第2話

 向こうで目が覚めた時、野外に放り出されているなんて事の無いようにしてくれと頼んだからな、最初に見えたのが天井で一安心って感じだ。小鳥っぽい鳴き声も聞こえる良い目覚めじゃないか。淘汰戦争の雰囲気は全く伝わって来ないな。

 さてと、まずは諸々の把握からだな。俺の名前はー、ん、無いの? じゃあ前世から取ってケイタで。これまでは1日の大半を魔法の勉強に費やしながら、家で過ごしてきた。年齢はー、数えてないのか。見た目は若く見えるけど。アパートで一人暮らしをしていて家族はいない。自分はこの戦争には参加してなくて、家から1歩も出ず引き篭もれるように食料等最低限の備蓄は済ませてる。引き篭もり始めてからまだ数ヶ月程度。凄いな、数ヶ月程度とか思っちゃうんだもんな。それから、魔法。そうだよ魔法だよ。使えるのはー……うん? 魔法が使う人により姿形を変えるのは、魔力が自身の生写しだからです? 教科書の教えか何かか。まあいいや、とりあえず基礎だっていう魔力の可視化をやってみよう。

 おお、おおお! お、お、おぉぅ。物凄い振動だ。な、何だろ。自分からこんな魔力が出てるのかと思うと感動通り越して怖さを覚える。球体が基本形の1つで、そこから武器や簡単な道具を形作る事が出来るみたいだ。良いね、派手な攻撃魔法とかに憧れるのもあるけど、こういう自分次第みたいな所もまた男心をくすぐるんだよ。さてと、一通り確認も終わったし朝食でも――

 そう思って冷蔵庫を漁ろうと手を伸ばした時だった。猛烈な勢いでドアをこじ開けようとしてくる音に驚いて、恐る恐る玄関へ。少しずつ歪むドアと激しさを増す襲撃に侵入される事を悟り、魔法による応急処置を試みて魔力を練った、その刹那。


「――うおぉぁ!!」


 ドアを蹴破った勢いそのままに接近してくる人影へ、練っていた魔力を咄嗟に突き出した。すると紅黒い一直線の奔流となって相手を巻き込み、天に轟く爆音を響かせて外へと抜けていく。数秒前までと一変、放出されきった魔力の中から傷だらけの状態で姿を表した男は、1歩踏み出す事も出来ずその場に倒れ込んでしまった。

 呆然としつつもこの世界で何が起きているのかを体感し、冷静になって事の重大さに気付く。

 こういう奴等って確か、血の匂いとか物音に敏感なんじゃなかったっけ。そうだよな。凄い音立てながらドアが壊されて、咄嗟に対応したら相手は血塗れ。おまけに自分の魔法も大音量。うん、逃げよう。

 対魔法装具を羽織ってバッグに食料と結界魔法石等使えそうな物を掻き集め、騒がしい玄関先を避けるべく窓から隣の建物の屋根まで魔法で梯子を掛ける。魔法初心者の自分で作ったからこその不安が手足を震えさせるも、梯子に一切欠陥が見られなかった事に安堵して、外の光景を見渡した。

 魔法と科学双方による文明の発展を遂げているであろう事は、並び立つ高層階の建物やタイヤの無いスクーターを見ただけでも確認出来る。

 蒼い空を見慣れているせいで薄灰色の空に凄い違和感を感じるけど、これで昼間なんだな。それにしても、これからどうしよう。いつまでも屋根にいる訳にもいかないし、かと言って行く宛も無いんだよなぁ。うーんと、こんな時は羊でも数えて現実逃避――

 と、昼寝をする為寝転ぼうとした俺の腕時計から、光が出て近くの高層ビルを指し示した。50階程はありそうな建物の15階付近、その一室へと伸びる一筋の光は、救難信号を示す赤。

 俺が行かなきゃダメか。こういうのって周辺の人に無差別に送ってるんだから、俺じゃなくでも……。いや、どうせ行く宛も無いし他に受け取った人がいるとも限らない。ここはやるしかないな。

 顔を軽く叩き気合を入れて、いつの間にか静けさを取り戻した住宅地から光をなぞるように発信源へと向かう。

 下に降りて乗り物に乗った方が速いかもしれないけど、救難信号を発してる人の所に奴等を引き連れて行く訳にはいかない。建物間を渡るついでだ、足場の効率化を図ってみよう。それと足が速くなる魔力の使い方も模索して。そうこうしてる間にビルに到着。高いけど階段を作ればあっという間に目的地だ。

 ガラス越しに部屋の中の様子を窺うと物置のような部屋に1人、体のあちこちに傷を負った女性が座り込んでいた。向こうも見られている事に気付き、窓の鍵を魔法で器用に開けてみせる。


「――見ての通りよ。お願いできる?」


「え、いや、俺回復魔法は……」


「……いいわ、そうだろうと思ってたから。――奴等が入ってくる前にこの場を離れなさい」


 バリケード代わりに棚を倒して扉を押さえてはいるものの、自室へ攻めてこられた時と段違いの荒々しい息遣いと横暴さを目の前に、思考は彼女の傷の事で満たされていた。

 魔力は生写しなんだろ? 回復魔法くらい使ってみせるさ。練り上げた魔力、これを優しく広げるイメージで使えばきっと上手くいく。

 両手を左右に広げると青白い波動が部屋全体を包み、彼女の苦悶は驚きへと変わった。


「――ふぅ、これで……ん、もしかして失敗した?」


「痛み止めに止血、魔力回復を同時に行なって失敗なんて、貴方相当意識高いのね」


 おお、止血という最低限の目標に加えて2つも追加効果が。これは大成功だな。

 聞けば彼女――テスは仲間達と淘汰戦争に参加しているそうで、その目的は扉の前にいる奴等みたく誰彼構わず襲い掛かってくる狂戦士の妨害、又は拘束だそう。理性的な立場から淘汰の管理という役回りに徹し、最終的にはこの戦争が収まった時に狂戦士が優位な地位を確立していない様努めていると。

