第6話

 テスから忘れろと言われて以来その存在は考えない様にしていた為、ロケットの見た目どころか在り方さえ分からないまま譲る事になる。最も実物は拠点に保管されている筈であり、わざわざアルディラが俺達を呼び出したという事は疑われているという事なのだろう。

 アルディラが話しているのは所有権等といった事ではなく、拠点から姿を消したロケットそのものについてだった。恐らくテスのあの発言は在らぬ疑いをかけられたくなかったら触れるな、という注意だったのだ。

 それにしても一体何故、戦中の遺品1つにそこまで固執するのか。時折言葉を選ぶ様子を見せながら、アルディラは説明する。

 ムカロが回帰派のスパイだった事や回帰派に捕虜を捕られている事、両者の交換を目論んでいた事が明かされて、疑問に突き当たった。そのムカロを殺したのは他でもない彼女だが、選択肢の1つを切り捨ててまで自らの手に掛けなければいけない何かがあった、という事なのか。アルディラはそれに関して、偶に彼の様な人は居るとだけ言うに留めた。

 捕虜交換が遠のいてしまったのは分かった。しかしロケットに固執する理由はまだ聞けていない。戦中にスパイだとバレて捕虜となり命を落とした事で憤る人が居るとすれば、潜り込まれた方の組織くらいだろうか。


「――本来なら遺品1つでこんなに騒いだりしないよ。ただ今は特別でね……向こうから交換の打診があったのさ。それもムカロを指定して」


 そのムカロはもういない。ロケットが相手方に渡れば即刻決裂って事だな。ただ回帰派からの打診は相当珍しいみたいで、掃討派からはどんな形でもいいから穏便にと言われてるそう。穏便って、一応戦争中なんじゃないの? ん、もしかしてこれは探らない方がいいやつかな……。

 いざって時は刑務所の一件をほじくり返せば、と思ったけどどうやらそうも行かない様で、掃討派が後始末で全壊させてしまった後じゃあどうにもならないらしい。

 アルディラはこの機会をみすみす逃すつもりはないと言うが、相手の要求を撥ね除けるどころかこのままでは挑発してしまう格好となる。そんな状況下でも好機へと繋がる策があると言い切れるのは流石リーダーだ。

 この場ではそれ以上話が進展する事は無かった。策についても2人だけでやる事ではないので、後日メンバーを交えてからと。その割には俺を先に追い出した後も彼女達で話し合っていた様だったけど。

 入りたての時は【戦争】の2文字にビビってた自分がいたけど、蓋を開けてみれば前世のそれよりかは緩いのかもしれないな。みんな死にたくないだろうし、俺だってそうだ。

 なのにここへ来て急に雲行きが怪しくなってきた。回帰派との捕虜交換に望む為俺達は指定の場所へ向かっている。ムカロに代わる捕虜を用意して相応の戦力を連ね、交換が済み次第退避する手筈だ。ただこれは捕虜じゃない側の手順で、俺はひたすらに殺されない事を祈るしかない。牢屋に居た回帰派だけでも十分だと思うんだけど、何でアルディラは俺とテスまで加えたんだ。少なくとも俺は回帰派じゃない訳だし、殺されないっていう算段も無しに交ぜたなら風呂場に化けて出てやる。

 魔力は封じられ旧型の装具を羽織った状態で、見窄らしく所定の場に並ぶ。メンバーが基点となり前方へ向けた角錐の結界が張られると、それを見てか程なくしてこちらと同様の一行を引き連れ向かい側から回帰派が姿を現し、いよいよ交換が始まった。

 一見黙々と行われている様だが味方同士耳打ちが交わされる等、いかにもな衝突の兆候を見せる周囲と、俯きすれ違う選別派の捕虜達から安堵が漏れ伝ってくる。中には堪え切れずに涙する人も。

 1人、また1人と結界を出て行く。何か起きるなら最後尾の自分の番か、そう思いながら歩を進めるが結局大事にはならず、交換を終えた選別派は瞬く間に中継地点へ消え去った。

 回帰派の一部から喜声が挙がる。理由はすぐに分かった。今回交換した捕虜の中で間違いなく1番の熱視線を浴び、手錠はすぐさま壊され一時の閉塞から開放された気分になる。しかしそれもほんの束の間、メンバーが話す気運の高まりというものを除け者扱いされるテスに垣間見て、この先に待ち受けるのが修羅道である事を痛感した。



       *     *     *



 力量順に住処を寄せ集めて建築するのが回帰派の伝統。前世でも充分過ぎるほどに見た縦社会を成す一員として本来なら自分の家を構える所だが、テスから半ば強引に自身の家へと招かれそのまま居候する事に。理由を探ってみるものの、彼女は話をはぐらかして真意を語ろうとはしなかった。思い返せば周りからの言葉は役目を終えた仲間と合流、ていう労いより偽物、役に立たないみたいな表現を使う人達が目についたけど、もしかしたらテスはそれを気にしてるのかも。ま、鍛えてもらった身として何があっても守ってやるさ。

 血気盛んな過激派のメンバーはこちらが些細だと思える事でも喧嘩の種にしてしまう。時折家の1階部分にその名残りを、情熱的かつ物狂おしさに満ちた凝血が残している。そんな殺伐とした集団の中心で他派閥の目を憚る事なく大胆に高楼を聳えさせる楼主は、毅然と威力宣揚が出来る程の実力を備えた大物なのだろう。

