第5話

 昼間は慌ただしくしている仲間達も夕飯時は手を止め食卓を共にするのがこの派閥の決まり。食堂には大勢が集まり1日の終わりに豪華な食事で腹を満たしていた。怪我の治療やワープも去ることながら、料理を魔法で出してしまうのには心底驚かされる。というのも転生した俺の設定は世間知らずとなっているのか今やこの程度の魔法は当たり前で、テス達からすれば魔法を使える人の荷物が食料で満たされていた事に驚いたそうだ。

 何万年も前に起きた黔魔革命を境に魔法は飛躍的な進化を遂げ、それまでは水汲みや火起こしと限定的だった魔法も、医療や建築と幅を広げいつしか人々の生活に欠かせないものとなった。


「――その革命の基礎を作り上げたのがノア。彼は今でも信仰の対象になっているわ」


 派閥を問わず一定数の支持を集めるカトラス教は、他の宗教同様今日までの天遣の教養に多大な影響を与えていて、シンの兄キリンも信者の1人。自制心が長けている事は不良のあしらい方からも見てとれる。

 結局クエイル達は脱出前にキリンも連れて行く決断を下した。それが選別派にとって良い選択だったかは定かではないが、少なくとも今、2人が兄弟の時間を紡いでる姿は幸せだろう。

 人の命が絡んだ時の後悔は計り知れないし、そもそも後悔する間も無く奴に撃たれて死んでいた可能性だってある。それに引き上げるのが数分遅ければ瓦礫の下敷きだったらしいじゃないか。これが初任務……はぁ。

 寝床から立ち上がり次に寝床へと着くまでは短く感じる。そして振り返ると尋常ではない密度の1日に、その場その場で役目を果たした過去の自分へ自然と労いの言葉を掛け、今の自分は眠りにつく。誰から返事が来る訳でも無いが闇の中で自分自身を落ち着ける為の一言。しかし前世では事足りていた筈のルーティンも、あれ程の興奮状態に晒された精神には効果が薄い。

 俺を殺しに来い――前世では創作物でこそ聞く機会はあっても、実際に言われる事など無かった。それは法治国家に住んでいた為当然と言えば当然だが、なまりきった細胞達の歓喜に沸く声を直にしてたった一度の殺し合いが脳裏に焼き付き、戦闘を望む自分が生まれたのは認識し難い事実だ。

 枝葉の隙間から差す夜光1つ欠けるだけで、神秘的だった景色が暗闇に飲まれ別空間に思える程。


「私が言ったこと、覚えてくれていた様で何よりだわ」


「ん……そうそう、ここ俺の定位置にしようかなってね」


「――この環境に適応出来ていないのは仕方ない事でしょうけど、とりあえず今日はここが私の定位置でもある事を覚えて」


 苔岩へ座って来る彼女の背中にいつの間にか視線を奪われていた。

 監視役と言いながら今回の任務にテスは同行しなかったが、それは監視の手緩さを表しているのか。或いは彼女の言う俺の立場というものに繋がってくるのか、何も教えてはくれない為真意は計り兼ねる所だが、1つだけ分かったのはこの世界にも知らない方が良い事は沢山あるということ。

 次の出動へ万全を期すようにと言われ通い始めたのは基礎訓練や魔法黔創学、戦術学を扱う学舎。

 生まれ変わってまで勉強なんてしたくはないから、今の自分に足りない魔法の使い方、魔法黔創学だけでもと思って門を叩いた。順番が逆なのは分かってる。でも一応選別派な訳だし、攻撃魔法しか真面に使えませんではその内後ろから刺されて壁に埋められるかもしれない。

――6時間後。

 あらゆる魔法を様々な形式で試したんだ。ダメなんだよ、俺には。回復魔法は完全にまぐれだったし、《絶対逃げられる魔法》は魔法陣が書かれた紙が無かったら発動出来なかった。これじゃあ人一倍強大な魔力も宝の持ち腐れってね。

 蹌踉めきながら部屋を出てへたり込む。傍らに監視役が居るのを横目で確認してから止め処無く溢れる愚痴を聞かせる事により、憂さ晴らしとしての効力は倍増。やっている事が愚かであると自覚するまでに、新たな気疲れを受け止められるだけの容量を空けておかなければならない。

 少しずつ溜め息の比重が増えいっそこのまま溶けてしまおうかという所で、初任務後の出迎え同様無言でグルグル巻きにされ何処かへと引き摺られていく。

 エレベーターで降った先、掘り抜き感際立つ大空間では多くの仲間が鍛錬に励んでいた。ここで最も得意な事を鍛錬しろとテスは言う。


「――攻撃よ。貴方それが得意でしょう?」


「でもさ、既に煙たがってる人が居んのに攻撃色をブンブンしたら、何されるか分かったもんじゃないって」


「過激な少数派のレッテルを貼られたところで、貴方がこの拠点、延いては選別派全体でも指折りの戦力である事に変わりないわ」


 淘汰の只中にある人達への関与を最小限にし、その中で狂戦士や他派閥を相手に選別派としての思想を貫く為には拘束や防御、隠密だけでなく、時に攻撃が必要となる事もある。それは身をもって体験した。こちらに奪うつもりが無くても奪われようとしているなら、同様に力を振りかざし守らなければならない。

