第13話

 互いにワープ出来る程の魔力は残ってなかった。でもテスのおかげで移動には事欠かない。俺が前世の蛇を正確に教えていたら、翼を生やして空を飛んだりはしなかったかもな。結果論になるかもしれないが、テスの解釈を訂正しないでいて良かった。

 忌々しいあの光へ徐々に近づいていく。俺達同様に龍を追い戦場を移す兵を追い越して、残光の本体が龍の魔法だと分かる所まで。龍が執拗に結界へ攻撃を続けていると分かる所まで。

 その猛攻に蘇槨冤帝憐の限界が訪れた。破壊、というよりは結界の方から消える感じで。多分だけど発動者のグロッグの魔力が尽きたんだ。無理もない。時間を止めるなんて、大規模どころじゃない異次元の魔法を使ったんだから。

 拠点には俺の第二の心臓が居るってのに、龍のやつまた暗雲を呼び寄せやがった。でもまだ雷鳴は聞こえないし雨も降ってないから、忍び寄る時間はあるはず。我が物顔で御殿の頂上に陣取ってるあいつへの斬撃に、残っている魔力を使わないといけないんだ。

 ん、誰だ。果敢に1人で龍へ突っ込んでいく人影が見える。この魔力は、ストロか。


「――腑抜けが時間を稼いでくれてるわね。急ぎましょう」


 ストロがテスからそういう評価を下されてしまった原因についてはこの際捨て置くとしよう。

 さっきは2対1で負けてしまったけど、ここには加勢してくれる味方がいる。流石の龍も、多勢を相手に対処が追いつかず、一方へ魔法を放つ間に他方から攻撃を受けている。

 痛手を負わせるまではいってないが、俺がそこに紛れてこの大剣を食らわせるには十分だ。

 拠点への被害が拡大する中でも、胸の刻印に変動は無い。ダイキリ達は家族をしっかりと守っているらしいな。2人の力なら龍の魔法を相殺する事も可能だろう。都市全域を焼いたあの一撃がこない限りは心配なさそうだ。

 雲に稲妻が奔りだした。その1鳴り毎に鼓動を持ってかれそうになる。


「――ッ! ああくそっ! さっさと堕ちろよぉ!」


 前衛で突撃しているストロは乱心気味なご様子。流れ弾が味方に当たろうとお構い無しに魔法の規模を大きくしていく。

 それを煩わしそうに相手取る龍が、果たして俺達に気付いていないのか。そんな緊張感もここまで。

 龍の背後から御殿の下に潜り込み、垂直に昇る。黒雲に目立つ派手な弾幕と雷光が眩しい。それでも、瞬きの1つでタイミングを逃す訳にはいかない。

 標的を見据えて――断ち斬る!

 蛇から飛び掛かった勢いで歩法に全力を注ぎ放った一撃は、さながらスラッガーの様な一振りになった。鱗諸共、背中側から体を大きく裂いたが、龍から飛ぶ余力を奪うまでは至ってない。

 傷が浅かったか。ならもう一度斬るだけだ。

 テスと合流し、再び味方の弾幕に紛れ様子を窺う。龍にできた切り傷は恰好の的となって、仲間達の攻勢を促している。とりわけストロは傷口への執着を剥き出しにして、次々と独創性に富んだ攻撃を仕掛けていた。

 御殿の頂上であぐらをかいていたさっきまでの余裕はもう消え失せたな。通常の魔力に対して無敵とも言える強さが、音を立てて崩れた瞬間だ。

 土砂降りの雨は時間切れまでの1つの目安。まだ地面には帯電していない。

 威厳の欠片も無く激怒のままに吠え立てる龍が、ふと何かと重なって見えた。

 初めて奴と戦った時の俺も、奴から見たらこんな風に見えてたのかもしれないな。今さら、本当ならあの時お前は死んでたんだ、とか言ってくるなよ?

