第18話

「か、彼女は……」


 ワープ地点と同じ石造りでありながら、こちらは遺跡を思わせる荒廃ぶり。部屋を支えるかの様に床や天井へ、中央にある1本の水晶から柱が伸びている。そして水晶の中には、1人の女性の姿。


「――私達の活動の原点、ソラリスだ。言い伝えによれば、彼女はこの星の原初を知り、天遣の運命を悟る者。悠久の眠りについて尚、運命に抗うことを彼女は選んだ、とされていれる」


 この星の原始って、一体何年前から生きてる人なんだ。本当にそうだとしたらこの水晶や入り口の魔法陣は? 魔法ってそんな昔から存在したのか? おじ様達の活動って何だろうか。

 疑問を追求する場は作業部屋で設けられた。適当に腰掛けてくれと言われて最も気を使う部屋での、ィエラムとの初対話。座る為の椅子を置くのに位置調整が必要となるなんてな。


「――気を使っているのだとしたらその必要は無い。そこに散らかっている紙は全て不要なものなのだ」


「はぁ、次の客人が訪ねてくる前に片付けておく事を勧めるよ」


「それも不要だ。お前もいずれ同じように考える時がくる」


 どうだかな。作業部屋を散らかしてても気にならなくなるって事なら、それはあり得ないと思う。あの夢で出てきた書斎みたいに一通り片付いてた方が移動、作業共にし易いだろう。それとも歳をとったら変わるもんなのかな。嫌いだった食べ物が食べられるようになるみたいに。

 ィエラムは物心ついた頃からずっとこうだったらしいけど、誰しも年齢を積み重ねれば細かい事は気にならなくなるそう。ま、俺達は話しに来た訳だからな。本や紙に囲まれてるくらいが丁度いい。俺はこの戦争を終わらせられる可能性について話したかったんだ。

 俺の理念にソラリスと通じる所があるなんてな。てことはここで活動してる人は、世界平和でも目指してるのか?


「――強ち間違いではない。私が思うに、ソラリスが追い求めたのは天遣の進化だ。繰り返される淘汰に終止符を打ちたかったのではないかとな」


「……あの時屋根の上で遭遇した彼は、彼女の意志を引き継いで貴方がやっていることと何か関係が?」


 ィエラムと初めて遭遇した際に彼が引き渡すよう要求してきた男。あの男に表れていた異常こそ、ィエラムがこれまで取り組んできた研究だった。

 それは淘汰に直面した人々を一時的にコントロールし、より多くの人の生存を狙うというもの。もしこれが実現すれば、殴り合い噛み付き合いの戦闘を極力減らして、淘汰後の文明の発展、進化に遅れが生じるのを防げるかも。

 今はポルダンの一部で一般の人達に実証実験をしているそうだ。俺達がィエラムを誘い出そうとして関わった奴等がそれに当たる。俺がサンドイッチをあげようとして襲われた事もィエラムは把握していた。まったく。

 一見すると順調に進んでいるこの取り組みの、障害として立ちはだかっていると言うのが狂戦士だ。元々一般の人よりも高めの魔法耐性を持ってはいるけど、この魔法を使う目的からしても効力を100パーセントに近付けたいよな。

 魔法で相手の耐性を下げればいいんじゃないかとも思った。でも狂戦士の魔法耐性は装具を介し魔力を放出する事で得ている訳じゃない。その人が元来保有している魔力との間に起こる自然現象らしい。つまり、別々の魔力がぶつかったら少なからず抵抗が起こるって事だよな。

 そっちへの対処は後回しにして、この魔法の基本的な性能を固めてしまおうとしてるのか。魔法学を捨てた俺には図式を見てもさっぱりだ。こういう所はテスに丸投げしよう。


「――もし興味を惹かれる書物が無いなら、他の部屋を除いてくるといい。彼等も私とは違った手法で取り組んでいる」


 ィエラムの提案を受け、ちらっとテスを見る。


「――魔法を学ぶのは今からでも遅くないわ。そこの棚にある事典や大全を全て読んだら、この魔法を理解出来るかもね」


 彼女の視線を追うと、古びた木棚に鈍器の様な本の数々。いや手に取らなくても分かる、俺には鈍器にしか見えない。

 お勉強はまたの機会にして、2人には集中して頂こう。何かあればいつでも駆けつけられるよう、手首に互いの状況を色で測れる優れ魔法をかけておこうか。

 さて、他の部屋とは言っても数える程しかないし、まずは隣りに行こうか。

 この扉がエントランスから浮いている理由は、置物と勘違いする程凝られた細工にある。1つの芸術品として彫刻がなされた木製の両扉をノックしようと手を伸ばした。


「止まれ。これの価値が分からないなら、引き返して扉の錆び取りでもしていろ」


 完全な魔法世界だという感覚が何処かにあるのか、扉脇にあるインターホンに気付けず、それの違和感を禁じ得ない。インターホンからは警告のみ流れた。

 錆び取り? げっ、俺の手錆びが付いてるじゃないか。確かにィエラムの扉は少し錆びた鉄扉だけど、こんなにべったり付いてくるとは。


「……仕方ないなぁ」


 確かに荘厳な面構えで芸術的な扉だけど、まさか扉にそんな価値が生まれてるなんて思わないし、それを知ったからといって価値を理解出来る訳でもないんだ。出入りに差し支える扉って、無い方がいいんじゃないかな。

 入ってない所はここを含めてあと4つ。金の魔法陣が目を引く部屋に、毒々しい色と造形をした扉が存在感を放つ部屋と、同形異色のものがもう1つ。

 金の魔法陣の前で話しかけてみよう。他2つはロックされている。


「すいませーん、初めてここに来たんで挨拶をと思ったんですが。……すいませーん――」


「そこには誰も居ないぞ。本当にしてるのではと思い来てみたが、無用だったか」


「そうでもないよ。誰もいないとなったら錆び取りしかする事無かったから」


 扉の淵やドアノブにまで拘りが詰まった両扉は彼、ギブソンが手彫りで作り上げたものだった。端から端まで魔法を使わずに仕上げたとは。すぐ便利な物に走ってしまう俺には無理だな。

 ギブソンは生活に魔法を取り入れるのを意識的に避けているようで、黔魔革命から急速に発達した魔法を『限りなく先進的且つ一過性の、文字通り魔法だ』と言い敬遠している。

 そんな彼の取り組みは、ソラリスが休眠前に発動したとされている樹枝管制魔法を完成させること。木の枝を管理する魔法か? 淘汰戦争の傍らで緑化活動に勤しんでいたなんてな。

 この星が緑化して大地が潤ったら、戦争に巻き添えて自然が破壊される事も無くなるってのは、やっぱり別な世界線の話みたい。ギブソンは魔法名にある樹枝を、自分達の身の回りにある無限大の蓋然性について比喩したものだと捉えていた。そしてこの魔法は思いのままにその蓋然を、必然へと導くものだと。

 そんな事が……可能なのか。これまで俺は自分の考えでテスを助け、半ば強制とはいえ選別派に身を置き、戦う術を学んで、回帰派に来てからはそれを活かし困難に打ち勝ってきたんだ。そんな魔法が存在していたなんて、信じたくない。


「この魔法が干渉するのは人の思考や決断と言った、枝の成長過程にではない。その枝がどの位置に、どんな形状で、幾つの木々とどれ程重なり合うのかを決める事ができる」


「んーつまり結末をってこと? 馬鹿げた遺物だよ」


「俺も最初は同じ気持ちだった。俺の死に方を決められるのは俺だけだと、彼女の存在を邪険にした時期さえあったが、ある出会いをきっかけに考えが変わったんだ。彼女はきっと、日当たりの良い場所にお前のような者を導いているのだ、とな」


 『自らの名をそのように名乗ったのも全て、この魔法がもたらす影響への自負があるからだろう』なんて、すぐには理解出来そうもない想像を語られてもなぁ。その魔法が無ければ今頃戦争は終わってた可能性だってあるんじゃないか。

 第一俺みたいな人ってどんな人の事だよ。ギブソンがその考えを持つ結末になる様に、魔法が働いたのかもな。

 散々当たり散らしてしまったけど、転生前あの男に伝えた事が果たされてないから余計にイライラするんだよ。筋書きがあったらつまらないからって、ちゃんと言った筈なんだけど。

 まあ今更どうする事も出来ないし、もしまた転生する機会があったら文句の1つでも言ってやろう。自分のこの思考すら、既に決定した未来へ向かっているかもしれないと思うと憂鬱だけどね。

 俺と違ってギブソンは大人だ。不満を垂れ流した事を薄々後悔し始めている俺と、そうならないよう自分を制する事が出来る彼。この一件が必然だったのかどうかは、神様しか分からないだろう。

 お前のような者――俺と似た人が1人、ここで活動しているらしい。ィエラムに誘われてここを訪れ、ソラリスの信念に触れた、元回帰派だという女性だ。

 ここで活動してれば、確かに派閥なんてどうでもよくなるかもな。仮にィエラムの言った通りソラリスの目的が種としての進化なら、その事を広めて淘汰に伴う一切の戦争を中断させられるんじゃないか。結局今争った所で、進化が何をもたらすか分からない。ソラリスが淘汰を無くしたかったのだとすると、その進化によって戦争の理由が無くなる可能性もある。


「残念だが、それは無理だ。――かつて、掃討派領の都市で彫刻家をしていた頃、演説する機会を貰い、そこで彼女の理念や俺達の取り組み、戦争の無益さを人々に説いたことがある。調和を主題として活動し、それが評価され設けられた場で行った演説は……誰の心にも届かなかった」


 湯気の立たない飲み物をひと吹きしてから飲み、ギブソンは間を開ける。

 一度試して、相手にされなかった事は分かった。でもそれは俺を止める理由にはならない。

 人肌程の温度の飲み物を、俺も頂く。


「――隣りの部屋に見せたいものがある。来るといい」






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