 造形を基本として、まずは武器、そして魔障壁からなる防具のイメージを明瞭に具現化する事から。

 前の戦闘で命を落とさずに戦い抜けたのは、恐らく相手の童心とも言える慢心があったからだ。この幸運が続くとは思わない方がいいだろう。

 瞑想の中で次第に雑音が減少していく。集中力が高まっている証だが、裏を返せば向けられた敵意がより際立ち過敏に反応してしまいかねないということ。少し前までは聞こえなかった攻撃的な単語がはっきりと聴こえ、そこから湧き上がる感情が座禅の上に刀を精錬する。

 と、不意に目の前で愚弄され思わず目を開けて確かめると3人の女性の姿が。テス曰く彼女達は掃討派の実力者で定期的に選別派の戦闘指導へと足を運んでいるとのこと。

 意外ではあったが、長らく選別派と掃討派は休戦協定を結んでいて今回の淘汰も形勢は変わらず、2派と回帰派は睨み合いを続けている。過激で相反する思想を持つ掃討派と回帰派の争いが拮抗しているのは、少なからず協定の成立が影響しているのだろう。


「――こんな野蛮で醜い魔力を何の恥ずかしげも無く晒すなんて、とても選ばれた天遣とは思えませんわ」


「――その魔力の持ち主に助けられた人が居るという事を知らない様ね」


「あらあら、惨めですこと。……何方かは存じませんけど、果ては慰み者と相場は決まっておりますわ」


 耳障りな笑い声だ。曲がりなりにも指導者なら取り組んでいる人達の邪魔はしちゃいけないだろ。ん、いや、もしかしたらこれを待っていたのかもしれないけど。

 刀は脚の上で殺意の形を明確にしていた。刃先から鎬へと紅色を深めていき、棟は漆黒。鋒へ行くにつれ枝分かれして入る白い鎬筋はいかにも脆く映るが、固形としての強度は以前と比べるまでもなかった。

 これ以上の助力は不要だと伝えるついでに完成した刀を見せびらかし、あくまで指導者として退いてもらう。3人は最後まで悪態をついて立ち去り、そんな彼女達へ覚えた憤り、嫌悪によって仕上がった武器は鋒から血を啜るのを愉しみにしているよう。だがそれ以上に、隠匿し切れない静かな殺意を漏らしていたのはテス。こちらからの視線に気付いてか、飲み物を買って来ると言いエレベーターへと乗り込んでいった。

 片手は即座に魔法を放てるよう1振りのみとして、一度気持ちを整えてから次は装具というところ。テスと入れ違いで歩み寄ってきたのは子供心丸出しで刀に興味を示すシンと、彼を基礎訓練の復習へ連れて来たというキリン。そしてもう1人女性の姿。スカイと名乗る彼女はシンへの寵愛極まる下支えっぷりが目を引くが、更に目立つのは他者への冷徹さ。誰が居ようとそこは2人だけの空間であり、僅かでも入ってしまえば警告音が生温く感じられる程の眼光に射抜かれる。

 仲睦まじく鍛錬へ繰り出す2人をキリンと黙って見送る。


「――流石にもう話してもいいよな……」


「うむ……シンを支えてくれるのは俺としても有難いんだが、揉め事に巻き込まれない様祈るばかりだ」


 彼女ならどんな相手も論破してしまいそうな気はするけど、暴力沙汰になったらシンはまだ頼りないかも。

 彼等の過去についてはいざ知らず、唯一の家族だという弟を気にかけるその姿は、忘れていたいつかの記憶を朧げながらに呼び起こす。

 感覚程度に蘇る映像化も出来ない程の記憶。そこから伝い、掘り起こそうとする内にぼうっとしていたらしく、その事実を冷え切ったボトルに教えられる。2人分の飲み物を持って戻って来たテスだったが、彼女の目にはサボっていると映ったのだろう。頬に押し付けられた1つはキリンへと渡った。実際シンの方が壮絶な鍛錬を積んでいて、こちらは話しているだけだ。

 グダグダ続けても効率悪いし、今日の所はこれくらいで。どうせしばらくは通い詰める事になるんだろうし、未来の俺が少しでも多く経験値を得られる様に努力しないとな。自販機から『朝露1番滴リ』を買って飲むのもその一環で、俺の新しいルーティンだ。

 テスは必ず監視役だからと飲酒を断る。今日も例に漏れず部屋までの間にある唯一の自販機を素通り。俺は酒をルーティンに組み込んだ事を早くも後悔している。心なしかいつもより彼女の歩速が速い。

 鍛錬を早々に切り上げた理由――それはアルディラに呼び出されたから。任務にせよ説教にせよ酒を飲んでから彼女の部屋へ乗り込む訳にはいかない。

 他と何の変哲も無い外観だが内装は彼女のこだわりを感じる。場所毎に不思議な世界観を展開する置物が据えられ、全体として見れば決して統一感は無いこの部屋に、ほんの僅かな心地良さを覚えるのは片隅で薫かれているお香が原因だろう。

 招き入れられ見回して、次に気になったのはたった2人という点。


「――君達……特にケイタ君なんだけど、ムカロと話した時の事覚えてるかい?」


「そりゃあ忘れられない様にしてくれた人が居るし」


「――良かった。彼のロケットを間接的に譲り受けた君ならと思ったんだよ。もし持っているなら……渡してくれないかな」







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