 龍が腹から光を逆流させ、口元で煌めかせた。この息吹に合わせて叩き込んでやろう。

 やはり龍にとって1番の脅威はこの大剣な様だ。俺達が側面から接近すると目をギョロっとこっちへ向けて、身体を畝らせ照準を合わせてきた。

 テスは退避するが俺は逃げない。息吹ごと脳天を貫くイメージが出来てるから。

 大剣を槍型へと補強して、見様見真似の槍投げスタイルを迷わずぶつけた。

 視界に白光が広がっていくが、中心では確かに黒が躍動している。かと思えばあっという間に白光は過ぎ去って黒は闇夜へ溶け込み、残された龍はかち割れた頭から鮮血を噴き流していた。

 龍は最後の力を振り絞り足掻く様に天を仰いで、地に落ちる。すかさず近寄る仲間達が確認するまでもなく、龍の身体は光の粒子となって消えていった。

 ああ、俺やったんだな。まだなんか、アドレナリン的なやつのせいだと思うけど昂ってて、勝ち鬨とかそれどころじゃないな。あ、でも段々嬉しくなってきたかも。

 気付けば両拳を突き上げ、仲間達に混ざって歓声を上げていた。暗雲はすっかり晴れて、無数の星明かりもこの勝利を祝うかの様に真夜中を照らしている。


「お疲れ様」


 後ろからテスの声がして、振り返る。


「――ああおつかれさまぅ……ん」


 振り向きざまに頭をすっぽりと覆われてしまった。でもこれが何なのかは分かるから警戒はしていない。していないけど……細い舌先でベロンベロンて舐め回されるのは、無理。


「――テ、テスさん、これそろそろ退けてもらえません? 舌がっ……じょ、情熱的……!」


「暫くそのままでもいいんじゃない。私は先に2人の所へ行ってるわ」


 去り際にハグをしてテスは遠ざかっていく。

 蛇に頼らないといけないくらい、ハグが恥ずかしかったのか。何にしても、もう少しこのままで居るのも悪くない。

 テスは2人の所って言ってたから、多分ダイキリ達と会いに行ったはず。ストロとパライソも常に2人でいるらしいけど、さっきはストロ1人で戦ってた。結界も復活して戦えない人達への脅威はひとまず取り払われた事だし、道すがら彼と話していこう。

 頭から離れてはくれたものの、テスが一向に蛇を消す気配が無い。激闘を制した直後の俺に護衛として作り出してくれているんだと思う。感謝を伝えるには何がいいかな。やっぱプレゼントに言葉を添えるのが王道か。実用性のあるものなら外さないだろうけど、それじゃあこの感謝を伝えるには不充分な気もする。彼女の好きな物なんて何一つ知らないし。

 思案している間にストロの居る場を通り過ぎかけ、慌てて方向転換する。

 盛り上がった土の脇に石が安置され、それが規則的に並んでる。その一角で膝をついて、丁寧に供え物を供え直すストロの後ろ姿。

 墓地だった。簡易的ではあっても見間違う筈の無いその場に1人跪いて、彼は目の前の墓を整えていた。


「――こんなもんか。――ったくよぉ、あんな堕天がいるなんて知らなかったわ。おまけにほとんどケイタのやつがもっていきやがって。俺もまだまだだな――――なぁ……やっぱあんなのねぇって……何で、何でだよっ! ……何で……」


