第17話
童貞には充分刺激的な夜だったな。ただあの先を望むなら、未熟な俺が一人前になってからだ。欲に流されるのはカッコ悪い気がする。
今日の朝食にテスは初めて、ゲテモノ以外を一品手作りしてくれた。やっぱり手作りって、出来立てって素晴らしいよ。もちろん魔法で出す料理も出来立てだけど、作り立ての特別感が魔法の方だと損なわれてるから。
俺は食事に関してテスに常々疑問を抱いてきた。何故必ず一品ゲテモノを出すのか、ゲテモノを取り扱える料理の腕、魔法で出される料理の数々、俺がゲテモノを食べる時だけこっちに向けられる視線、ゲテモノを手作りして他を作らない理由などなど、上げれば殆どゲテモノに関する事だけど、そんな俺の疑問の幾つかを解決してくれるかもしれない、緑のスープ。
そしてこの特別感は、気のせいなんかじゃない。当然まずはスープから。何を素材にしてるのかは分からないけど、香りと共に仄かな甘さが立ち上ってくる。テスに見つめられながら、一口。
…………。これ、ゲテモノより澄ました顔しといてゲテモノ以上に独創的だ。苦味をメインにした料理とはまた、思い切った事をしたなぁ。
その苦味を残したまま今朝のメイン料理を食べる。
…………!!! こ、これ。これが噂に名高いマリアージュというものか! 単品で食べれば薬膳料理の様なスープも、食べ合わせ次第で劇的にその価値を跳ね上げる。
おっと、思わず余韻に浸ってた。まさか1日の始めにこんな感動が待ってるとは。
「喜んでもらえて良かったわ。貴方もこういうの好きそうだったから作ってみたの」
好みが分かれそうな素材ばかりを使っているから、今までこういった料理を振る舞う機会が無かったのかも。俺は食えるぞ。単品でもワームチャーハン美味いからな。
最近自分でも精力が付いてきたなーと思う時があるけど、間違いなくテスの料理が一役買ってくれてる。後世に語り継がれるくらい有名になるっていう目標は、このままいけばテスと一緒に簡単に達成出来るかも。
昨夜の肌寒さを引き継いで、今日は生憎の大雨。そんな中でも新たな力を身に付けようと、積極的に仲間達は御殿へ。俺達も貴重な情報を持っているストロと話す為に、人の流れを追う。
人々は地下で特訓を受けているらしい。丁度いい、道中にダイキリ達の部屋があるし、会っていこう。
休憩中なのか見張りがいない。まあどっちにしても入れてはもらえるはずだけど。
コンコンコン…………
返事は無い。ノックも聞こえない程防音性能の高い扉だったのかな。互いを知らない訳じゃないし、入ってもいいか。
「入るぞーって、あれ? 誰も居ないのか」
あれから場所を移してもらったのかもな。幾ら彼女達の仲がいいとはいっても、仕切りも無い娯楽も無いでは滅入ってしまうだろうし。
居場所が分からないからな、ダイキリ達との面会はまた今度にしよう。さて、ストロを探そうか。
特訓場所までだいぶ道のりがある。魔法でこんな大邸宅が立ち所に作れたら、テスと2人で夜逃げもアリかも。いや、家さえ作れれば何処でも住めるんだ。魔法で服も補えるし、ご飯も魔法で出せる。働かずして衣食住が充実する世界とか最高じゃないか。もっと早く気付いてたら、また違った生き方をしてたのかな。
「『働く』……懐かしいわね。以前は皆んな働いてた。魔法が発展してからは、自分の好きな事を仕事に生活する人も増えたけどね」
「テスもそれまでは違う事をしてたのか?」
「ええ、お金が無いと生きてはいけなかったから。今もそういう人は居るわ」
黔魔革命を経て、この世界が少しずつ魔法中心へ変わっていこうとしている中、魔力を持たない人の生活が害される事はあってはならない。もしそうなったらテスの言う通り、魔法は究極の差別になってしまう。
産まれた瞬間に優劣が決まっている人生なんて真っ平ごめんだ。あのイカれ野郎は、そんな不平等を解決出来るかもしれない技術を研究していた訳だ。この戦争が終わったら、全ての天遣が魔法を使える世の中になるんだろうな。
既に魔力を持っている人々から見ても、この技術の魅力は看過出来ないらしい。時間制限はあっても、自分の魔力量を2倍に跳ね上げてくれる方法なら、やりたくもなるか。
いち早く身に付けようと昨夜から寝る間を惜しんで鍛錬していたのか、大勢が習得に勤しむ傍らで熟睡する人もいる。しかし、ストロはどうやらここにいないようだ。
人が周りに集中していて彼の魔力を感知する事が出来ない。まだ拠点に居る筈だから、ここらで話を聞いてみよう。
皆んなやけに苦戦してるな。魔力を練り上げる事すら叶わなず、爆発が目立っている。俺がこの力を使えていたのは、もう無我夢中で書類と向き合ったからとしか言いようがない。コツなんか無い。手から出しているその魔力の質を、自分の魔力の源流に近づけていけば器は出来るはず。
ああ、俺のやり方とは少し違うんだな。ストロがあの書類を読み解いたからかもしれない。とするとここで俺に出来る事は無い。縋られても教えられないし、そもそも教えるつもりでここに来てないんだ。
「――それで、ストロはここに来ないのか?」
「どうでしょうね。昨日も私達の前で実演して見せたら、後は参謀と一緒に出てっちゃいましたもん」
