第9話

 話し合う余裕が生まれてるって事は戦況を押し返せてるはず。敵が俺にビビって避け始めてる可能性もあるけど、こいつらの頭を拡大投影したのが影響したのかな。戦争って士気が大切だからテスのアドバイス通りでかでかと映してやった。

 その甲斐もあって迫り来る堕天は数、実力とも増している。ただ姿形は変わっても基本的に同じ力を乱暴に扱うだけな為、こちらが動き勝り先手を取り続ければ被弾は無い。先手を取り続ける、そして常に全力で臨むスキルも前世で自然と磨かれていたようだな。

 この高揚、無我が途切れる前に次の獲物を――


「それは酔狂か?』


 知らない声に囁かれ斬り払うと、戦火の火煙垂れ込める曇天から混沌へ、一筋の白光が差し込んでいた。その光は呑気にこちらへ向かってくる女を照らし出している。ここは戦場、待つ必要は無い。本当なら斬り掛かってやりたいがひとまず弾幕で様子を見るべきだろう。

 堕天の放つ魔力は白を除く全ての魔力に影響する。彼女を照らす光が同一の性質を持っていて、かつ何処でも自在に照らせるとなれば彼女も戦況を一変させられるだけの力を持っていると見て間違いない。

 正念場だ。奴を殺して生首を掃討派の本拠点にまで見えるくらい大きく投影してやろう。それまで妻には身を隠してもらって。

 小手調べで放った弾幕は1発も光を耐える事が出来ていなかった。少しでも魔力に明度があると、光はそこに付け込み瞬く間に白へと侵蝕、無効化する。

 黒い魔力でなくなれば勝機は無い。だが相手もそれが分かっているのだろう、堅固な守りの中から言葉巧みに揺さぶってくる。刀を振るう意義、殺した者の家族――こんなのは常套手段だ。

 大義の無い戦いに身を投じる俺を突き動かすもの、それは衝動。前世でも抗い難かった、人として高みを目指す才能。他の誰よりも強剛な存在である事を証明するのに、積み上げた骸ほど明白な証拠はない。戦闘が終わり新たな骸を積み上げ、目の前に敵が現れてはまた戦闘。この衝動には終わりが見えない。

 そして相手の魔力もまた、底無しを思わせる領域にある。戦闘が始まってから全くその場を動かないまま、堕天20体分と相違無い威力の技をいとも容易く放っては、煽りや揺さぶりを仕掛けてくるあたり、抜かりが無い。

 それでも相手は決め手に欠けている様だった。俺も全くと言っていい程攻略出来ずに居るが。


「――最早語る事も無くなってしまったぞ」


「その心配がもっと喋れば良かったという後悔に変わるのももうすぐだ」


「――待つも一興、いや……これこそまさに酔狂だな。然してお主が顕した通り、ここは戦さ場」


 魔力を放つばかりだった女が遂に動いた。両腕の変質と共に指笛を吹き鳴らすと、何処からともなく呼応して遠吠えする獣の声。刀を握り直して周囲の気配を窺う、その背後から音も無く駆け襲いくるのは2頭の大狼。

 建造物に紛れながらの巧みな連携を前に空へ退く。一時の足止めは出来ても傷を負わせる所までいかず、魔力、体力とも消耗を強いられ限界が近づいている。

 獣2頭に翻弄される俺を悠長な態度で眺める女。1対3である事は常に頭の片隅に留めているつもりでも、大狼の猛撃に気を引かれ、退ける間に隙を晒している。

 この一戦を、勝ち抜ける気が、しない。

 急激な魔力の薄まりはこの戦いの決着を意味していた。丹念に作り上げた刀は狼の突進に打ち砕かれ、装具による防御も虚しく致命的な傷を負い落下していく。受け身を取ろうとする気力さえ湧かず、残された僅かな時間で出来る事は死を悟りテスの身を憂う事だけだった。

 そんな中身体が白く光り落下速度を和らげ、失意のまま地面へと寝かされる。地面の魔法陣、傷の回復、拘束――おおよそ戦地で打ち負かした敵に行う所業ではない。それともこれが、掃討派と回帰派の違いだとでも言うつもりだろうか。

 逃げずに機を窺っていたテスも敢えなく捕まり、俺達の命は女の動向次第となった。


「――急くな。今更骸の1つや2つ、如何様に増えようともさして変わらぬ」


 敗北した時点で死に方を選べる筈もない。これから起こる全てを受け入れなくてはいけないが、ただ1つだけ残念なのはテスの信頼に応えられなかったこと。まともに戦えない彼女は拠点に戻り、戦況を見守っていた方が自身の安全の為にも良かったはず。外敵に対する拠点の防衛力よりも俺と居る事を選んだ彼女に、申し訳が立たない。


「――さあ、行って参れ」


 俺は抗う術も無く、魔方陣から立ち上がった閃光に包まれた。



      ―――――――――――――



 声が聞こえる――女の子の声――こちらを褒めてくる。

 勤勉な子だ――賞状はその証。

 ああ、冷たい――寒そうだ――俺が――……


「……――ませんかー? ツンツンツン……起きませんねー? ならダイキリちゃん次キン◯マ突いてみようよ」


「さすが売女。この雄犬の玉袋にどれ程の精液が溜め込まれているか確認するまでが早いね。大賛成よ」


 目が覚めると凍み深い牢獄に両手両足を縛られて、体のあちこちを突かれている。2人は堕天に近い特徴を互い違いの腕に持っていて、言葉も選ばず貶し合いながらこちらを弄んでいた。

