第14話
ん、あれ? 何処だここ。夢にしてはやけにリアル、というか感覚さえある。自分の意思で動ける。
全方位真っ白とか転生前の世界を思い出すけど、もしかして俺また死んだのか? 確か家に帰ってからはシャワーに直行して、飯も食わずベッドに倒れ込んだんだっけ。まさかその衝撃で、なんていわないでくれよ。
見たところ正面にある枯れ木と根元の書斎以外は何も無さそうだ。直近まで誰かが使ってたのか、随分と乱雑に置かれた紙なんかもあるけど、どれも内容が分からない様に封がしてある。ま、見たせいで厄介ごとに巻き込まれたら嫌だし、そもそも人のやつなんか覗くべきじゃない。
さっきまでクッタクタだったのにここに来てから眠気や疲れを一切感じなくなった。誰かが秘密の書斎としてここを作り上げ、夜な夜な熱心に何かを書いてるんだろうな。にしても何で俺がこんなとこにいるんだ。
手掛かりを得ようと辺りを探るものの、封には手の施しようが無いし枯れ木はただの枯れ木。周りに何かが落ちていたりもしなければ、見えない壁があってこれ以上のスペースは無い。
やれる事が何も無い。疲れを感じないとはいえ気分はそのままだ。横になろうかな。
自分の手を枕代わりに無造作に寝転がる。そして次に目が覚めると、そこはベッドの上だった。
肉体はちゃんと休まってる。でもあの夢は現実と同じ様に記憶に残っていた。
せっかくの体験だから鍛錬の1つでもした方が良かったかもしれないけど、激突の後では流石にね。横になった時ふと思ったんだけど、あそこで自慰したらどーなるんだろ。こっちでも出てたのか? まあ、何が悲しくてあんなとこで自分を慰めなきゃいけないんだよっ、てな。
テスの食の好みなのか、彼女は決まって4品以上の料理を魔法で出すけど、1品は必ずゲテモノ。俺は料理を作って魔法陣に掛けたりしてないから、選別派にいた頃から同じ料理を振る舞ってもらう事がしょっちゅうだったけど、ゲテモノの良いところを見つけるまではまだ時間が掛かりそうだ。因みに今日は『狼肝のカマウジ煮』。残念な事にカマウジの正体を知らないからな、美味い美味い。
「カマウジはね――とても安価で沢山手に入る食材なのよ。栄養価は並以下だけど、食材の他にも幅広い用途があるわ」
「――へぇ。そんな便利な奴がいるなんてな」
「――あの蝿の幼ちゅ――」
ガタン! ダッダッダッダッダッガチャ、バタン! オロロロロロロロ…… ガチャ。
「いやーそうかそうかゴメンね吐いちゃって正体知らないまま食った俺の責任だから全責任だからテスは何も悪くないんだむしろ味で言えばとても美味なんよ無知な俺にけいれーい! カマウジばんざーいゆーてね――」
「一応言っておくと、この中では唯一の手作りなの」
カマウジ貴様がか!? いや確かに美味い料理だよ。狼肝との相性なのか他にも色々入ってるのかは分からないけど毎日でも食えるくらい味は素晴らしい。
し・か・し、カマウジよ。お前はあれだ、ユーグレナと同罪だ。あの生きた姿が料理と重ならないから食える代物なんだ。
「――無理する必要は無いわ」
「いんやいや食べる食べる。うん」
テスの手料理。そう、だからこんなに美味しいんじゃないかな。味覚を研ぎ澄ましてテスを観ながら食べれば……あの笑み、さては確信犯だろ。
ゆっくりと食事をとる事は前世では無かった。実家じゃ親が皿洗いをしていたから、のんびりしてたら急き立てられてたし、一人暮らしになっても、温かいうちに食べよう、生物だから早めに食べよう、みたいに。
食事をする度思うけど、あの国では駆け足の人が多かった気がする。常に時間に急かされていた、というべきか。多分俺達の祖先の中に、未熟な個より大望の全、て考えた人がいたんだろうな。
朝食でのサプライズは最高に目を覚めさせてくれた。昨日グロッグに戦果を報告しないまま帰宅してしまった為、俺達は朝一番で御殿へと向かう。
あの戦闘から一晩経って拠点内は普段通りの様子に戻りつつある。後は変なとこで泥酔している酔っ払いと、酒に呑まれて殴り合いの大喧嘩をしてる奴等が落ち着いてくれるとね。
道中、墓地の横を通り掛かった。付近に差し掛かっただけで昨日の光景がありありと浮ぶんだ。様子を見ずにはいられない。
今は誰もいないな。霊達も安眠してるといいけど。
『――よくやったよほんとに。ほんっとよくやってくれたけど何で昨日来なかったの? 君達僕のことなめてる? 結界途中で壊れたのは君のお願いを聞いてあげたからで――』
何せこんなリーダーが仕切る、似た者同士の集った拠点だからな。安まる場所っていったら土の中くらいしかないんじゃないか。
こっちは寸劇で何があったのかを伝えよう。といっても動くのは俺。テスは魔法でそれっぽくサポート。即興でやって息のあった仕上がりになると気分が良くなるんだよ。だからさテス、ハイタッチの1つくらいしてくれてもよくない?
