第10話

 研究者は自身の人生における分岐点であり特異な存在を探し求めているらしい。それは多少性格が尖っていたり変わった態度を取ったりといった事を差しているのではなく、あくまでそれらを慢性的予兆として見限り、その先に辿り着いた存在を指していた。

 特異な存在には心当たりがある。転生によって既にこの世界には改変が起きていることだろう。多くの時間を共に過ごしてきたテスは、その影響が如実に現れているはず。そして改変の中心にいるのは他でもない、俺自身だ。改変は生まれ変わった者の特権であり、あの男の言う通り決断1つでどんな風にでも転がっていく。

 テスが居る牢へ着くまでに見つかれば救出どころではないが、どんなに冷静さを保とうとしても、この映像を見ながらでは滝壺で洗濯をする様なものだ。

 独り言を演説さながらに喋り立てている研究者の言葉使いから、彼は俺達が特異な存在である可能性に自信を持って捕虜としたらしく、この人体実験の名目も分岐点の発生条件を探る事としていた。生まれ変わりとどういった関係があるのかは分からないが、いずれにしてもこれは許される行いではない。

 映像越しに憤っている間にも、実験は続いている。


『――いつです? どうすれば訪れるんです? 何かが足りないんでしょうか? んー……バイアさんの考えを聞かせて下さい』


『えー内臓じゃないですか? そろそろ胴体深く切って子宮とか丸洗いしてやりましょー』


 残忍な提案をするバイアも、ダイキリの大切な家族だ。あんな発言が容易く出来てしまうのもきっと、ここでの生活に毒されたから。今は、自分にそう言い聞かせないと。

 四肢への暴虐に執着していた研究者の照準が胴体へと移った。

 テスは最早全身を自らの血に濡らしている。牢の排水が追いつかない程の出血により血溜まりさえ見受けられる地獄で、1人理不尽へ争っている。

 そしてその理不尽も終局へと近づいていた。テスの豊満な乳房を肉塊と言い切り、その内で躍動する心臓目指して、両手で肉を裂き、抉じ開ける悪魔。乾いた血を血が潤かしていく光景も、この悪魔の前では茶飯事だというのか。


「――嗚呼、見て下さいよ素晴らしい。この鼓動、この不協和音、この異端! 嗚呼神よ、異端であり続けた我が同士よ! 間も無くです、民が私を崇めた暁には――」


 背後に忍ぶ俺に全く気が付かない。首を刎ねるのは容易だった。


「崇められるとは到底思えないけどな。そんなに神とやらになりたいなら手伝ってやる」


 死体を逆さ吊りにし両足を合掌、切り落とした頭を首へ戻す前に両手を挟み肛門から串刺しに。あんたが神になれるよう祈ってるよ。

 助手をわざわざ辱める必要は無い。記念すべき研究者の信者1号として首を側に供えてやれば、助手に相応しい最期となるだろう。

 テスは取り繕っているのかいつもと変わらない調子を見せてくる。しかし衣服代わりにと造形した魔力、その質は笑みの裏に伏せられた荒涼を具現化している様で、無事には程遠い気がした。

 こちらは救出に成功したがダイキリ達の家族は未だ牢に居る。状況が飲み込めていないバイアにご挨拶含め簡潔な説明をして、2人に先導してもらい家族の救出を図る。

 少々目立ち過ぎたのか警報が鳴り響く中、行く手を阻む掃討派を蹴散らすのに積極的に加わるテス。俺が全く知らない彼女の新たな一面であり、正直なところ見たくはなかった。出会いから短い期間ではあってもテスの優しさに触れる機会はあり、そこから来る魔力こそ彼女本来の力なのではと思っていた。しかしその若葉色は見る影もなくなり、今彼女から湧き出るのは猩々緋一色。道中を染め上げる血潮に勝る、鮮やかな蘭撃とその残痕は、彼女の身体を巡り蝕む激情を熱に乗せ放散し、さながら瀉血の様な不快感をこちらへもたらした。

 光る魔力を使う相手には同じ魔力を持っているダイキリとバイアが、その他の敵兵は悉くテスが狩る為出番が回ってくる事は無い。目の前でぶつかり合う異質な魔力を観察し、いずれ来るであろうあの女との再戦に向けて少しでも手掛かりを掴まなければ、契約以前にその戦闘で死んでしまう。

 光る魔力に最も近いのはアルディラが使う銀の魔力だな。俺がまだ選別派だったら何か聞く事が出来たかもしれないけど、今行っても頭を撃ち抜かれるだけだ。ダイキリ達は生まれつき魔力を持っていた訳じゃないらしいし、トップだっていうイカれ野郎は殺しちまったもんな。相手が光な訳だから、単純にいくと影とか闇が関係してそうだけど。

 いくら思考しても答えに辿り着ける気がせず、そうこうしているうちに家族が囚われている牢へ着いた。複数の牢に数え切れない人影があり、中には自我を失い掛けている者や肉体が過度に変質した姿の者も少なくない。

 牢を開け放つと開放を待ち焦がれた家族が一斉にダイキリ達の元へ駆け寄り、感涙に浸る。

 天遣として転生し寿命が桁違いに伸び、出来事に対する関心や感慨も薄れるのかと思っていたが、そんな事は無かった。彼女達の正の感情が伝染しているのか、はたまた命懸けの生活がそうさせているのか。

