第19話
ソラリスの部屋の真上に位置する場所。一帯を照らす、複雑怪奇な文字列からなる複数の円と、その中の空間の映像に直感する。恐らくこれは樹枝管制魔法だ。
自動で効力を発揮するよう作られ、これまでに沢山の天遣を意のままに操ってきた魔法らしきものが目の前にある。ギブソンを信用していない訳じゃないんだ。ただ、自分が本当にこの魔法の影響下に居るのかを知りたい。
俺の思いを予期していたかの様に、ギブソンは手動で樹枝管制魔法を使い始める。それに伴い俺と共有する予備知識として、彼が今ィエラムに魔導法書を貸し出していること、とっくに読み終えた旨を聞いたこと、返してもらったら読み直そうとしていること、それを仄めかしたことを挙げた。
俺は直接的には関わってないけど、これらを知ったところで元々の未来がどうだったかが分からないからなんともな。これから本を返しに来るのかもしれないけど……まあ、とりあえず見てみるか。
懐疑的思考が強まりつつあった時、エントランスからインターホンへアクセスがあった。来たのは勿論ィエラム。
室内へと招かれた彼はワープホールを使い、本を10冊取り出して机に積み上げ、ギブソンへ返却した。急に思い付き再び忘れる前に行動に出たと言うィエラム。何かに突き動かされたかの様にやってきたのは、やはりあの魔法が作用したからなのか。
俺とギブソンが顔を見合わせた時、ふとィエラムの言葉が途切れた。ほんの1、2秒程して、眉間を押さえながら深呼吸をしている。
「――使ったのか……ふぅむ。最近、頻繁に老いを実感するようになった。追い討ちを掛ける真似は辞めてもらいたいな」
「ああ、心得ておく。――この魔法は存在を認知していれば今みたいに、過去の自分の言動との差異などから生まれる違和感で見破ることが可能だ。だからこそ魔法は、自身の存在が広まらないようにすることを最重要項目の1つに位置付けている」
それのせいなのか。どんなに大勢に話しても、宗教勧誘だの妄言家だのと罵られてしまったというのは。
「――ん、でもさ、俺に知られる事を回避しようとはしなかったんだよね。それも、ギブソンが既にあれを知ってたからなのか?」
「少なくとも俺は違和感を感じなかった。お前に認知されることを魔法が選んだのか、知ることは元より必然だったのか、或いは……といったところだな」
俺が偶然を引き当てる可能性に賭けたってこと? 俺としてはとても有り難いな。でも賭け事を魔法がするとは思えないし、結末を急くならイカサマをした方が早い。
確か転生する前に、俺次第でどうとでもなるとか言われたっけ。あいつは魔法を小規模って言ってたからな、最早信用しちゃいないけど。
俺にこの魔法が効かなかったんだろうか? さっきギブソンが話してくれた最重要項目とやらは1つだけで、魔法が効力を保つ為のもの。他にも伏せられてあるそうだけど、彼等は敢えてそこを調べずにいるらしい。
何故か。分かる気がする。俺は今、その秘匿された項目に、自分を効果から除外する様な記述があってほしいと、そう心に抱いている。
未完成でありながら1つの魔法として成立している、世界を統べるクソ魔法。とんでもないものに出会ってしまった。
気が滅入りそうになる。もっとこう、自分が訪れた先々で大小様々なトラブルが起きてて、それを解決していく内にできた仲間から惚れられて、最後には独特なやり方で戦争を終結! みたいになると思ってたんだけど……。ま、そんな思い通りにいったら、それこそ樹枝管制魔法のせいかもな。
憂いていても仕方ない。これまでと同じ様に生きて行くしか、現状出来る事は無いし。ソラリスがあの魔法を作った理由が本当に天遣の為なら、俺に効果があったとしても良い方向へと進んでいる、と信じよう。
口止めはされなかった、というより不要だからしなかったんだろう。伝えようとしたところで昨晩のサングリアの様にいなされるのがオチだ。それでもテスには一応、今晩話してみる。
俺は魔法に関する学があんまり無いから、彼等の様に裏方へ回り独自の魔法を編み出して、世界を変えようとするのは出来ない。だから今は表で流れに身を任せて生活し、少しずつ魔法の知識を得ていこうと思う。夢で出た真っ白な空間も、何とか有効活用していけそうだな。
天遣の特徴は寿命と魔力だけじゃなかった。一度勉強を始めるとすらすら頭に入ってきて、気が付けば朝から昼に、そして夜になっていたなんて事も珍しくなくなった。テスと食卓を共にする機会は3回を維持するよう心掛けたけど、偶に昼をすっとばしてしまう事も。温かい複製料理に混じって冷めた手作りがあると、とても申し訳ない気持ちになる。
回帰派から作戦参加への催促があるかと思っていた。俺達の予想以上に魔力深化を用いた作戦は順調な様で、時折その話題に盛り上がる酒場の活気が部屋まで届いてくる。正直うるさい。
そんな生活を続けて約1ヶ月が経った。新しく魔法関連の書物を借りる為にィエラム達の隠れ家を1人で訪問しているけど、1日を丸々読書に回せる事もあって次々と本を消費していき、ィエラムの所有する事典、大全は粗方読み終えてしまった。