 今後回帰派で活動する際の明確な方針が伝えられる為、俺達はそのリーダーの元へ。

 機能面を偏重したかの様な作りをした黒光りの御殿。最上階に至るまで窓1つ見ないのは防御面からくる理由以外にも何かがあるのか。テスは知っている様だったがいかんせん立ち止まっていても目的地に着いてしまう造りになっている為、最後まで聞くことは出来ず。

 身長の倍以上もある重扉の前には執事と思しき人影が。開け放されている扉を潜ると丁度話を終え下がっていく人とすれ違う。男の額から噴き出す、心臓をつつかれでもしたかの様な大粒の汗は、一層の気構えを促した。

 しかし、そんなこちらの予想に反し回転椅子に座っていたのは年端のいかない子供だった。無表情、無反応、代わりに彼の意図を汲み取り話すのは側近。グロッグと呼ばれる子供もとい回帰派リーダーはこちらを瞬き1つせず見つめてくる。

 当たり障りの無い会話から入りいよいよ本題へ、というところでふと横目に雫が滴るのが見え、それが隣りで畏縮していたテスの汗だと気付く。衣服の裾諸共硬く拳を握り締め視線を落とす彼女を力付ける事が出来たら――その思いの元に生み出した青毛の猫は、優雅に彼女へ擦り寄る。

 仄かに緩んだ口角を見てこちらも一安心し再びグロッグの方を直視すると、いつの間にか指を刺されていた。ひび割れた真黒な指が自身の体へ吸い込まれていくのを前に、慌てて胸へと手を当てるが既に手遅れ。


『やっとだ、やっと開いてくれたぁ。お兄さんガード固すぎるよー。おまけに魔力まで多いし。指がささっててビックリしたでしょ? みんなそうなるんだよ。――』


 明確に声が聞こえ、人格も割とはっきりとしている。が、側近はあくまでグロッグの言葉ではないと言う。感情を色付け、型取り、声として出す事で会話は成立しているが、グロッグには型取り――言語による形容を意味しているらしい――が出来ず、湧き出た感情をそのまま発声する事は出来てもこちらとの意思の疎通には程遠い為、最低限の型取りを支援する魔法を側近が編み出したとのこと。

 プライバシーは守られるみたいだし話せる様になるだけなら構わないけど、こっちの考えてる事が筒抜けとか洒落にならないから。まあグロッグ本人は垂れ流しになってる事すら気付いてないんだと思う。そうじゃなきゃテスのおっぱいがーとか側近と子作りすればーとか言わんでしょ。

 ただ彼の話はテスの近況と結びつく点がある。元々攻撃的な魔力を出せなかった彼女に回帰派として与えられる役目はその魔力を活かしたスパイだったが、その役目も失敗に終わり、挙げ句情けを掛けられたかの様に送り返されたのだった。家に招かれた為主体性が彼女にある様に見えたが、冷ややかな視線を向けられる中彼女に残されていた選択肢は無いに等しかったようだ。

 そしてそれはこちらも同じ。捕虜交換の成立に貢献出来たのは他でもない即戦力として歓迎されたからであり、俺への指導の実績――数日で魔法を磨かせ戦闘へ備えさせた件――を評価されたテスの元で、これから先ひたすら戦闘へ打ち込む事になるだろう。

 多大な期待に押し出される様にして御殿を後にする。集会所を覗けば昼間から飲めや歌えの大騒ぎで、酔い潰れた者からは平和さえ感じられてしまう程異様な光景だった。

 そんな店の前を通り過ぎようとした時。見覚えのある人物と目が合い、気不味い気持ちになる。片や久しぶりに親戚と再会した少年の如く高揚したかと思えば、咳払いでそれを押し止め平静を装う。

 名刺交換を嗜むストロ――刑務所で一戦交えたあの戦闘狂だ。だがこの印象をみるみる掻き消してしまう人当たりの良さが彼の魅力に見える。


「――まっ賢かったな、スパイのうちに伴侶を仕込んでおくとはよ。お前みてぇな奴ほっつき歩いてたらあっという間だぜほんと」


 伴侶って……いや俺は住まわせてもらってるだけでそこまでの関係じゃあ無いはずだけど。なあテス、何も言い返さないのか。

 一変してこじんまりとした会館へと場を移し、ワイルドな料理を並べて親睦会が始まった。一度殺し合ったにも関わらず会話は弾み、瞬く間に時が過ぎた。


「――こっちは捕虜を返す気なんざ無かったのさ。要は……火種だよ火種。ようやくこの生活が終わると気を緩めた、そんな奴等を丸々淘汰の餌食にしてやったんだよ」


 映像には想定外の場所へとワープし狂戦士に取り囲まれ、パニックに陥る選別派の姿が鮮明に映されていた。メンバーが言っていた気運の高まりとは、詰まる所均衡が崩れるという事のようだ。

 暮らしぶりからそれを感じないのも、全ては蘇槨冤帝憐そかくえんたいれんという魔法のおかげなのだとか。その性質から終極魔法とも呼ばれる蘇槨冤帝憐は、言ってしまえばあの御殿そのものであり回帰派の拠点一帯を守護している。発動、維持に求められるのは魔力のみだが、この魔法の根源には計り知れない程の尊厳や狂気、命が積み重なっているとストロは言った。

 拠点の何処からでも見えるそれは何処か戒めの様にも思えて、振り返ってはみるものの夜空に溶け込み薄まった存在感の中に自分を律するなど不可能だった。








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