第4話

「この先だね、レベル3の房は。新入りケイタ君の為に先に言っておくと、ここからはより高い魔法耐性を持った奴等が混ざってくるから気をつけてね」


「――補足します。レベル3の房には死刑や終身刑を言い渡された囚人がいて、その中には魔法を悪用し天遣としての肉体を捨てた者達、通称堕天も含まれているんです」


 天遣としての肉体を捨てた者、ね。狂戦士同士は基本お互いを攻撃しあったりしないから、この先に居る普通の状態の奴等を上手く狂戦士と戦わせるか、そうじゃなければ分厚い壁を作って足止めするくらいしか思いつかないな。でも普通か狂戦士かなんて見た目だけじゃあ判断出来ないし、壁作ったら俺達にも弊害が出かねないし……。

 結局手立てを見出せないまま、2人に頼る形でレベル3のエリアへと足を踏み入れた。そしてすぐに堕天の脅威を目の当たりにする。

 床や壁、天井にまで付いた鋭い3本線の爪痕は魔法を使用せずにつけられるとは到底思えないもので、通路と牢を隔てていた壁材は無惨にも壊されていた。死体も散見されるがそのどれもが人型で、堕天と称される様な特徴を持ってはいない。代わりにその死体は自らが猛襲を受けた証拠を身体に色濃く残していた。

 この惨状の当事者の内少なくとも1人は牢で身を潜めている。数少ない無傷の牢、その1つの扉を開け中へ。そこに居たのはこの部屋の囚人とやらかした新人、シン。供給された食料を摘みながら楽しそうに過ごしていた様だ。

 あれ程の凄惨さを目の当たりにした事もあって、何事も無く1人目と合流でき一安心する。ひたすらに頭を下げて謝ってくる彼への叱責は、残りのメンバーと拠点に帰るまで保留となった。

 残りのメンバーの救助に向かう為、一時の安全を捨てようと扉に手を掛けた時。思い詰めた様に新人の彼が話を切り出し、その想いの有りっ丈をこちらにぶつけた後、場は少しの間、静寂が訪れるのを確認するかの様に沈黙。

 そうか、この囚人彼の兄だったのか。何をやって捕まったかはこの際どうでもいいけど、重犯罪者な事には変わりないからな。仮に淘汰の間だけ牢から出してやれたとしても、終わればまた牢の中。しかも俺達まで収監されかねないだろ。


「――このままここでいたら彼奴らと一緒に殺されるんだろ? 兄貴は何も悪くないんだ。頼むよ……!」


 『彼奴らと一緒に殺される』――どうやらこれは前例からくる言葉らしい。堕天が本能のままにその力を振るい地上を制圧する様な事態を避けるべく、こういった件において先駆者達は堕天をその場で処刑出来るよう法の整備を進めた。しかし前回の淘汰では情報の共有にスパイが絡み、結果として派閥同士の大規模な戦闘へと発展して、天命派等多くの人が巻き込まれ、派閥の垣根を超えて協力する難しさが浮き彫りになった。今回からは回帰派の関与が限定され、情報は選別派、後処理は掃討派が担う事になったというが、敵対派閥間の取り決めが戦争中に守られると思えないのも無理はない。

 どうしてもと縋るシンを見て何を閃いたのか、クエイルはセブンスを連れ他のメンバーを助けに行って来ると言い出し、有無を言わさず牢を出て行く。依然として訴えてくるシンに対して不可能である旨を伝え宥めてみるが、彼には逆効果な様で堕天を倒せばと息巻く始末。

 俺が思うのは、堕天になる様な人達は無知から確信犯等様々だろうけど、ほぼ全ての人に当てはまるのは探究心があって、それが魔力の純粋さに結びついているんじゃないかってこと。彼等が元々何色の魔力を持っていたかは知らないけど、魔力の権化とも言える彼等の肉体に返り討ちにされる未来は簡単に想像出来るよ。


「――シン、お前の貧弱な魔力では奴等を吠えさせるのが関の山だ」


 痛烈。そして的確。まあ兄弟を想う気持ちは痛い程良く分かるから、出来れば何とかしてやりたいんだけど。


 ――コンコン


 あれ、意外と早かったな。別にトイレじゃないんだから扉のノックは要らな――


「こんちはー。回帰派でーす」


 バン!!


 扉の前に立っていたのは見知らぬ男。挨拶終わりに放たれた銃弾は俺へと向けられていた。あまりにも突然で装具に目一杯魔力を込める事しか出来なかったが、一呼吸置いて眉間に残る熱と冷や汗から生きている事を実感する。

 いま……下手したら、死んでた。運が良かったんだ。


「お、やっぱ死なないなぁ。ィエラムのおっさんが言った通りだわ――」


 男の口振りから察するに、ィエラムってのはあのワープ魔法使いか。いやそんな事よりあんな銃声を響かせたら堕天が、寄って……こない。

 鼓膜に痛みすら覚える程の轟音だった。既に地響きや雄叫びが聞こえていてもおかしくない。まさか、こいつが……。

 男は得意気に自身の目的を語る。堕天との戦闘、そして明確な決着。法の範囲内でこれを行える機会があると知り、ポルダンからわざわざワープでやってきた。既に目的は果たし今している事は物の序で、回帰派の思想に基づく理性的な天遣の排除だと言う。

 戦争だから、殺し合うのは当然の事だけど、けどこいつは……何か違う。多分こいつは、自身以上の存在を求めてるんだ。自らの力を誇示し続ける為に戦闘を挑み、自分が強者である事を確認する。さっきの銃弾を成す魔力はその余韻に過ぎないんだろう。淘汰中の人達と近い行動原理を持ってるのは、流石回帰派と言ったところだな。


「――まっ安心するといい、ケイタ。お前を今日のデザートに据えてやるからよ。そんでもってお前等はー、皿か?」


 バン!