 側へ寄ろうにも、脚が動かない。後ろから肩を叩こうものなら、更に彼を傷つけてしまう気がして。

 ならばと声を掛けようにも、言葉が紡げない。彼の問いの真意を知らない俺が、一体何と声を掛ければいいのか。

 今、彼が求めているのが俺でない事を、心のどこかで察したのかもしれない。

 墓前で泣き崩れるストロに背を向け、お祭り騒ぎの路地へ引き返した。墓地へ来るまでは拠点中に充満する勝利の興奮を分かち合っていたが、今はそんな気なんて更々無い。

 足早に向かった御殿の地下。上階とは違い一般的な建造物となっているこの一室に、彼女達は匿われている。

 テスの魔力を頼りに部屋へ入る。


「――お、[小声)獣あらため]英雄の帰還ですよー!」


 こっちも上でのどんちゃん騒ぎに負けず劣らずの活気だ。それもそうか。あの魔力による副作用だった身体の変質がすっかり治ってる。

 ただ、後遺症なのか身体に不自由を残したままとなった人もちらほら。とりわけダイキリは右半身が白化し、自由が利きにくい状態となっていた。彼女曰く、俺の戦いはまだ終わってないらしい。魔力が消える寸前に魔法から契約違反と判定されたのだと。

 それでもダイキリは表情を明るくして見せる。


「――ありがとね雄犬さん。実は最初から信じてたってのは無理があるかな?」


「いや、俺は信じるけど。――この戦争が終わるまではここで匿ってもらうといい」


「うん、そうする。どうせ……」


 ダイキリは何かを言い掛け、沈黙する。


「『どうせ』、何だ?」


「ううん。ただね、初めて自分に……自分達の生活にかな。魔法が必要なのかもって思っただけ」


「都会気触れってやつか」


 社会的発展とは程遠い田舎で生活してきた中で、彼女は一時的に魔法の利便性に触れた。無くても困らないし生活していけるが、有っても困らないし、何ならより快適な生活が出来る。

 必要かどうかはそこで暮らしてる人にしか分からないけど、どうやら今彼女が言っているのはそういう事じゃないらしい。

 田舎の生活は良いもんだ。よくカラスが鳴いて野良猫と道を譲り合って、畑を猿に荒らされ毎年のように熊の目撃情報が出る。前世では中学までそういう所で生活していたから、良さが分かる。平穏に暮らしているのは人間だけじゃなくて、動物も同じだった。

 ダイキリが魔法の必要性を考えだしたのは、そんな長閑な暮らしを脅かす、外界からの干渉のせい。


「――そうだな……勇ましい自警団がいれば、守れるものも増えるんじゃないか。でも……魔法では手に入れられないものが失われる気がする。多分だけど」


「えー何それ。じゃあ雄犬さんが村に住んだらいいと思うなー。ほら、毎晩いい事してあげられるよ」


 命に変えられるものを俺は知らない。次の淘汰まで彼女達の村が平穏とも限らないし、淘汰の度に同様の被害が起こる可能性もある。

 出来る限りの努力はしておくべきだと思う一方、彼女達の村の様な空間がどれほど貴重なのかも理解しているつもりだ。互いに物を贈り合う。子供だけでそこらを駆け回る。酒を持ち寄り酌み交わす。村民同士気を許し合うこの空間に、魔法は存在しない。

 ダイキリ達の関係性も、魔力が無いからこそこういう形で成り立っているのだろう。


「――今度一緒に都会行くか? もしかしたら考えの手助けになるかもしれないし」


「実はずっと前から行ってみたかったんだ。でも戦えない人が行くのは危ないって、村長がさ。雄犬さんがいれば大丈夫だよね」


 配布されたという対魔法用の使い捨て避雷針を手にこっちを見つめてくる。誘った手前弱気な返事で不安にさせる訳にはいかない。

 契約ではなく約束。ダイキリと指切りをして、大勢に見送られながら部屋を出る。

 仲間達は龍討伐の余韻に浸って一升瓶片手に宴会模様。一瞬それに流されかけてストロの事が頭をよぎる。

 たった1日とは思えない濃度の時間を過ごして、もうクタクタだ。帰ったらシャワー浴びてさっさと寝よう。

 テスとする一言二言ずつの他愛ないやり取りを家へ着くまでの細やかな気力剤にして、複雑な空気の路地を通り抜ける。ストロに対するこの感情も、戦争にはついてまわるものなんだ――今は、それでいいじゃないか。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る