 な、何かが始まろうとしてる。早く声出さないと手遅れに――

 おお、この女の子上手だ。力加減が悪くない。何かの間違いが起きてー、ダイキリとかいう子と2人きりになったりしないかなぁ。


「――間違いなんか起きませんしダダ漏れですよ変態刀。起きてるならそう言えっての」


 ん、おかしいな。漏らしたつもりは――


「――無かったんだけど、てあれ? どういう事だ? そしていつまでタマ触ってんだ?」


「この空間で隠し事は出来ないの。思考は全て言葉として発せられる様になってるから。あと私の気がすむまで触るね」


「[小声)尻軽女め。]ただでさえ獣じみてるんだし、あんまり欲引き出したりしない方がいいよ。ババアが出払ってる今がチャンスなんだから早くあっち見物行こー」


「あっちってどっちだ? そのババアは俺達をここに送った奴の事か?」


「あやばっ……ババアの一言でバレると思いませんでしたけど、あっちはほら、別の牢で今まさに行われてる、人体実験の事ですよー」


「テスはそこに居るのか?」


「むぐぐ、そーですけど知った所で何にもならないでしょ」


「ここから出る方法は無いよ。ここで出す手助けならいくらでもしてあげるけどね」


 ダイキリの戯れが徐々に激化している。拷問と呼ぶにはまだ生優しいが、それでも着実に思考を侵されつつあった。


「参ったなぁ……ダイキリだけなら天国同然に諸手を挙げて喜んだんだけどなぁ。君あんまり好みじゃなくてさ」


「けっ、捕虜ごときが……まーいいですよ、向こうが終わればイカれた研究者がこっちに来ますし、それまで尻軽女に絞ってもらえば? もしアイツの用が済んでまだ生きてるなんて事があっても……私がヤリ殺してやっから」


「小声)こわっ。てか結局出てくんだ」


 苛立ちをあちこちにぶつけながら1人去っていく。この機を逃す手は無い。


「この機を逃す手は無いな。ダイキリさ、俺と組まない?」


「――組む? その話少し興味あるなー」


 前回の擬似的な捕虜体験から、或いは前世で患った平和ボケから、遅まきながら覚醒し現状を理解しつつあった。

 他人の命の為自らの命を投げ打つ――そんな理想的なヒーロー像を演じる為にこの世界へ来た訳ではない。だが当然テスを見捨てる様な真似はしない。まずは他者へ気を回せる所まで自分に余裕を作らなければならないが。


「契約しよう。俺の望みを叶えてくれ、そしたら君の望みを叶えよう」


「すごく簡単だね、気持ち良くしてあげればいいんでしょ?」


「それは今じゃない。この戦いがひと段落するまで力を貸してくれ。それと君の望みを叶えるまで俺の命を何かとリンクさせるといい」


 本心で語り合えるこの場を逆手に取った敵との契約。俺が相手の望みを探らないまま博打に出たのは、後の拷問が仄めかされた事に加え彼女に対して危機感を抱けなかったのが大きい。

 やや不服そうに行為を終えたダイキリは立ち上がると、そのまま自身の衣服を正しこちらへ振り返った。


「――私の望みは家族で……この施設から永久に解放されること。雄犬さん、あの女に負けてここに来たから期待はしてないけど、戦争が終わるまで家族が無事で居る事の方が期待出来ないと思ったから」


 右腕が疼くのだろうか、その言葉や仕草は彼女が受けたこれまでの辛酸を、曖昧な直感となって語り掛けてきている様に見える。

 枷が外されると同時に心臓部へ成された刻印は契約成立の証であり、ダイキリの家族1人ひとり――先程の女の子や彼女達が住んでいた村の民数十人――との契りでもある。

 一息入れていざ救出へと動き出した所へ、牢を出ていった女の子がテスの牢に到着したらしく、現状を映像にして送りつけてきた。

 脳の中で再生されるそれは身の毛がよだつ、悪魔の嬉戯。テスは裸体で拘束され目隠しに猿轡まで。悍ましい出血量とは裏腹に傷1つ見受けられない肉体も、容赦無く引き裂き、抉られていく。叫喚と嘲笑、しかしそれらを軽く凌駕する狂気は、研究者にあった。

 付けた傷を連れ込んだ助手に治させ、また痛めつける。これを各部位で繰り返し、常人には理解し難い存在を満足いくまで探っている様だ。何を思ってか自身が抱く感情を愛と表現し、すっかり逆上せあがって返り血に塗れている。


『――私はね、神になる資格があるんですよ。世界の真理に行き着いてるんです。後は引き当てるだけ、そう、たったそれだけなんです。なのであなたの様な被験者は大変貴重なんですヨォ』


 暴虐にうたれるその身体は、助手の魔法によって常に再生され何事も無かったかの様に傷が塞がっていく。そこを傷付けては治して、また傷付けて。

 次第にテスが衰弱していくのを、弱々しくなっていく彼女の声で測り、生命力さえも魔法によって回復させて、研究者は血みどろの手を止めようとはしなかった。




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