第23話
後日、再び俺1人で隠れ家へとやってきた。目的はギブソン達に俺とソノラが見てきたものを共有するのが1つと、もう1つは金の魔法陣が解除できないか試すこと。エントランスへとワープして、一度その魔方陣を拝んでからギブソンの部屋へと入る。
談笑中の紳士2人にややぎこちない形で交ざっちゃった気がするのは俺だけだよな。挨拶はコミュニケーション、基本中の基本だから、どんな時も欠かせないだろ。
俺達の話をよっぽど聴きたかったんだろうな、俺が来るなりギブソンはすぐに先日の話題を切り出す。こっちとしても話の種をそれ以外に持ってきてはいないからいいんだけど。
楽園の様な光景、樹枝管制魔法を作り上げたソラリスと最重要項目の1つ[終局である楽園の創造]、ノアの暴虐な一面、ベリーをはじめとした後継者の存在。俺の――ディエスタの事については分からない事が多い為、一旦伏せておくことにした。
「――最後に俺は、妹と兄が戯れてる光景を見たよ。記憶には全く無いし、そもそも俺に家族はいない筈なんだけどね。でその後ソノラも何かを見て泣いてた。多分兄が見えたんじゃないかと思う」
「――そうか。その話を聞いて推論に自信が持てた。実はお前が来る前にィエラムと少し話したんだが、その本はもしかしたら、樹枝管制魔法を生み出した事へのソラリスの悔いる気持ちから作られたのではないかとな」
「楽園の創造――それがお前達が最初に見たという光景を指しているとすれば、未だに世界は楽園の面影も無く、それどころか回数を重ねる毎に長引く淘汰は、楽園と逆行した存在と言える」
世間にはソラリスの理念や彼女が作った魔法はおろか、ィエラム達の活動、下手すれば彼等という人物さえ認知されていない。少人数で世界に与えられる影響の限界が、すぐそこまで来てるのかも。
楽園をどう解釈するかという問題もある。もしソラリスに現状で自我があるとしたら、長く樹枝管制魔法を起動させている間に当初とは違った終局へと向かわせ始めた可能性も考えられる。血みどろの争いの先に楽園を見出だすなんて、あってほしくないけど。
後はソノラが見たものと照らし合わせたいところだけど、落ち込む事があった時は決まった場所で黄昏れるのが、昔からの彼女の休息方法らしい。ただ今回は、彼女の先生が未知の事柄を一刻も早く知りたがってるから、俺がそこへ迎えに行くことに。いやほんと、この瞬間も掛かってるんじゃないかって疑ってしまうよ。
ソノラが休息場所にしているのは先の大戦で主戦場となった、彼女の故郷の湾岸都市。戦闘後のまま瓦礫に覆われた状態で、今も焦げ臭さ漂い静電気が産毛をなぞるこの地は、魔物等、他の生物が寄り付くのを躊躇う廃墟と化していた。
荒れた街並みと裏腹に、空と水平線までの蒼々と澄み渡った長閑な世界を、桟橋の先端から眺める人物を見つけた。
海鳥達の鳴き声と偶の小波音しか聞こえない。桟橋を進む程に安らぎが増す感覚を覚えるのは、背後にある戦禍から遠ざかっている事が起因しているのだろう。
桟橋の先端に腰掛けて脚をぶらつかせる彼女の、背中を見れば分かる。彼女は今、泣いている。嗚咽は無く、肩を震わす事も無く、ただただ静かに。
「……良い景色だよね、水平線まではっきり見えて。私、嫌なことがあったらさ、よくこの景色を見てたんだ。お母さんに怒られたり、友達と大喧嘩したり。昔はもっと後ろから見てたんだけどね」
吹き抜ける潮風に彼女の髪が靡く。目に見えない風の出現地点に想いを馳せた彼女は、大海原に手を伸ばした。
「――ねぇケイタ。もしも……もしもね、この先に楽園があって、でも、そこに続く道が私達2人のどっちかしか通れない道だったら、どうする?」
「――その道が視えているならソノラが通るべきだ。俺は少し遠回りして他の道を探りあてるさ。早めに招待状を送ってもらえると嬉しいけど」
「そっか、そうだね。じゃあケイタが早く着いたら、ちゃんと私達も招待してよ」
たった1人で楽園に辿り着こうと、それは死後の世界を疑似体験するようなものだ。ソノラだけでなく他の天遣や動植物達も連れ立ってこそ、次のそれは『終局である楽園』になりうるのではないかと思う。
しかしその旅路は深海程に先が見えず、潮風に乗っても混沌へ、逆らい出所を探っても新たな風へと行き当たる。
彼女の見ている道がどういうものかは分からない。だが彼女もほぼ間違いなく、歴史の転換点を作ったソラリスやベリーとの共通点を――詰まるところ、次の転換点としての資質を持っている。そして恐らくは、俺も。
海鳥達にしか理解できない戯れる鳴き声と港へ寄せる漣を惜しみつつも、今日中の訪問の確約を得た為、俺は一足先にこの場を立ち去る。懸隔している空間を繋ぐには余りにも短い桟橋を戻りながらワープホールを展開する途中、急激に現実へと近づいていく不快感からつい足を止めて振り向いた。
……はは。俺よりも慰めに適任なやつらがいたな、やけに鳴くなとは思ってたけど。それじゃ後は任せようか。
―――――――――――――
手をかざして……魔力を込めて……声を掛けてみて……うーん、ダメだな。他の方法を試すか。
