第11話

 それからの俺は周りの空間に同調して自分の呼吸音すらも抑えながら、淡々と書類の解読を進めていった。どんなに汚い字でも自分が書いたものなら読めるけど、他人が書いたとなると一苦労だった。

 魔法黔創学で習う記号か何かが、速記にも引けを取らない難解さで走り書きされてるだけの物も多く、これだけでも書類1束を丸々省く事になった。選別派でいる内に習っておけば良かったかなって、早くも後悔したね。

 『彼女の魔力だけが他色を寄せ付けず、半永久的に光っている理由』という一文を見つけてからは、いよいよ熟読のお時間。論文を読み進めるにつれ見えてきたのは、普通の魔力とは次元、概念が異なるんじゃないかという事だった。というのもダイキリ達の魔力は、生まれつき魔力を持たない人へ充填すれば後天的に魔法が使える様になるという、あのイカれた研究者による一時の善意、その後の盲進の所産だった。

 ごまんと書き記された文章の中から、最も俺が理解出来る表現を探してみた。そしたら、『彼等が光を宿すと共に姿を変容させるのは、ノアからの祝福があるからだ。堕落した者はノアに祝福を乞うのではなく、身を賭してノアを祝福するのだ』とか書いてあるのを見つけて、その辺りからだな。カトラス教とやらを熱心に信仰している様子が窺える文脈になっていったのは。

 生憎俺は宗教に入信してないし堕落してるつもりもないけど、やってみる価値はあると思った。宗教的な言い回しになってたから一見難解だったけど、要するに研究者は副作用である容姿の変化を祝福と考えていて、堕落した者ってのは魔力を得られなかった人達。神から祝福されないなら身を賭して神を祝福しろ――そこら辺は何かを捧げろって意味だと解釈してみた。すんなり魔力を得られなかった人達に代償でも求めてたんだろうな。

 捧げ物には蛇踊りも選択肢の1つに上がったんだよ。実際時が止まっているとはいえ、大勢の前でやる蛇踊りは何かを失った気にもなれた。でもノア様の機嫌を損ねる前に止めておいた方がいいかなってね。幸い出来る事はそれだけじゃあなかったから。

 書類を読むに、魔力を所持しているかどうかは重要じゃなくて、肝心なのは捧げ物の部分。俺の状況は魔力を受け取れなかった人達に近いと考えて、まずは図式や記述を基に可能な限り寄せた魔力の源泉を作ってみた。俺の魔力で作ったからかそこに光りは微塵も差してなかったし、何なら魔力の流動が感じられない程の黒、暗黒だった。

 そこでふと、妙な高揚感が込み上げてきて、笑いを抑えられなかった。きっと本能が、手の平から伝わる威圧に先走ったんだと思う。

 深呼吸をする時間さえも惜しかった。魔力の源泉を取り込むとその高揚感は再度全身を駆け巡り、新たな力を俺にもたらした。

 特別何かを捧げたつもりは無いけど、寿命とか目に見えないものだったら嫌だから使うのは必要最小限に留めたいな。

 グロッグの魔法が解けると何事も無かったかの様に時が動き出して、みんな一様に、一瞬で変質した俺の魔力を見て驚嘆している。何せあのグロッグが笑う程だ。俺はやって退けたんだ。


「――牢屋に居た時と比べ物にならないくらい獣感が増しましたねー。そのうち堕天にでもなるんじゃないですか」


「私達は家族と一緒に居るから、雄犬さんは――あの女を……!」


 彼女達2人だけじゃない、あの場で非人道的行いの犠牲となった人全員の復讐心を、託された。

 小さく頷いて、俺とテスは最前線へ。かつてない大戦の前に繁栄の軌跡が崩れ去っていく港湾都市は、時代の転換を想起させる。

 テスの魔法を持ってすれば、敵の侵攻を食い止め押し返すのも不可能じゃないはず。テスと二手に別れ、遠目にも分かる白光を目印にして空から詰め寄る。

 数体の敵に気取られたがいい機会だ。肩慣らしがてら、翻弄しての勝利だった前回からどれくらい進歩したのか試してみよう。

 相手の魔力に敢えて正面から突っ込む。無事でいられる確証は無かったが、通常の魔力をふるう時と明らかに違う自信があった。そして光の奔流を突き破る刹那、それは確信へと変わり、即座に敵を一掃して戦意を発揚する。

 ひと暴れした余韻そのままに光の方を見ると、あの女も宙に立ちこちらを見返していた。相変わらず戦地でありながら自身だけに安全圏を設け、まるで高みの見物と許りにここまで闊歩して来たのだろう。だがそれもここまでだ。

 勝ち目の無い戦いにわざわざ自分から挑んだりはしない。まして捨て身で突貫出来る程の大義はまだ持ち合わせていないんだ。だから、力を求めた。俺が強くなれば相手に勝てる――そういう単純な話だったから。


