第3話

 漸くひと段落ついた所で、未だに痺れているテスを担ぎ上げて何となくの方向へと歩き始める。魔法を自在に操る事が出来れば今頃彼女の麻痺は解け、もしかしたらこちらが担がれていたかもしれない。

 覚束無い喋りで急かされ辿り着いたのは、街のはずれにある小高い森林。その獣道を、所々色付けされた小さな芝花を目印にして進んでいく。正直ここまで本格的に拠点を構えているとは思わなかった。基本自分の家に居て、要請があった時は外で活動するみたいなのを想像してたんだけど。

 暫くすると沢に行き着いた。自然神が姿を見せてもおかしくない、そんな幻想的な光景を前に思わず息を呑む。テスにとっては見慣れたものなのだろう、早く進めと金的をちらつかせ急かしてくる。こういうのは一発目の感動を大切にしたいんだけど、怪我人に言われては仕方ないな。

 渓流瀑の裏には扉があり、地下へと続く階段が。洞窟は魔力による灯りで微弱ながら照らされ、滴る水が足下を滑りやすくしている。踏み外さないよう慎重に階段を下り、広間へ足を踏み入れるや否や。


「はいゴメンねー」


       ―――――――――――――


 ……――うーん、ん? あれ、何処だここ。確かさっきまでテスを担いで、えーと――


「お、目が覚めたな。あんたもしくじった口か?」


「しくじる? いやぁ……人助けをしただけの筈なんだけど」


 ここ、牢屋か。手錠をがっちり嵌められて薄汚い石畳の上に放られてる。それでも彼の様に、移動を封じられていないだけマシだな。まったく、どうなってるんだ。

 選別派を嘲笑うこの男ムカロは回帰派に属し、それを伏せここへ潜入していたが正体が暴かれて牢屋に捕らえられてしまったとのこと。戦争というだけあって他派閥へスパイを送り込むくらいは珍しくない様だ。


「――あんた、今のところ無派閥らしいな。……選別派はいけ好かねー奴等ばかりだ。自分達がまるで天遣ではない、天遣よりも崇高な存在であるかの様に振る舞いやがる。いっそ掃討派の方が清々しいがな」


 本能に重きを置く回帰派は当然掃討派と対立する。掃討派は殴り合う人々を消し、回帰派はそういった人達に魔法を用いている人を消す。掃討派からは本能的な天遣を匿っている様に映り、回帰派からは理性的な為攻撃対象とされる――恐らく選別派が最も窮屈だろう。

 そんなテス達に負けないくらい窮屈な思いをして、俺はいつまでこんなとこに居なきゃならないんだ? 感を根拠に出れるなんて慰められてもなあ。


「――ここで会ったのも何かの縁だ。俺のペンダントも奴等に取り上げられちまったんだが、見つけたら……あんた持ってくといい」


「いいのか? 大切な物なら――」


 不意に牢の前へ1人の女が姿を見せる。ムカロの表情は厭悪に満ちていた。


「……外道が」


 彼の言葉を掻き消す様に響いた銃声。琥珀のレーザーが彼の頭を貫通する様にただただ唖然とする。まさか次は自分か。そんな考えさえも過ぎろうかという所で、女は牢を開け近づいてきた。

 何も言ってこないけど手錠を外してくれたって事は、少なくともこの場で殺されたりはしないらしいな。それにしても対魔法装具着てるから大丈夫だと思ってたのに、気がつけば牢屋の中とは。もしかしてこの装具、ただ重いだけか?

 話し声のする方へ無言で誘導される。行く先では活発な議論が交わされていて、俺達が遭遇したワープ魔法を使う男も話題になっていた。


「――キタねキタね、テスの命の恩人! 果たして善人か悪人か?!」


「善人だからアルと一緒に出てきたんじゃないかな。あ、さっきは突然眠らせて悪かったね」


「旧型の装具に魔力も込めないで着てる方が悪いのよ。貴方、いい加減それ脱いだら?」


 選別派の拠点。まるで蟻の巣の様に部屋が張り巡らされ、設備において生活に困る事は無さそうに見える。中枢となるここ、会議室では方々の地図や通信用の魔力結晶を用い、人々が集まって作戦を練っていた。

 促されるまま円卓を囲む輪に加わり、一同が彼女からの言葉を待つ。当然最初は俺の事から。テスから既に仔細は共有されていたらしく、初めての発言は選別派として活動するか否か、この2択に分かれていた。目の前で捕虜の処刑を見せられた後では尚更断る理由など浮ぶはずもなく、俺は選別派の新人として迎え入れられた。

 説明会の時点で薄々こうなる事は勘付いていたけど、いざ自分が戦争に加担するとなったら、いつ死ぬか分からないという恐怖が湧き上がってくる。これを抑える為に転生出来るという事実に縋るのは、仕方のない事じゃないかな。

 作戦は常に複数立案されているらしいが、選別派としての俺の初任務はテス達と同時期に作戦へと出撃し帰還が困難になってしまったメンバーの救助とのこと。突発的に始まる淘汰の周期は天遣の寿命よりも長く、始まってみないと自分がどっちかは解らない上、事前に戦闘訓練を受けるかも派閥毎に異なる。なのでこういった事はよく起こるそうだ。