先方の気が済んだのを確認して退室したところ。
「――いやはやお待ちしておりましたぞ、ケイタ殿にテス殿。御殿の一部屋をお借りしておりますので、先ずはこちらへ」
一瞬躊躇ったけどテスがすんなり付いて行くので俺も続いた。
「――ケイタ殿は初めてお会いしますな。私はネグロン。この回帰派にて参謀の様な役回りに従事しております」
「まあよろしく。それで、用件は?」
「ええ、時間は取らせませんぞ。実は、昨日の防衛戦で派閥内の士気が高まっておりましてな――」
ネグロンが言うには、一晩の間にあの勝利は辺境まで伝わり、回帰派内で侵攻を訴える声が強く上がり出したと。侵攻を撥ね返された上に一方的でさえあった戦力が削がれた相手方と、新たな力を手に入れた勇兵の活躍を間近に見て猛り立つ仲間達。
この機に魔力深化(仮称)を用いた傀儡兵を量産し、掃討、選別両派へ攻め入る。その為の技術指南を依頼された。
「――何分回帰派にはこの書類を理解出来る者がおりませんので。ここは先駆けとなった貴方を頼らせてもらおうかと」
思い返せばたった1時間でこれを読み解いたんだよな。我ながらとんでもない賭けだったと思うわ。
俺は身体で覚える方だから人に教えるのは得意じゃないけど、何回か実際にやって見せればそれだけでコツを掴む人も出てくるだろう。ネグロンの言う通り、この淘汰中に回帰派が領地を五分五分まで持っていくのも夢じゃないかもしれない。
上手く教えられるかは特に問題じゃない。心配なのはこの力を広めること。
率直な話し、まだこの戦争に対する当事者意識みたいなのが湧かないんだ。あの女との戦いは成り行きだったというか、何というか。結果としては回帰派を手助けする形になったけど、ここで回帰派にこの技術を広めたら、当然相手方にも今回と同じ様な事が起こる。
回帰派領には居ない天命派が、向こうには沢山居ることだろう。もしかしたら、話し合いで解決出来ないのなら均衡を保った今の状態が最も有効なのかも。
「――時に、ストロ殿とは縁ある仲だと聞いておりますが」
「ストロは――あいつは、いい奴だよ。すごく純粋で正直な生き方をしてきた……」
「――昨晩、墓の脇に凭れ掛かって寝入る彼を見ました。今朝までに彼は最前線へ合流しており、返報に出たようです」
「あいつにはあいつの戦いがあるだろうしな。俺が割って入る所じゃない」
ストロを突き動かすものが正義にせよ復讐心にせよ、戦う道を選んだあいつの為に今俺がしてやれる事は、パライソの墓参りくらいだ。
一度話を持ち帰る事にして退席したけど、『同志の熱が冷め切らぬ内に』とか言われてもな。
そもそも俺は戦争がしたくてこの世界に来た訳じゃないんだよ。選別派では人助けの流れで仕方なく派閥に入ることになって、回帰派では逃げる間もなく心臓に何か埋められたし。ま、本当に会話の為だけの魔法だと分かるまでは、回帰派に居るしかないかなぁ。
いや待てよ。ストロはィエラムの事を知ってたんだっけ。てことはおじ様も回帰派なのか。ならポルダンとやらに行ってみるのもありだな。ただポルダンは選別派の領地だから、こっちに来た今だと若干腰が引ける。
「おー噂の夫婦けぇ。パラ嬢も喜んでんろなぁ」
墓参り中、背後から声をかけられた。
一輪の花を手向けに、同じくパライソの墓へやって来たサングリアは、ストロの育ての親を名乗る。
魔法で作られた両脚の義足についつい目がいってしまう。俺の視線に気付いたサングリアは、自身の脚がそうなった経緯について若気の至りだとし、それ以上は触れなかった。
「――しっかしのぉ、スー坊が戦でへまするたぁ。――彼女が出来たっつうて燥いで酔いどれとったんが懐かしいわ」
ストロと初めて食事をした一昨日の昼も、ショットグラス一杯くらいの酒を飲んで上機嫌になってたっけ。同じ物を貰ったけど、そこまでアルコールを感じる様な飲み物でもないと思いながら、気付けばコップで2杯空けてたな。
ストロとパライソの馴れ初めは、そんな酒の場にあったらしい。自分に合う酒を探して毎晩の様に酔い潰れていた時期があいつにあったみたいで、国中の酒屋を渡り歩く中で出会った飲み仲間がパライソなんだとか。
想い出話に花が咲くサングリアの様子は、ストロと良好な関係にある事を想像させる。
「――数100年前にできてからここまでやってきたってぇのぁ、やっぱ本気だったんだわな。互いによ」
陽当たりの悪さが気分を下向かせる。
「――スー坊には酷だがな、若気の至りだっつうて教えた気になっとったおらにも責任はある。おめぇらは勝手にやれよ? もいっぱいいっぱいでな。ふっはははは」
そう言ってサングリアは引き返していった。何でも俺達が御殿から来る所を見つけ話したいと思ったらしく、待ち伏せていたそう。
いっぱいいっぱいとか言っておきながら、勝手にやれよとは。不器用というかお人好しというか。無理に話しかけてこなくても良かったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます