第21話

 俺が思い浮かべるあの大自然のイメージと、ソラリスの理想にある楽園は何か違うのか。楽園が終わりを迎えて淘汰など争いが絶えなくなったのは、種族の過繁栄も大きく関わっているはず。

 ソラリスは最重要項目内でも天遣の退化にまでは言及していないらしい。その点彼女は俺より遥かに未来思考という事かもな。

 残りの項目についてソノラに聞くと何故か話を逸らしてくる。次へと進む事は出来たから無理に今聞く必要は無いけど、これから展開される光景を理解する上で、もしもその情報が必要になったらソノラ先生にお力添え頂こう。

 1つ前からどれくらいの年数を跨いでいるのかを把握するには、周辺と史実を照らし合わせればいい。俺は歴史について一切触れて来なかったので、ここも先生頼り。彼女によると、何千万年と跨いだ黔魔革命前ではないかとのこと。言われてみれば人々の暮らしに現代ほど魔法が浸透している様子は無い。水を汲んだり火を付けたり、それもごく小規模で、蛇口やマッチの代用に横着するくらいのもの。

 そんな街の一角にある建物へと、人々が押し寄せている。入りきらず溢れた人の一部は、外から窓を覗こうと押し合ったり、向かいの建物の2階や屋上へ上がったりと、あの手この手で中を見ようとしていた。俺達はそんな群衆を素通りして建物へ入る。

 こんなに人々を熱狂させるんだ。何かが特売されてるとか、よほどの有名人がサイン会でも開いてるんじゃないかな。

 古風な内装の会館内にある多目的ホール。その講壇で、人々の注目を一身に浴びる男がいた。男は魔法や魔力についてびっしりと書き込まれた模造紙を後ろに掲げ、図説している。

 有名な魔法学者だろうな。眼差しや語る姿勢だけでも彼の熱意がこっちにまで伝わってくるけど、それだけに彼の言葉をはっきり聞き取れないのが残念だ。

 男は模造紙を用いて説明しながら徐に教卓の前へ出てくると、話すのをやめて両手を胴の前に構える。そのまま魔力を練ること数十秒。男の手には水塊が出来上がり、それを浮かせる、弾ませる、凍結させる、蒸発させる等してみせ、人々をざわつかせた。


「……ねぇ、何が凄いの?」


「水の性質を変化させた事じゃないかな。この年代の人達の認識だと魔法はまだ、立ち所に元素を作り出すってだけのものだったんだろうね」


 そんな人達の前で、液体を浮かせたり弾ませたり。男を疑う人が出てくるのも当然だ。男は次に炎を作ると、先程から強めの語気で物を言っている数人へ向かって投げつけた。

 会場はパニック。炎を投げつけられた人達も最初は反射的な反応を見せていた。ただすぐに殺傷能力が無いと気付いたようだ。

 その人達の呼び掛けもあって再び会場が落ち着きを取り戻し、出ていった人の分空いた席はあっという間に埋まった。

 男は悪戯好きなんだろうか。中にいる人ごと炎を壇上へ引き寄せ、見せ物の様に晒している。悪趣味だな。それでも男が使う魔法の先進具合に、この場にいる人々は取り憑かれたかのようにのめり込んでいる。

 と、建物の入り口が何やらざわつき始めた。その波は次第に近づいてきて、多目的ホールまで来ると原因がはっきりした。同一の服装に身を包んだ集団が群衆の解散を促している。警察だ。さっきの騒ぎが伝わったのかも。

 そんな状況でも特に動きを見せない男。炎に捕らえた人達を解放する素振りも無く、警察と激しく言い争う。同質の炎で教卓や自身を包むなどしているあたり、燃やす意志は無いという事を訴えているのか。捕らえられている人達は助けを求めるどころか、胡坐をかいて話したりと悠長に構えている。

 随分長い言い合いの末に男側が折れたのか、そんな彼等も遂に解放されて警察は男を確保した。


「なんか、ただ歴史を振り返ってるだけだな。何を喋ってんのかも分からないし」


「もし歴史と違うとこがあったって、あんまり細かいのは分かんないもんね。でもさ、気付けないと帰れないよね……?」


「ふっふっふ、もしかしたら俺達より前にここへ来た事がある人達の、屍なんかもあったりしてな」


 臆病な一面が発覚した先生をこれ以上ビビらせるのはやめて、連行される男の跡を追うことに。

 建物の外では人々が声を張り上げている。俺達が来た時には居なかった、反魔法学団体を名乗る集団のデモ活動が沿道で起きていて、道路を挟んだ反対側ではそれを上回る数のノアの信奉者が続々と駆け付けていた。信奉者がノア・カトラスを尊敬しているのは、彼等が持参した物品から見て取れる。

 『魔法は差別』――団体側の訴えにあるその言葉に、魔力を持つ天遣と持たない天遣の公平が崩れる事への危機感が滲んでいる気がする。昔の人々が懸念していたであろう事は今、1人の研究者によってようやく解決への糸口を見出だされたところだ。

