第15話

「この拠点にいると何だか、戦争との距離感が狂うよな」


「リーダーさえ無事なら命が保障されている様なものだから、そう感じるんでしょうね」


 そのリーダーも黒々とした魔力の持ち主だ。昨日は魔法の使用が響いた様に見えるけど、本来なら結界が解ける事は無いんだろう。老後に暮らす環境としてはこういう様な所もありかな。住民同士の喧嘩がやたら目につく事以外は。

 さて、老後の事はまた後にしよう。テスと話したいのは、ポルダンに居るっていうィエラムと会うべきか、そもそも彼が何者なのかについてだ。

 テス曰く、ィエラムは回帰派が使っているワープを作り出した張本人とのこと。ただ顔を知る人は回帰派でもほんの一握りで、胡散臭さから実はスパイなのではと疑う者もいるほどだとか。

 テス自身はィエラムの名前や実績くらいしか知らず、顔までは見た事が無かった。だから初めての対面にも関わらず魔法で挨拶してたって訳だな。

 ワープホールを見た時点で、テスも相手が回帰派なのではと思ったそう。その時には既に自身が放った麻痺魔法が頭上から返却されてきていて、どうにも出来なかったと。

 会う機会があれば直接の謝罪に加え聞きたい事もあると言うので、その機会は今日、こちらから会いに行くのはどうかと提案する。

 具体的な潜伏場所も分からない相手と会う為に、敵の領地へ赴こうっていうんだ。彼女が慎重になるのも無理はない。でも、聞いた限りじゃ回帰派側のスパイに近い人みたいだし、潜伏場所を雑兵が知っているとは思えないな。

 グロッグの側近辺りなら何か知ってるかもしれない。思い立ってしまったからには聞きにいってこよう。

 そういえば、ストロと初めて刑務所で会った時、ポルダンから来たとか言ってたっけ。その時はすぐ前にも話してきたみたいな語り口調だったし、あいつに聞きに……は行けそうにないかな。むこうもむこうで取り込み中だろうし、高確率でまた戦闘に巻き込まれるよな。

 あのリーダーと会うのは1日1度が限度というテスを家に残して、再び御殿へ。

 彼女の気持ちはよーく分かる。俺だって出来るだけ会うのは避けたいと思うから。

 側近を手招きで呼び出して事情を説明する。


「実は、ィエラムに会いたいんだけど居場所が分からなくて。リーダーの側近ならと思って来てみたんだけど」


「――革命を齎したと言っても過言では無い方ですが、それ故に派閥を問わず有名人で、基本的に人前には姿を現さないんですよ。因みに私もィエラムさんとは会った事がありません」


 派閥を問わず有名人――この事を知らずにポルダンという地名を漏らしたのだろうか。絶対に居所がバレない自信でもあるのかもしれないけど、攻撃的な魔力でしか使えないワープ魔法を作り、それを広めた事で掃討派や選別派から目の敵にされているんじゃ……。

 基本的に表に出て来ないって事は、あの時は偶然だったんだな。会えたらあそこで何をしてたかも聞いてみたい。全くの別人でなければだけど。

 次に話を聞こうと尋ねたのはサングリアの所。

 勝手にやってくれと言われた側から頼るのも気が引けた。案の定彼も俺を見るなり煙たがる。

 酒を飲まなきゃやってられないという彼に合わせ場所を酒場へ移した。大ジョッキが一気に流し込まれていく様を見守りながら、酒のつまみを酒無しでつまむ。

 サングリアの調子がジョッキ3杯で上がってきて、彼の方から用件を聞かれたので本題へ。

 俺の知る限りストロと最も長い付き合いにある彼なら、ストロのポルダンでの動向をとまではいかずとも、何かしら知っていそうだと思った。

 しかしサングリアはあくまで養父。人間でいえば成人も間近くらいのストロの行動を逐一把握しているはずもなく、これといった情報は出てこない。

 ィエラムについても、既出の情報以外は知らないようだ。ただサングリアは顔を見た事があるらしく、その特徴はやはりあのおじ様に似ている。

 ィエラムという人名と容姿が合致してきたものの、具体的な居場所についてはサングリアも分からずか。まあ仕方ないな。やっぱり行ってみるしかない。

 という訳で、ただいま絶賛隠密中。


小声)――

「――そりゃ仲間内に聞いて回る手もあったけどさ、スパイとか引っ掛けたら面倒だし」


「いいわ。ただこれだけは頭に入れておいて。彼は敵地に潜まないといけない理由がある程の人物なの」――


 選別派にいた時と比べると、お互い隠密魔法の練度が劣ってきている。姿は消せるし魔力も遮断出来るけど、発する音等はほぼ垂れ流し。淘汰中の人達には近づかない様にしないと。おまけにちらほら敵さんの姿も見える。巡回兵かな。出来れば騒ぎは起こしたくない。

 それからというもの、空き家の中や旧地下駅等、怪しい所を重点的に調べてみたけどィエラムは見つからず。気付けば昼下がり。

 回りきれない程広いなんて事は無いけど、それでも場所に見当すらつかない隠れ家を探し回るのは一苦労だ。

 テス作のサンドイッチを食べながら辺りを見渡す。さっきまでは設備にばかり目がいっていて注意深く見る気も無かったけど、未だに淘汰は盛んな様だ。外を彷徨く人々の数と彼等の交戦の頻度がそれを物語っている。