残りを借り、その足でギブソンにも頼みに行く。まさか自分がこんなに読書や勉強に対して熱中出来たなんて、まるで自分じゃないみたいだ。ああそうか、転生したんだっけ。そりゃ全く違う所があってもおかしくないか。
法律関連の本は後回しにして、魔法構築文字や魔力の諸々を書き記してあるものから優先する。今法律を1から学んでも役には立たなそうだから。
ピンポンピンポンピンポーン――
一頻り選び終えたところでインターホンが忙しなく鳴り、かと思えば最初から返答を聞くつもりが無かったのではというくらいの速さで、女性が入室してくる。一際大きい極彩色の本を手に、やたらと興奮している様子。
「――先生、良い報告を持って来ましたよ! 何だと思います?」
「俺の求めていた物を手に入れたんだな。よくやってくれた。そこに置いてくれ」
「はい!」
首からロケットペンダントを下げた、溌剌とした人という第一印象だ。掃討派領をあちこち探し回った報酬に茶や菓子を求めているあたり、俺より庶民的な感覚を持っている。俺ならほぼ確実に札束を要求してる自信がある。
彼女が菓子を頬張ったところで目が合った。それまで俺が居る事に気付いていなかったらしい。問題ない。影が薄いというよりは自分から気配を殺してたのさ。
ソノラに誘われるがまま向かいに座って、報酬の菓子を分けてもらいティータイム。以前ギブソンが話していた俺に似た人物とは、彼女の事だった。
この一風変わった書物を探し出しここまで運ぶのは、自身の魔法無くしては成し得なかったと豪語する彼女。書物があった場所はとある山頂都市で、ポルダンからは実に50000キロメートルも離れている。
加えてこの本は過去に一度も、淘汰の期間でさえ外部に流出した事が無いもので、彼女も見つけるまでは都市伝説だと思っていたそう。
「――噂ではね、この本……なんとなんと、過去に行けちゃうんだとか!」
「ほぇーうさんくさ」
でも現在の魔法学で既に空間を跨いだり人をコントロールしたり出来ている上、時を止める魔法も存在したな。時間を超える魔法があっても驚かない。
もし過去に戻れるなら、か。俺は特にやりたい事が無いな。あ、でもこの1ヶ月の過ごし方は反省点が目立ったかも。せっかくテスが手料理を振る舞ってくれるんだ、これからは作り立てを必ず2人で食べれる様に……わざわざ過去に戻る必要も無いや。
ソノラは仄めかすだけで教えてはくれなかった。俺も実質言ってない様なもんだし、これ以上前のめりになると肩透かしを食らった時のダメージが大きくなるから。
「その心配は必要無くなったぞ」
「「……えっ?」」
* * *
回帰派の拠点にも久しぶりに纏まった雨が降り続く。この雨と湿度は、荒涼とした同僚達によって引き寄せられてるのかもしれない。
そんな辛気臭さを押し退けて、1階は美味そうな匂いが充満していた。1日の始まりは必ずテスの料理から。それが俺のルーティン。
シェフによると今朝の料理は、気まぐれ愛妻前菜に俺が大好きなグラッドルスープとワームチャーハンのセット、ト・マの活け作りだ。ト・マってのは海岸に打ち上がる不思議な巨大魚の事で、取っても取っても毎日の様に打ち上がり、市場では部位ごとに高値で取引される、漁要らずで美味い魚らしい。
何故ゲテモノ扱いされるのかといえば理由はただ1つ。どんな状態でも腐り果てるまで動く筋肉からきている。
朝から高級魚を刺身でとは。初めてだな。
「何か良い事でもあったのか?」
「ええ、そうね。貴方と会う前から悩んでたストレスの要因が無くなりそう、とだけ言っておくわ」
し、知りたい。けど詮索するべきじゃないのは分かってる。このもどかしさは食欲を満たして紛らわす事にしよう。実を言うと海鮮は大好きなんだ。
「――貴方の方こそ、何かあったんじゃないの?」
「――んー、あれか、知り合いが増えたってのは伝えたよな。あー生憎隠し事は苦手なもんで」
彼女と出会ったその日の晩に、あれやこれやとテスに話した。都市伝説は有名で、テスも極彩色の本に凄く興味を持っている様子だった。
しかし対照的にソノラの話題には一切踏み入ってこず、翌日の朝食が全て複製料理だった所にも、テスの心情が透けて見えた。
俺としては今日、本に仕掛けられた魔法を試す場にテスも連れて行きたかったけど、ギブソン曰く魔法の定員が2人とのことで、テスとの過去旅行はまた今度にお預けとなった。
俺に何かあったかなんて聞かれても……ああ、そういえば少し前まで勉強の時間を削って、テスと2人毎日出歩いていたな。今は辞めた。別にテスと仲が悪くなったとか、そういう事じゃないけど、もしかしたらその疲れを隠し切れてなかったのかも。
俺達には、信じる事しか出来なくなったんだ。この拠点ではない何処かで、彼女達が今も家族水入らずの時間を過ごしていると。
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