「あやつは神とやらになれておったか?……ふふふ」


「気掛かりなら信仰してやればいい。即身仏もびっくりする遺体が施設に残ってるからさ」


「ふはははは! そうかそうか。崇められぬ神は涜神さえも甘んじて受けねばなるまいか」


 大狼がこちらを威嚇してくるが今回は数的不利で戦うのを避ける為そいつらの影、いわばコピーを作り出して狼の相手は狼に任せる。

 足止めにしかならなかった前回から著しい変貌を遂げた俺の魔法。相手の狼と張り合い、俺が歩いて接近する余裕すら与えてくれる。

 足下では味方が奮闘している姿も。彼等の影を使役し一体化させる事で、その戦力を跳ね上げられるだろう。テスは嫌うかもしれないが、戦争に勝つ為だ。

 あちこちから鬨の声が聞こえてくる。


「――お主見違えたな。一体何を捧げたのだ?」


「あーそれなんだが、まだ何も捧げてないんだよ。だから――その首でもどうかと思ってるんだ」


 日が沈み始め反対から徐々に夜の帳も下りてくる。その狭間を隔てる様に差す白光の中へ、先制の一撃。

 今の俺は奴の命を刈れる所まで来てる。その証拠に奴は俺の攻撃を全て交わすと、天から差し込む守護光を捨て応戦に出た。そこに光の中で佇んでいた時の余裕は無い様にも見える。こちらに余裕が出来たせいか。

 あんなに手を焼いていた光る魔力を物ともせずに攻め込めているのは、あの研究書あってこそ。胸糞悪いが、その研究によって生み出された遺産を抹消する為にも、今は目を瞑らなければ。

 狼同士は互角でも、それを操る術師の方には明らかな差が出始めていた。刀と魔弾による物量は奴の処理能力をほんの僅かだが上回っている。奴自身もそれが分かってか、弾幕による鍔迫り合いから一定時間が過ぎるとすぐに移動し、距離を取ってはまた弾幕へと持ち込む、この動きの繰り返しへ持ち込もうとしている。奴にとってはこれも小手調べの一環なのか、魔弾や小魔法の応酬に紛れ込んで1ウェーブに必ず1回は、食らえば重傷は免れないかという大技を挟んでくる。派手で多彩な本命の魔法にさえ配慮していれば優勢は揺らがないだろう。しかし一見すると俺が押し込んでいる様に見えるこの戦況でも、奴に被弾させるまではいっていない。

 相手に合わせる義理は無い。ここは様子を見て1体追加してみるか。こんな時ばかり、まして異世界に転生してまで神の力を借りようなんて、烏滸がましいじゃ済まないだろうけど。そうだな……夜刀神なんかそれっぽくていいかも。

 奴は弾幕から退く毎に、進行方向で戦っている回帰派へ横槍を刺しながら戦場を縦横無尽に駆け回る。その報復を果たしつつ後を追う。


「大した威光だ、その力。白日の下黒影となりて、世を統べることも出来ようぞ」


「――興味無いなぁ。それよりもさっさとその首差し出してくれないか!」


 奴は摩天楼の密集地を何度目かの応戦の場に選んだ。既にいる先客へ、その摩天楼を基盤とした選別魔法を見舞い回帰派を周囲から一掃している。俺は敵にそんな中途半端な慈悲を掛けるつもりは無い為、殺す事で一掃。

 楼閣群に行き着くと不意に立ち止まり、奴は不気味な笑みを浮かべこちらを振り返った。ここで一転攻勢に出ようと最初から誘い込むつもりでいたのか、それとも力の差を痛感したのか。接近を躊躇い一瞬攻め手を緩めてしまったが、仮に突っ込んでいたとしても前者だった為、同じく結界に囚われていただろう。

 最初に放った魔法に隠して仕込んでたのか。迂闊だった。結界の質はあの前哨基地で使われたものとよく似てるけど、魔法を封じられる事はもうない。とはいえ壊すにはそれなりに時間が掛かりそうだ。

 当然奴はそれを待ってはくれない。脱出を試みて結界へと攻撃を繰り返すその向こうが、次第に光で包まれ何も見えなくなる。それに合わせて襲い来る熱量は耐え難く、身が焼ける感覚は言葉で形容出来ないものだった。

 光が巻き込んだ建物の一部は跡形も無く消失し、付近は高温によって白炎が揺らめいている。光が消えて尚この場に残る熱ほとぼりは染み、焼けた皮膚を弄ぶ。


「――ふむ、興醒めだな。よもや骨の髄まで溶けようとは」


 吐いたな。今だ。

 大狼を従え技を放った方に背を向けて、激戦が繰り広げられている港付近へと奴は歩き出した。そこを背後から、宵闇に乗じた大蛇が襲う。数匹が競り合いながら獲物を仕留めるも、虚狼では腹が満たされぬと許りに威嚇してみせ、立て続けに奴へと迫る。大蛇が気を引く間に戦闘域を区切る網状の隔てが一帯を包み、舞台が整った。

 相手の逃れる方向が分かっているかの様に、先の6匹で追い立て7匹目が大口を開け喰らいにかかる。この連携は難なく去なされたが、最後の蛇の影に隠れ接近した夜刀神には気付けなかったようだ。間髪を容れず撃たれた挨拶代わりの刺突は魔閃となって奴を捉え、やはり蛇を成形しながら一直線に地面へ撃ち込まれると、そこへ一斉に大蛇が群がり、土煙の中へ頭を突っ込んでいく。

 奴の死体を確認するまでこの場を離れるつもりは無いけど、これ以上隠れる必要も無いかな。仕留めきれてなかった時の為に回復しておきたいんだけど回復すればどうせ居場所はバレるし、夜刀神もずっと作り出していられる訳じゃないから。イカれ野郎の研究を俺が作った器に応用してみたけど、魔力の秒額払いから買い切りになった反面、あからさまな弱点が目立つ上に元々付け焼き刃の知識を用いているせいで脆弱な感じは否めない。

 それでも心強い片角の少女を味方に、土煙と餌の奪い合いが収まっていくのを注視した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る