制魔法の被害者だ。恐らくあの魔法は何よりも、それが存在する未来を最優先に手繰り寄せていて、直接関与する手帳の筆者に何としてもこの手順を踏ませたかったんだと思う。その過程で妹の死は避けられないものだったんだ。

 何だろう、違和感がある。まだ全てを読んだ訳じゃないから、この違和感を解く要素が足りていないだけかも。

 〝彼女と話した 外界を知らず 未来を知らず 楽園の様な箱庭の世界で それが永久不変のものだと信じていた 


 私の中でいつの日か腐り果てた純粋を持ち合わせる彼女は 私とは真逆を行く存在だ 昇る燦星が如く公平に振る舞い 聳える世界樹が如く平等な懐を有する彼女


 もう認めるしか無い 私達はあの魔法と共に生きていく他に道は無い だが兄として レイクを見捨てる真似は絶対にしない〟

 以降は白紙になっている。ここに記された文の内容は読んだだけで気圧される程に凝縮されたもので、その禍々しさに気付けば没入していた。意識的に呼吸するのが随分と久しぶりに感じられる。

 手帳では1回も思考統一について触れられなかったな。単に書かなかっただけでこれ以降に作られたのかもしれない。何にしても、樹枝管制魔法があらゆる木の成長に介入するなら、思考統一は木の種類を世界中で1つに纏めて、ある程度成長結果を絞り込ませようという、言わば反逆の結晶ともとれる。

 最後まで読んだけど結局俺が感じた違和感は何だったんだろう。ここで得た情報があっという間に押し流してしまうくらいには、あの感覚は曖昧なものだった思う。

 これで大体調べたか。流石に不老不死ってだけあって1万年あっても辿り着けない様な境地にいたみたいだ。俺はお爺ちゃんの状態で不老不死になるくらいなら死を受け入れるけどね。

 手帳に次調べると良さそうな場所も書いてあったからそこは夜に調べるとしよう。今はこれ以上用は無いかな。

 整理したっていう記憶を引っ張り出すまでは、ここで見た事を口外しない方がいいか。


「ねぇケイター、ここにいるのー?」


 ソノラの呼び掛けだ。海鳥達のおかげもあるだろうけど、彼女自身強い心を持っている。


「ああいるぞー、どうし――」


「もう、いるなら返事くらいしてくれてもいいじゃん」


 どうやら入り口の魔法陣は内から外への遮音効果100パーセントのようだ。敢えて大袈裟に口を動かし喋っている様に見せかけ、魔法陣を跨ぐと同時に話し掛ける。


「――になった様で何よりだ」


「むぅ、何になったって?」


「さぁ、何になったんだろうな」


 ちょっと意地悪したくなるのはソノラが妹味溢れる人柄をしているからかもしれない。

 彼女はこれからあの本での体験をギブソンに話してくるそう。俺にも用があるのか引き止めてきて、彼女の部屋へと通してくれた。出てったところで調べるあても無いから、ソノラが来るまで待つ事にしよう。

 ソノラは自分が外出するのに俺を上げてくれた。つまり仕舞われてないものは見て回ってもいいって事だよな。やっぱり鉄板は机だよ。ここにはその人の人柄を知れるだけの情報が眠ってるはず。

 ……さっそく机の上に飾ってあるな。幼い頃のソノラと、多分これはお兄さんだろう。

 海上の夕日は丁度2人がハート形に合わせた手の中に収まっている。当時の僅か一瞬を切り取った画像、そこに写る逆光をも掠める笑顔の眩しさによって、これを見た人にも自然と笑みが溢れる、そんな素晴らしい写真だ。

 写真立てに入れられたこの1枚だけしか無いのかな。流石に引き出しを開けたりは出来ないから、後でそれとなーく聞いてみるか。

 






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