「――貴方も気が付いた様ね」


「……何が?」


 顔を見合わせると、彼女の食べかけのサンドイッチをねじ込まれ、その意味も考える事になった。


「――淘汰中の人達に温度差が見られるわ。少し前に屋根の上で接触した時も、中途半端な状態の人を回収しに来たはず」


 淘汰の場へ否応無しに繰り出していく人達が居れば、傍観者だと言わんばかりに一歩引いた所でやり過ごそうとする人もちらほら。普通ではないという後者の存在を辿れば、ィエラムへ一歩近づくかもしれない。

 口周りに付いたソースまで舐め取りたくなるサンドイッチだった。作った本人へ感謝が伝わるよう指先に付いたソースも丁寧に、な。

 食休みを省いて俺達は探索を再開した。頭の中では少しずつ、ストロの元へ向かうという選択肢も膨らんできている。

 命辛々逃げ延びた人も、競争の影で傷を癒やし場所を変え相手を選ばず、俺達の行く先々で淘汰を繰り広げている。そんな人達を路地の暗がりや屋上、看板裏などに身を隠しニヤニヤと眺めている彼等は一体……。

 そっちに気を取られていたせいで前を行くテスが立ち止まったのに気付かず、うっかり反対側の屋上へ飛び移ってしまった。幸いにもテスを立ち止まらせた対象はこちらの屋上ではなく建物の隙間にいたようで、1人の男が微動だにせず地面に蹲っている。

 行くかどうか、それくらいなら視線を交わすだけでテスと意思疎通出来る。ジェスチャーや言葉の方が確実だと分かってはいるけど、この、一体感に浸ってしまうんだよなぁ。

 さて、建物を降る過程で彼に俺達の足音が届いてるはずだ。


「こ、こんにちわー。昼飯何食った? え、人肉?! そりゃイカしてるねー」


 仮に足音が聞こえてなかったとしても、俺の華麗な話術は無視出来ないだろ。もし聞こえているならきっと反応を返してくれる。

 ……と思っていたのにずっと無反応だし、なんなら腹の虫で返事してくるし。生きてはいるけど聞こえてはいないのか。

 俺ではダメだ。テスに変わろう。目配せでバトンタッチし、彼女もまずは一声挨拶を掛ける。

 その発声に脊髄反射を見せた男が、鳩尾を圧迫してくる様な眼差しをこっちへ向ける。しかしそれもすぐに生気を失っていった。多分女性の声に反応しただけなんだな。

 続いてテスはサンドイッチが入ったバスケットから1つそれを取り出し、俺に手渡してきた。ああ分かってるとも。こいつにあげればいいんだろ。

 魔法で横着出来るならしたいとこなんだけど、仕方ない。いざとなったらあらゆるスポーツ観戦で培った経験を引き出し、見真似武術をお見舞いしてやる。

 サンドイッチを半分にちぎって、気持ち小さい方を差し出す。丸々あげるのも良いだろうな。ただ今回は、一緒に食事をする事も効果的じゃないかと思った。大きい方をあげなかったのは単に俺の欲だ。

 この男の背からひしひしと孤独が漂ってくる。これが淘汰での敗北から来るものなのかは知る由もない。


「ほら、極上のサンドイッチだ。食うか?」


 時間差でその芳醇さが嗅覚を通じ伝わったのだろう。漸く身体をこちらに向けた男は、サンドイッチを凝視し生唾を飲み込む。

 弱々しく伸ばした手でそれを掴み取り、すかさず口元へ運んだ男だったが、その一口目は齧られる前に止まった。

 すっごい俺の方を見てくる。いや、俺が持ってるサンドイッチをか。なんだ、俺が先に食うのを待ってるのか? ま、実をいうと2つに分けたのは、彼の警戒心を解く為でもあったんだ。どれどれ……。

 お先に一口。自分の分を口元へ近づけた――その瞬間。男は持ったサンドイッチを荒く投げ捨て、まるで野獣が如く俺に飛び掛かってきた。目当ては何故か、俺のサンドイッチ。


「――お前には、そっち、あげたろっ!」


 金的に左フック、ヨロけた所を押し返して難を逃れたが、少々やり過ぎてしまった気がしなくもない。何よりサンドイッチが、1つお釈迦になってしまった。他人の唾液が一定量掛かった可能性のある食べ物は、食糧難でもない限り食べるという選択を取らない様にしてる。嫌悪感が凄いから。

 にしてもこいつ、大きさが気に食わなかったとでも言うのか? 恨めしそうにこっちを睨みながら、さっき放った自分のを拾って食ってる。ほんの少しの差なのに。

 でもひとまず反応を見る事は出来た。全くィエラムとの接触に近づいた気はしないけど、こうしてそこらの奴等と戯れてれば向こうから姿を見せるかもしれない。

 言葉こそ発さないものの初めに会った男といい、彼等からは淘汰中の人達よりも自我を感じ取れた。そして皆んなとても欲に忠実。おかげでサンドイッチは俺が食べなかった分を除いて綺麗に無くなった。

 きっと何処かでィエラムが俺達の行いを見ていただろう。そう信じて、何故か待ち遠しいゲテ物料理の話を聞きながら帰還した。







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