少なくとも部屋自体は何千万年も前からあった訳だけど、この部屋の主人がディエスタだと判明してもないし、いつから不在なのかとかさっぱりだからな。事と次第によっては俺、全く関係無い人の部屋へ勝手に入った不法者になってしまう。淘汰中も法律が機能してればの話だけど。
もう手詰まり感が否めない。そもそも俺の魔力が金色じゃないから、魔法陣そのものに干渉する事が出来ないんだよなぁ。てか皆んな口を揃えて、金と銀の魔力をここで初めて見た、とか言うんだよ。博識なィエラムでさえこれが本当に魔力で作られたのかを疑ったそう。
様々ある派生魔法学の中でも、俺はまだ魔法黔創学しか学べていない。しかもそれすら勉強中な訳だけどそんな俺でも分かる、魔法陣の異次元さ。魔力は言わずもがな、魔法陣に浮かび上がる謎の魔法構築文字、魔力の供給源――幾ら俺達天遣の寿命が長いとはいえ、何十、下手したら何百世紀と掛かっても辿り着けないような未来の魔法学が閉ざしてる部屋には、どんな発見が待ってるんだろうな。
流動する金の魔力が放つ魅力に惹き寄せられて、魔法陣に触れる。するとどういう訳か、俺の手が魔法陣をすり抜けた。理解が追いつかず、魔法陣の隅々まで手が当たらないかを確かめてみる。
マジか。俺すり抜けて入れるじゃん。てことはこの部屋と俺との関連性も少なからず出てきたってことか。記憶を蘇らせてくれるような何かがあるといいけど。
俺は意を決して廊下を歩き始めた。あの本で見たままの廊下、そして一段と資料が増えた印象を受ける部屋には、当然の如く誰もいない。
凄く埃っぽい。積み重なった本の表紙、棚、机、勿論床も。埃には触りたくはないけど、あの本の中では何にもさわれなかったから、ここは寧ろ積極的に調べていこう。
何よりもまず目を引くのは、全面ガラス張りの戸棚に並び立てられた試験管と、戸棚の隣りにある用途不明の機械だ。俺達が見た時はこんなのは置いてなかった。この戸棚にも入り口と似た形で鍵が掛けられているけど、俺なら開けられる。
試験管1つひとつに書かれているのは人名と日付か。で、中に入ってるのは魔力だ。魔力を標本にしたのか。ん? この、角隅にある2つの纏まりに分けられた試験管、ばつ印やチェックが付けてある。
見知らぬ名前と遥か昔から最近の日付までが記された数々の魔力標本。その中でも印が付いた物は何かしらの理由で特別扱いを受けている――そう分かる標本を印付きの中に見つけた。
ベリー……約7万年前、ばつ。ノア……同じく、チェック。ソノラ……約1000年前、チェック。ソラリス……約8000万年前、チェック。私……6万年前、チェック。
『私』ってのはここの主人で多分合ってるよな。お、ストロのやつもこの括りにあるじゃん。グロッグとかアルディラみたいな派閥の偉い人も入ってるかと思ったけど、後は知らない人ばっかりだ。
俺はてっきり、ソラリスの魔力が生まれつき銀なんだと思い込んでいた。この標本にある彼女の魔力の色は、人為的に色を変えられる可能性を示唆している。或いはあの魔法陣が彼女の作ったものでないという線も残してるな。
隣りの機械は……下手に触って爆発とかしたら嫌だから見るだけにしとこう。多分魔力をこうやって永久的に留めておく為のものかも。使い方が載った書物とかあれば使ってみたいな。
戸棚は大体こんなもんか。さて、書物は机に出てるやつから覗いていこう。
マスクとゴーグル、手袋を作って身に付けて、表紙がざらつき本来の色を薄黒く見せる程埃の溜まった本や研究書類を手に取り、閲覧する。
魔力の……融合? うわ、金と銀の魔力を作る為に試行錯誤した跡が記されてる。どうやらそこの機械は魔力同士の抵抗や反発を無くして、混ぜ合わせる為のものみたいだ。もしかして俺も金や銀の魔力を手に入れられる、のか?
ま、まぁ手に入れたところでやりたい事も無いし、今はほっとこう。それにしてもこれは……現代魔法学を綴った本が所狭しと置かれてる棚、それを応用して独自に編み出した魔法の数々を収めた引き出し。収まり切らない物は壁際に積み重なってる。
派閥のパワーバランスを崩壊させかねない魔法が沢山ある。発動中は範囲内で味方が絶命しなくなるスフィアの生成、死体を傀儡と化し再び戦わせる非人道的魔法、発動と同時に術者の思考を多数の人と共有するテレパシー――これだけでも十分、部屋の主人が突出した知能を持っていたと分かる。机にある鍵付きの引き出しには、それはもう理解の及ばない魔法が眠ってる事だろうな。
好奇心がないと言えば嘘になる。今、魔法学の世界はワープホールや時間停止が最先端だ。これらも勿論凄い。時間や空間という漠然としたテーマで、それらを実現してしまうんだから。
そしてそれらと同じくらいテレパシーや傀儡化、生命維持といったものの実現は飛躍している。実際にこれらの魔法が完成しているかを確かめる事は、今は出来ないけど。それでも概念を形にしているかのような突飛さは、まさに魔法といった感じだ。
大魔法使いが鍵付きの引き出しへ大切に仕舞ったものは何なのか。俺は両手を叩き合わせ手袋に付いた埃を払ってから、その引き出しを開けた。
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