第22話
ノアの処刑の理由は魔法を悪用した猟奇的殺人って事になってるらしい。でも一部じゃそれは表向きの事情で、本当はノアの先進魔法学を恐れた天遣による抹殺なのではないかとも囁かれていたそう。
広場での公開処刑。この時代にはまだ魔力の流れを抑圧できる技術が存在しない為、男は詠唱に必要な舌を切り取られ、魔力の練り上げに必要な手を切り落とされ、それらはすぐ脇に晒されていた。
この男の暴力的で残忍な側面を知らない、多くの人々が見物に集まり、涙する人も見受けられる。男の歩みに明るい未来を思想した人がいたのも、事実なのかもしれない。
1人の役人が処刑台の前に出てくる。
「某日、天下公平を掲げる我等の懐で、天より授かりし奇跡を魔へと捧げた男が現れた! ――男は! 正に地底人が如く、生きたまま人を焼き魂魄を喰らう。奇跡を授かった者に有るまじき悪行だ」
まあ自衛とか、後は凄く追い詰められていて、環境を変える最終手段に人を殺してしまったとか、そういうのだったら理解しようともしてみる。でも男の凶行は避けられた筈だ。巨漢の挑発行為に耐えかねてああなったのかは、全ての言葉を聞けた訳じゃないから何とも言えない。
広場に怒りと悲しみが入り混じる中、執行人が台へ登り剣を抜く。はぁ、またこんな感じのか。一大イベントだから最後まで見ては行くけど。
男は木の棒に磔にされ、多分今は、自身の行いを省みる時間となっているだろう。
「――燦星よ、我等天遣一族、末代まで世の均衡と公平を願わん」
お日様万歳ってところだな。ソノラの知識にも無い謎の宗教、若しくはそれっぽい風習か。これが廃れてノアが信仰されるようになったのも頷ける。この時代だと探求欲を抑える事が均衡と公平に繋がっていたんだと思うけど、必ずしも全員がそれに同調するとは限らない。男の――ノアの様に、魔法を発展させた先に種族と世界の更なる安寧を模索する人もいたんだ。
火刑に処させるノア。その最期はとても静かなもので、断末魔を期待していた見物人からは落胆の溜め息が漏れる。足下から段々と火力を増して、脚、胴、頭、腕と全身が炎に包まれるまで、次第に疎らになっていく見物人と共に、その死期を見守った。
5つ目は穏やかな光景にしてもらいたい。あんまりキツいのが続くとソノラ先生が参ってしまうからな。一様に机へと向かって研究に没頭する人達なんかが映ったら、安心してもいいだろ。
取り扱う書類を見るに、ノアの後継者達か。彼が残した先進魔法学の成果が水泡に帰すのを防ぐ為、尽力してくれた人がいたから今がある訳だ。
時折研究者が独り言を呟きうーんと唸る以外に、この部屋で聞こえるのはものを書く音のみ。頭を抱えたまま固まってしまいたくなる程に、ノアの生涯成果は難題だったようだ。
夜が更けてきて、研究者達は1人、また1人と退室していく。点る作業灯は1つ。最後まで残ったのは、栄養ドリンクを一気飲みし徹夜で挑む気概を見せる女性。
異才が残した難題に足踏みする研究者も多い中で、彼女は対象の性質を変化させる方法やその原理、魔力へのアプローチ方法などを理解して論文に書き出していた。
彼女はベリー。論文だけでなく資料の1枚1枚にまでベリーと書いてあるんだから、名前じゃなかったとしてもとりあえず俺達は彼女をそう呼ぶ事にする。
黙々と論文を書き綴る姿をボーっと見てるだけ。これはこれで味気無いというか、もっと他の光景を見れたりはしないのかな。飛ばした何千万年の間にも時代の転換期はあっただろうに。それとも何か、本が展開する光景に共通点でもあるのか。
「なぁソノラ、ここまで見てきてなんか気付いた事とかあるか?」
「ん〜そうだねぇ、歴史書にも載ってないような発見が少しあったくらいかな。ケイタは?」
「最初にソラリスと男――多分ディエスタだな。2人がいただろ。で、今はノアとベリーがいて、それをこの本の題名がディエスタと読める俺と、ソラリスと読めるソノラが見ている。もしかしたら俺達には何かしらの共通点があるんじゃないかとは思ってるけどね」
この本について考察するにはまだ情報が少ないかもしれないとの判断に至った直後、静けさを暗闇ごと払い除ける様な歓声が響き渡る。それは立ち眩む程長く座り続けて、書いてきた論文の完成を告げていた。
ベリーは興奮を抑えきれない様子で書類をまとめると、他の研究者の机を周り始める。彼女は魔法学についてを担当していたが、後の世界への影響やインフラ整備などの対応策にまで、ノアは考えを巡らせていたらしい。ただ流石のノアも全能ではなかった。それらは未完成なままに大衆の前で先進魔法をお披露目して、結果捕まってしまったと。功を急いだのか。
希世の魔法学者とその熱心な後継者のおかげで、現代まで発展を遂げてきた魔法。後に黔魔革命と呼ばれる出来事がどういうものだったのかは知る事が出来たけど、正直、だから何なのって感じだ。元々歴史に興味は無くて全く勉強してなかったから、珍しい経験である事と相まって新鮮さはあった。いや、寧ろそれくらいしか無かった。