 2度目の銃声がこだました直後、飛び退る男を中心としてドーム状に刑務所が崩壊する。


「――お前……今撃たなかったら、ィエラムのおっさんの顔に泥を塗るとこだったんだぜぇ」


 知ったこっちゃない。これから殺し合うってのに第三者の事なんか頭に入って来る筈も無い。

 咄嗟に真似たアルディラの拳銃。辛うじてそれが銃だと分かる程度には造形出来ているが、あくまでこれは手の上だからであって、自身の周囲に機銃を展開する男に対応し真似てみれば、不恰好になるのは当たり前。前世の記憶をも魔力造形のアイデアとして、戦闘力を補い勢いよく土煙を飛び出す。その先へ回り込んだ自身の優位を、自ら投げ打つ様に雄叫びを上げ突っ込んでくる男の手には刀剣が。刹那の攻防は火花を散らし、鋒が頬を掠めた感触に一層血の気が勝る。

 先回りされるのは、俺の居場所がバレてるからだ。奴程の戦闘経験は俺には無いけど、もしかしたら自分の魔力を放ってソナーみたいな事が出来るのかもしれない。とりあえずこれも試してみよう。……ん、奴は映らないけど物陰に数人いる。多分クエイル達だな。


「――上手いことやるもんだな。真似事ばっかでここまでとは感心するわ、ほんと。けどよぉ、そのまま戦うってんならお前、俺を超える前に死ぬぞ」


 今の俺はその場凌ぎで奴を真似るのが精一杯だ。魔力も無限じゃない。だから奴を倒すのではなく、奴の気を引く。仲間が流れ弾を受けたりしないよう近接戦に持ち込めば、戦ってる間にクエイル達が何とかしてくれるはず。

 二刀、鎧、自立型の盾。こちらから近接戦を仕掛ける意志を見せると薄笑いを浮かべ、同様に武装する男。発現させた刀や装衣の輪郭は判然し、盾に対抗してか短刀が周囲を飛び回る。

 それらの威圧を跳ね除け怨念渦巻く地を蹴り出し、純粋な悪意に挑んでいく。舞い上がる塵を払い幾度と無く殺意を射ってくる短剣と、ぶつかっては赤熱の魔力残滓を散らす盾。その攻防の中心で血に飢えた獣との一騎打ち。刃こぼれを、盾の消失を、鎧の破損を補う度に消費する魔力は経験した事の無い速さで減っていき、焦燥感が一段と視野を狭める。食らわせ得る喜悦は一瞬。食らった痛みは数刻。だからこそ喜悦を求め痛みを紛らわす。

 拘束が切れた狂戦士も次第に引き寄せられて来るが、崩落した部分から躊躇無く飛び掛かる相手に手を出さないのは、今出来る唯一の配慮だ。宙に浮いていなければ、怨霊が如くこちらの生へと手を伸ばす同族達に食い殺されるだろう。

 男の高笑いが響く。


「――雑兵なんざ捨て置け! 昂ってきてるだろ。荒ぶってきてるだろ。魔力に乗せて俺を殺しに来い!」


 挑発1つに食い付く細胞は数知れず。しかし、全てではなかった。深呼吸をしてから魔法陣を展開し、これ以上戦う気が無い事を示す。


「――悪いけど、今日はお開きってことで」


 男が引き止めようと向かって来るが、一切の敵意と隔絶される選別派の秘技、《絶対逃げられる魔法》は発動と同時に白光で視界を覆った。そして光が弾けると拠点前で滝に打たれていた。

 予想外だ。ヤバい、い、息が……。

 再び白い光に包まれようかという所で水から引きずり出されると、息注ぐ暇も無く腹を踏み付けられる。出迎えてくれたのはテス。彼女の助力を得て拠点内へ帰ると立ち所に治療が始まる。


「――異物除去、自然治癒力向上、魔力回復ってトコかなー。はい完璧、これ飲んで!」


「――うま〜!」


 うん、五臓六腑に染み渡る! 任務の後の一杯は格別だな。

 その後クエイル達の姿を確認した時は上手くいったんだと安堵で一杯だった。任務としては生存者8人という結果に終わり、俺としてはこれで良かったんだと自分に言い聞かせている。お仕置き部屋からする叫び声がシンのものだと分かった時は縮み上がったけど、彼に嬉々としてお仕置きするアルディラには俺の肛門が守銭奴の財布よりも引き締まったね。まあシンには弟思いの兄が居るし、他人の心配をするくらいならむしろ自分の身を案じているべきかもしれない。








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