ネグロンは普段、御殿で活動していると本人からも聞いた。彼の参謀室ならここより圧倒的に静かで、書類を解読するにはもってこいの場所だろう。
最後にダイキリ達の所在を聞いてみたけど、そもそも彼女は俺が敵の基地から人々を避難させていた事自体知らなかったようだ。直接御殿に飛んできたからな。全く気付かないのも無理はない。他にも何人かに聞いたものの、有益な情報は得られなかった。
俺がここへ連れてきた手前、血の気が多い奴等の厄介ごとに巻き込まれないよう、他の誰よりも彼等の安全に気を配らないといけない。
既に少し罪悪感を抱きながら、ムービングウォークを更に歩いて参謀室へ。
室前には見張りが2人、室内にも1人常に付いているらしい。俺は1度しかネグロンと話してないが、彼が回帰派の中でも有数の頭脳派である印象を受けた。そんな彼には何処に居ても暗殺の危険が伴うのだろう。
見張りにネグロンへの用件で来たと伝える。そして扉がノックされると間髪入れず、部屋から出てきたのはストロだった。
「――おーう任せとけって。ん? お前らか! ほんっとお手柄だったなぁ」
「とんでもない賭けだったけど、失敗してたらと思うと反省が尽きないよ」
「勝ったんだからそれでいいだろ。それよりもだ、お前らに見せたいもんがあるんだよ」
そう言うとストロは俺達の前で魔力深化を使って見せた。地下で練習している人達のそれとは明らかに異なり、練度、手軽さ共に洗練されていた。
「――ははっ、やっぱすげーわこれ。傀儡兵なんざ作るまでもねぇ! 悪りぃなお前ら、俺これから他の奴らにこれを教えてやらないといけねぇからさ」
「ああ待った、ィエラムと会う方法を知ってるんだろ。教えてくれ」
「そりゃあれだ、ポルダンで魔力を放てばおっさんが迎えにきてくれるだろ」
盲点だった。敵の領地に踏み込んで調査するからには、息を殺して余計な接触を避けるべきだと思い、魔力を遮断していた。
「それと、地下で一昨日から保護している人達の姿が見えないんだけど、何か知らないか?」
「確かお前が連れて来たんだろ。そんなんじゃいつの日か嫁まで亡くすぜ。そんじゃなー」
いやーキッツいなぁ。よく平然とあんなブラックジョークみたいな事言えるよ。
魔力深化も出来上がってたし近いうちに、今度は回帰派から攻め込む事になるだろうな。とりあえずィエラムに会う方法も分かったし、早速試しに行こう。おっと、その前に――
―――――――――――――
迎えに来てくれるとストロは言ったけど、敵の前で居場所をバラすのはとてもリスキーだ。こっちは2人だし、選別派のリーダーは意外と容赦ないからな。
ここに来る前、一応と思ってグロッグ達の所へ行った。相変わらずグロッグは暴言祭りだったが、側近にもダイキリ達の事を聞いておきたかったから。で、聞いたところ側近は彼女達をあの部屋で匿うよう指示して以来だそう。得られたのはそれだけ。暴言の量と収穫が見合わないんだよなぁ。
魔法がなきゃ全員でこっそり抜け出すなんて不可能に近い。となると誰かが連れ出した事になるのか。見張りもいなかったし。
なんて考えごとしてたら危うく淘汰の群れに突っ込むとこだった。こりゃテスにまた1つ、ゲテモノを作る口実を与えちゃったな。
わざわざポルダンの中心まで行かなくても迎えに来てくれるんだろうか。周囲に人影が無い場所を選んで合図を送ってみよう。
意を決し、空に向けて軽く一発。と、すぐさま四方から哮り立つ声が上がる。
おいおい、迎えに来てくれるんじゃなかったのか――そう思ったのも束の間。足下が発光した時には俺達はワープホールに沈み始めていた。
ワープホール内の浮遊感をいつもより長く体感して、全面石造りの部屋にストンと着地する。
石の冷感が手厚く俺達を出迎える。その部屋で待っていたのは、あのおじ様だった。
「来てくれたのか。積もる話もあるだろう。さあ、此方へ」
通されたのはすぐ隣りの一室。そこは足の踏み場に困る程の、何かに関する資料や研究書類で溢れていた。そこにポツンと、作業用机と椅子が対で1つ。辛うじて扉を開け閉め出来る様な状態だった。
この乱雑ぶりはまるでごみ屋敷だ。魔法で整頓する事も出来るだろうに、よっぽど熱心なんだな。
俺達は来るのが初めてだから作業部屋脇の個室にワープしたそうだけど、作業部屋を跨いだらエントランスになってるんだな。どうやら他にもここで活動している人が居るらしく、円形に個性的な扉が囲んでいる。
その中の1つ、銀の魔法陣の前へ案内される。
「ソラリス、私だ。客人を紹介したい」
返答こそ聞こえなかったけど、魔方陣の消滅がその答えになっている。
入り口は薄暗い、地下への階段か。何だか懐かしさを覚えるな。
階段の横幅、段差、勾配、明かり、空気感。全てとはいかずともそれぞれが少なからず記憶を掠める。それ程にこの階段が選別派の拠点の入り口と似ていたのかもしれない。
そんな既視感が安心させてくれたのは嵐の前の静けさだったんだと、この部屋の主人に対面して痛感した。
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