 監獄はテスの作り出した蛇が這い回り制圧も目前。襲い方といい俺の知っている蛇じゃなかったけど、あの物真似がお気に召していたみたいで何より。


「――家族を助けた訳だけど、これからどうするんだ?」


「まだ私の望みも叶ってないし、雄犬さんの言う戦いが一区切りするまで力を貸すよ。でもその前にみんなの安全を確保しないと」


「ついでにその力の対抗手段と元の身体に戻る方向も調べてみるべきね」


「戻る方向なら1つしか無いですけどねー。――あのババアを殺さないと一生このままなんですよ」


 残党の処理をテスとバイア、救出した仲間の守衛を俺とダイキリの二手に分かれ行うことに。

 牢にはダイキリ達が暮らしていた村だけでなく、多方面から人々が集められていた様で、互いの無事を喜び、また変容ぶりを嘆くなどしていた。全ての人が生まれつき魔力を持たず、それ故に残酷な実験の標的とされてしまったのだろう。

 村長を初め村民の多くは、淘汰とそこに付き纏う戦争への諦めを漂わせつつ、自身等を捕え非道な所業に出た掃討派への怒りを煮えたぎらせている。魔物を戦力として使うのは古来からの戦術だが、その魔物に掃討派は魔力のみならず知性をも求めてしまった。


「奴らぁひとじゃあねぇ。のう。奴らぁ、ありゃあわしらを……ひとじゃあねぇ」


 時折猛る獣の声が、村長の慨嘆へ共鳴している様に聞こえた。

 彼等は戦を強いられている。天遣とは切っても切れない関係にある淘汰に起因する戦争の中で、子孫の為という大義に突き動かされた同族の兵器として。

 淘汰がしたいなら平等な条件下で限り無く原始に近い状態がいいと思う。逆に掃討派はあの手この手で淘汰を邪魔しに掛かるだろうな。理性的な天遣だけで子孫を残すにしても、自分達でその数を減らす様な真似してたら世話無いんだけど。

 順調に事を運んでいるテス達がレーダーに映る。地上の敵を一掃し終えた所で彼女達と合流し、状況の整理から。

 掃討派の領地ながら幸いにも前線へワープでひとっ飛び出来る位置に居るので、俺とテス2人分の魔力があれば拠点へと帰るのも不可能ではなかった。戦える力を有しているとはいえ、ダイキリ達の家族を危険に晒すのは俺のもう1つの心臓を野放しにする様なもの。俺達が身を置ける、今最も安全な場所と言えば回帰派の拠点内しか無いだろう。何とか幅を利かせて彼等を匿ってもらうしかない。


「――後は貴方に掛かってるわ。再戦の準備を整えないとね」


 手渡された書類には乱雑な字で、光る魔力の構造や魔力無保有者への充填方法等が仔細に綴られている。この書類から紐解いていく事で、あの女に対抗しうる力を身に付けられるはず。

 一刻も早く解読したい所だが敵の増援は待ってはくれない。テスに心当たりがあるとの事で、一先ず全員で拠点へと退いた。

 1日と経たずに前線は最北から回り込む様にして押し込まれ、朝に湖へと出掛けた時から僅かに拠点内も慌ただしくなっている。理由は地平線上を明るく染める戦火。掃討派の進撃は衰えず、拠点から視認出来る距離まで迫っていた。そんな切迫した状況を横目に御殿へと舞い戻ってきた俺達を迎えたのは、癇癖が強い乱将軍のマシンガントーク。

 今まさに自領地を侵攻している敵が目の前にいる――グロッグの警戒心は頂点に達していた。これを鎮めなければテスの言う助力は得られそうにない。

 言葉で説き伏せるのは不可能に近いので、とりあえず全員跪かせ、反抗の意が無い事を示す。次にバイアの力を借り俺の記憶を共有して、敵に負けた事、その敵を殺せる力が要る事、一抹の望みが得られている事を伝える。


『――はぁ、目障りだしとりあえず他の人達と同じように守ってあげてよ。それから時間無いんでしょ? だったら時間あげるからそれ読んであいつら殺してきて。出来るよねそれくらい』


 後はテスの言った通り、俺次第。この戦いの行方も、匿ってもらえる事になった彼等の安全も、俺自身の命も。

 グロッグは自身が有するほぼ全ての魔力を一点に凝縮し、それを解き放った。波及する黒い魔力の苛烈さから、咄嗟に片手を顔の前へ。瞬く間に魔力が抜けていったそこはまるで、作り物の世界へとやってきたかの様に時が止まっていた。人も、魔物も、雲も。全てが固まり、俺だけの時が動いている。

 発動の間際に側近が一言、『1時間後にお会いしましょう』と言っていた。この魔法が解けるまでに書類から少しでも手掛かりを得て、対抗手段を探り当て、それを会得し終えなければいけない。

 虚空が支配する世界に思わず感覚を疑ってしまう。果たして1時間後の自分は力を得られているのか――過ぎる不安を紛らわす為頬を叩き、気合いを入れて書類へ向かい合った。






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