俺の考え過ぎで、この本はただ過去の中から無作為に選ばれた光景を見れるだけって可能性もある。長い寿命を持つ天遣は100年前を覚えてると言って驚かれ、1000年前を覚えてると言って疑われる種族だ。歴史をより正確に伝える為に誰かが作ったのかもしれない。
さて次は何だろうな。天遣が初めて戦争した日? それとも今回の淘汰が始まった日? 何でもいいぞ。
「お兄ちゃん、みてみて!」
背後から聞こえた幼げな声に、意図せず振り返る。そこには、満面の笑みで賞状を掲げる少女と、喜びを分かち合う兄がいた。
最年少記録を大きく塗り替えての受賞となった事実は良くも悪くも世間の注目を集め、ある者は天才だと騒ぎたてて、またある者は基礎教育が身に付いているのかと心配してくる。
そんな巷での評判も何処吹く風。兄の勉強する姿を真似て妹も机に向かい結果を残せば、兄は一層勉強に励む。兄が表彰されれば負けじと妹は集中力を発揮する。良き兄妹で競争相手の2人。
人を失う辛さは堪え難く、まして肉親の死が待っているとなれば、笑顔が引き攣るのも仕方のないこと。何も知らない妹の為に兄として出来る事は、只管に勉強を重ねる事と妹に寂しい思いをさせないようにする事だけ。
若しくは――
俺にしか見えていない光景を炎で焼き払う。俺に家族はいない。この光景は本の悪ふざけだ。きっとこちらの心境を探って、そこにある後ろめたさや後悔といった負の感情をごちゃ混ぜにしたものでも流したんだろう。
ソノラにも何が起きていたのか伝えておくか。隣りでキョトンとしてたからな。にしても、過去を見れる本ってだけじゃないとは。今の光景は全く記憶に無い。けど最初に見た、ソラリスと一緒にいた俺が関わってるとしたら。解き明かすにはあの金の魔法陣で閉ざされた部屋に入ってみるべきだな。
あれこれと考えてる内に次へ進むかと思ってたけど、一向に新たな光景が展開されない。……まさか。
「なぁ――」
「待って! ……もう少しだけ」
やっぱり、今度はソノラだ。一体何が彼女の前にあるのか。もし俺と同じ様に理解に苦しむものであるなら、無理せず途中で焼き払ってしまってもいいと思う。この本が必ずしも攻撃性を有していないとは限らないから。
この空間になってからというもの、ソノラはじーっと一方向を見続けている。彼女の頬に伝う涙と、震えた手でペンダントを握りしめる姿は、その情景が彼女にとって如何に大切なものであるかを推測するのに造作無い程の、哀愁を誘う空気を纏っていた。
「――っ! お兄ちゃん!」
「おいおい、ちょっと待てって!」
突然駆け出したソノラの手を掴み、制止する。
「やだっ離して! お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
直後、周囲はこれまでと違い虹色に。俺達の過去旅行は一時の内に終わりを迎えた。
ギブソンの魔力も無限ではない為、ィエラムと代わるがわる魔力を送り込んでくれていた。何より驚いたのは現在時刻。なんともうすぐ日没という時間になってる。体感では1時間くらいかなぁ。言葉で表せないけど、凄く不思議な感覚だった。
ギブソンは俺達の話を聞きたいようだけど、今日は疲れたからまた明日にさせてもらうよ。ソノラも一言も喋らないし、ギブソン自身クッタクタで椅子に座ってんだから。おじ様の就寝時間も近づいてる訳だし、今日は解散ってことで。
バスケットの中身は全部ィエラムの胃袋に入ったらしい。テスのゲテモノ料理は食卓を豊かにしてくれる華やかさと、調理技術や知識、創意工夫、そして何より愛情が味覚だけじゃない満足感をくれるから、食材に焦点が当たる前に食べる人もいそうだな。
1つも食べる事が出来なかったと伝えるのはやや心苦しかった。でもテスはそれより、俺が無事に帰って来た事を喜んでくれて、夕飯はかつてない程豪勢なものとなった。これといって言葉にはしてこないけど、彼女が蛇で俺の頭を咥える時は決まって上機嫌だから。これでもかってくらい舐め回されたら、それはもうテスの熱情の表れだよね。
彼女がしれっと風呂に入ってきて久々に入浴も2人でとなった。この前は雰囲気に当てられて全くだめだったから、今回は少しでも大人なとこを見せられれば――そう気構えていたものの、いざ話し掛けられると全てがボンッと吹っ飛んで脊髄で話してしまっていた。
湯冷めの心配が要らない程あったまった後は屋上に直行して、定位置に寝転んでテスと夜空を満喫。今回の件で俺がどんな経験をしてきたか、彼女の方から聞いてくる事は無かった。俺もまだ見てきた事の整理が付いてなかったから、互いにその事には触れないまま、また2人でいられる喜びを分かち合う様に語り明かした。
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