「助けない方がいいんじゃないかと思うけど。いやだって、新たに仲間を死の危険に晒す訳でしょ? 人数が限られているなら見限って――」


「人数が限られているからこそ、だよ。この派閥にはね、1人たりとも切り捨てていい戦力は存在しないんだ」


 リーダーのアルディラが言うなら今はそっちに合わせておこう。新参者よりこの組織を知っているだろうし、何よりまだ死にたくない。

 作戦決行は明日。疲労を取り除く為早々に寝床へ横たわる。僅か数時間でも解る、前世とは比べ物にならない経験の密度。そしてその世界で胸を躍らせ、次なる出来事に巻き込まれていくのを待ち望む自分が居る。

 目をつぶれば直ぐにでも寝れる気がして、早く明日を迎えようと視覚情報を絶てば案の定迫る睡魔。それを、鮮明な銃声と血飛沫に邪魔されて眠気が吹き飛ぶ。

 ダメだ……寝れない。こんな時は夜風にでも当たって気持ちを落ち着かせるのがいいんだ。前世では何時もこうしていたけど、排気ガスに塗れた大都会の喧騒の中と、マイナスイオンたっぷりの森林とでは全く気分が異なる。例えるならそう、納豆とマリネくらいの差だな。

 夜の帳の中で高まりつつあった睡眠欲も、再び妨害を受け散る事になった。見ず知らずの相手を拠点まで招いてしまうのは本来なら望ましくない事であり、それをしてしまったテスは俺の監視役を任されたそうだ。監視している事を明かしてくれたのは、面倒を起こさぬ様にという予防の意図があったのだろう。


「――それと、牢でムカロから聞いた事は今夜中に忘れておきなさい。ペンダントの件は特にね」


「そんな都合の良い頭してたらとっくに寝てるっての」


「…………貴方、自分の立場を理解していないのね」


 立場って、何だよ。新入りだから先輩に気を利かせろって事か。いや、戦争中にそんな事言う筈ないよな。まあここは大人しく拠点内に戻ってもう一度明日の作戦資料に目を通しておこう。

 そういえばあのおじ様が言ってたポルダンって……ああ、意外と近いな。2つ隣りの街か。ワープが小規模な魔法に入るのか気になるところだけど、多分魔法も魔法で発展してきてるんだろう。ま、その内会いに行ってみよっかな。

 寝るまでは長く感じる事もあるが、起きる時はあっという間。支度を済ませ部屋を出れば、慣れない状況が出迎えてくれる。

 家から着てきた旧型の装具に変わり何とも小ぢんまりとしたブレスレットを手渡され、使い方を習っている内に出撃間近。微量とはいえこの魔障壁装具は常に魔力を吸い取る為、初めは倦怠感を伴う厄介者だが要領を把握出来ればその防御範囲は旧型を上回るらしい。物理面でさえも。

 十分な睡眠が取れたにも関わらず朝から溜め息が口を吐く。学校なら仮病で休む事も出来たかもしれないが、戦争はそうはいかない。一兵士としての自覚を持つ所からやらなければいけない様だ。

 幸先不安な初任務のメンバーは俺を入れて5人。対して救助する仲間は9人。少数精鋭が救助の基本らしい。


「――今回は相手と連絡も取れてるし状況がはっきりしてるからね。あ、これでも多い方なんだよ」


 俺1人加わるだけで普段起こらない事が起こったりするってのは分かるけども。まあその時は彼――クエイル御自慢の睡眠魔法で対処していただくとして。

 街が近づいてくると風に乗り腐臭が漂ってくる。土や草花の匂い同様、この鼻を突く死臭も変わらず前世を思わせる。

 嫌な記憶に蓋をしながら目的地に着くと、先ずは偵察から。


「内部は既に狂戦士が占拠しています――」


 物資供給を必要とする施設への物資運搬は選別派の重要な役割だ。刑務所もその中の1つだが、淘汰だからと囚人を解放する訳にはいかない。施設内に居る生存者――主にサインを出している理性的天遣――の近くへ食料等を配置し、接触はせずに立ち去るのが物資供給の基本。

 新人がそれを破った挙句魔法の重ねがけをし忘れ、笑い声が地下房に響き渡った結果今回の任務が発生した。二の舞を踏む事の無いよう襟を正して、いざ現場へ。

 狂戦士相手に視覚等の誤魔化しは不可能。つまりここからは戦闘が避けられないって訳で、通路1つ駆ける間にも殺気剥き出しの同族が次々と襲ってくる。先輩の背後につけていても鳥肌が止まらないのは、この先輩がよっぽど頼りないからだな。


「それっ。――あれ、また気付けされちゃったか」


 クエイルの睡眠魔法を食らった狂戦士の内数人は、自身の頬を噛み睡魔を押し退けて前進してくる。

 分岐地点に差し掛かって3対2に分かれても、こちらの先頭は変わらずクエイル。補助にもう1人先輩が居る安心感は、彼女の魔力と引き換えに得られているものだろう。

 代わりたい気持ちは有るけど俺の魔法とは練度が段違いだから、出しゃばって状況を悪化させてしまう可能性はあるよな。せめて後ろだけでもと思って、視認した敵への魔法を練る頃には事が済んでるし。でもまあ彼女――セブンスが何も言ってこないって事はこのままで問題無いんだろうけど。

 地下は3階建て。最も深い階層へ一気に進んでいく。取り残された9人は全員が地下3階で救助を待っているが、浅い階層のメンバーと違い自力で脱出出来ない理由がここにあった。








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