 ソラリスが思い描く楽園、そこへ至る為に天遣の進化が不可欠なのだとしたら、ここで起こる黔魔革命は1つの進化であって、後の魔法を軸に変化していく社会的基盤とそこでの生活は犠牲なのかもしれない。

 魔力を持つ人と持たない人。どちらも同じ天遣である事は疑う余地も無い。魔力の存在が広く知れて魔法が普及すれば、双方を公平に扱おうと社会全体が取り組む。そうやって今日までこの世界は続いてきた。もし昔の人が、全ての天遣が魔力を持てる日を夢見て魔法の発展に――ノアに託したなら、俺は随分と無責任な世界を後世に残してくれたと思う。

 革命を牽引したノアとは逮捕されたこの男の事なのか。ノアは秘密主義だったと言われているが、確証を得られぬまま男の身柄は留置施設へ。雑居に馴染めないのか、最初から馴染むつもりが無いのか、同部屋の人と特に言葉を交わす事もなく大の字になり寝そべっている。

 ソノラを揶揄からかった手前弱音は吐きたくないけど、あまりにも差異が現れないと不安になってくるな。

 両頬を軽く叩いて気合いを入れる間にも、男を取り巻く状況は刻々と変化していく。入房からの男の太々しさは、房仲間の気を引くのに十分だったらしい。1人の巨漢が近づいてきて男に話しかける。男は話す意思が無いようで、巨漢に去れとジェスチャーを返した。

 これに即キレた巨漢。男の胸ぐらを掴むとそのまま持ち上げ、男を壁に押し付けて捲し立てている。俺が見た限りだとだいぶ唾も飛んでるな。それでも行動に出ないあたり、多分彼は不貞腐れてるんだ。

 息遣いが荒くなるまで怒鳴り散らかしても巨漢の気は収まらないようで、呼吸を整え再び話し始める。ここら辺は特に聞き取れないからといって障害になる事は無いはず。

 他の入居者は我関せずの態度で各々暇を持て余している。

洗面台の下に仕舞われていた小物がぶつかった音に不意をつかれ、取り込み中の2人以外の視線は反射的に、鉄格子に張り付く小物を捉えた。小物は、煙を上げて焼け焦げていく。

 彼等よりは引きで見てる俺達でさえ何が原因かを把握できなかった。この場にいた人達は混乱したことだろうな。

 小物だけに留まらず蛇口、シンク、窓やテーブル、そして終いには人までも引き寄せ始める。この異常事態にようやく巨漢が自身の危機を察した時には、房は地獄絵図と化していた。

 巨漢は引き寄せる力に耐えながら、それでも男に食って掛かる。さっきの続きをしているとは思えないから、この現象を起こしてるのが男だと睨んだのかも。

 男は言葉を発さない。自身を壁に貼り付けて安全を確保し、巨漢との一方的な我慢比べを展開する。男が手を動かすのに合わせて鉄格子の力が増しているのを、俺達からは確認できる。どうやら男は自分の魔力で生み出した元素以外にも干渉できるようだ。

 房の外では既に警察が集まり、鉄格子に水を掛けるなどして事態の収拾に努めている。そんな警察を嘲笑うかの様に、男は自身に掴まって必死に堪える巨漢の手を、指先からゆっくりと焼き始めた。

 手を離せばたちまち鉄格子の方へ引き寄せられてしまうが、そのままいても焼かれる八方塞がり。苦悶しながらも抵抗し続ける巨漢にいよいよ嫌気が差したのか、男が作り出したのは土の塊だった。激しくぶつけられ片手が離れたら最後、巨漢は支えを失って、灼熱した鉄格子へと吸い寄せられていく。

 巨漢の断末魔が恐ろしい程鮮明に聞こえてくる。


「――ガァァアァッ! ックォのぉおおォ! オォ……エ、えせまほゥヅカィガアァァァ!!」


 この世界に来て初めて聞き取ることができた過去の人の言葉は、死の間際の返報として出た憎悪だった。

 急な出来事に俺はソノラの様子を確認する。何事も無かったかの様に光景を観察していた彼女だったが、目の前での酷い仕打ちに気分を害してしまっていた。焼け爛れた人達の姿を前に衝撃を覚えない方が難しいだろう。

 その点男は冷酷無残ともとれる落ち着きを見せ、これがまた一層、場の混沌ぶりを際立てている。

 差異っぽいのが見つかって良かった。俺としては一刻も早く次に進みたいから、ソノラが平静を取り戻すのを待って共有してみよう。あの言葉だけが聞き取れた理由や男の事についても、掘り下げる価値はありそうだ。

 警察に手荒く移動させられる男を見送る。これ程のことをしたんだ、同署内の独房にでも移されるんだろう。

 ソノラとここまでの情報を整理すると、やっぱり巨漢の男の発言は俺にしか聞こえていなかった事が分かった。中々に重い内容となった3つ目の光景もここまで。展開される光景の年代が古い方から順になってるとしたら、終わりも近いのかも。

 ただこの本からはまだ、俺達を帰そうという気が感じられない。その証拠に次の光景はまた革命前だ。こんなにも短い間隔で、一体俺達に何を見せたいのだろうか。


「――この日付……もしかしてノアが処刑される日じゃない?!」






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