 で今回、この建物を寝床にしている奴等が居るのを突き止めチームで作戦にあたったけど、予想以上の戦力に返り討ちにされ仲間はほぼ全滅。自身も諦め半分に救難信号を送ったと。


「――外で待機してるはずの別班とも繋がらなかった。貴方が来てくれなかったら死んでたでしょうね」


「回復魔法は正直まぐれだな。あ、ついでにさ、何で狂戦士じゃダメなのかも教えてくれない?」


「天遣の血筋を思えば当然でしょう。あんな人達に子孫を残してほしいと思うの?」


 分からなくもないけど、俺には狂戦士だろうと普通の人達だろうと、何なら派閥に属して淘汰戦争を繰り広げてる人達も皆んな同じに見えるんだよなー。何処がって言われると厳しいけど、自分はあんな風に傷だらけになってまで戦いたくないし、いっそ淘汰なんかなくなっちゃえばいいとすら思うよ。

 テスが突き放す様な鋭い眼差しで睨んでくる。


「貴方、分かってはいたけど掃討派寄りだったのね」


「あ、あのー、掃討派っていうのはー……」


「――本当に何も知らないのね。この戦争を利用して真に理性的な天遣だけを集め子孫を残し、ああやって争っている人々全員を排除しようとする。貴方と近い思想を持つ人達の集まりよ」


 彼女の話では掃討派の他にも、狂戦士のみを篩い落としその他については極力干渉しない選別派、掃討派とは反対に理性的な天遣の排除を謳う回帰派、淘汰を拒み一切外出せずに期間中を過ごして外界と距離を置く人々を括る天命派に分かれているとの事で、テスだけでなくこの国でそういった活動をしている人達の多くは選別派らしい。てか、予想以上にややこしくて不安になってきたんだけど。

 俺が家で放った魔力は彼女からも見えていたようで、あんな攻撃魔法を使う掃討派に回復は無理、万が一出来たとしても助けてもらえるとは限らないと腹を括っていたそう。

 

「――私からも1つ聞くけど、あそこに居る人は貴方の知り合いか何か?」


 テスの視線の先を確かめると、3棟隣りの屋根の上に凝視してくる人影が。


「……んー、テスの仲間じゃないのか? ――もしかして、結構ヤバかったり……」


 猫背で両腕を前に垂らしニヤニヤとこっちを見つめて、まるで何かに取り憑かれてるみたいだ。全身が赤いのは返り血か。乾いた血の上を血が滴るとか見た事無い絵面だ。

 建物間を悠々と飛び越え、のそのそとした足取りで迫る男。


「――去りなさい。――無知な貴方の為でなく彼の為に言ってるの」


 流石にはいそうですかって引き下がる訳にはいかないでしょ。いや別に彼奴を倒したいとかいう事ではなくて、1人で逃げたら引きずりかねないから。それに異常が見られるというなら尚更2人で挑むべきだよね。

 全く駆け寄ってくる素振りを見せないあたりも、彼女が言う異常の1つなんだろう。衝動に駆られている他の人々よりも理性が伴っている様に見える。


「――はぁ、1人で戦おうってのか? えーと……と、とにかく俺もテスじゃなく彼奴の為に言ってるんだよっと!」


「……下手ね」


 先手を取るべく放った網状の拘束魔法擬きはあっさりと命中。俺の話術が下手かどうか(或いは同時に状態異常を付与出来なかった体たらく)はさておき、捕獲出来た此奴をテスは拠点に連れ帰ると言う。

 言われるがまま網を袋へ変え眠らせた上で担ぎ、拠点とやらへ向けて進み始めた、その時。真後ろから突如発せられた不気味な魔力に反射的に振り返る。すると何処から現れたのか、男が1人こちらを見つめ立っていた。

 今のところ殺気は感じないけどこの距離感、いつやられてもおかしくはないな。ばっちり目が合ってるけど一体何の用なんだ。


「――ああ悪い、つい見惚れてしまった。お前の様な男が居ると気が散っていかんな」


 ダンディなおじ様だこと。殺気立っていたのは寧ろ此方側だったかもしれないな。現に約1名、魔力を練り上げて臨戦態勢をとっている。


「――その袋の中に居る者を此方に渡して貰おう」


「悪いわね。お断りするわ」


「すまないが其方に選択肢は無い」


 なら力ずくでと言わんばかりに、テスは雷鳴を轟かせ電撃を放った。しかしそれは彼が右手に開いた紫紺の渦へ、宙を不規則に伝うのを止めて吸い込まれてしまう。

 そして唖然とするテスの頭上から彼女一点に降り注いだ。強力な麻痺を受けその場に倒れ込んでしまう彼女を、俺はただ固まって見ている事しか出来ない。


「――拘束系統で殺傷能力のかけらも無い、実に選別派らしい魔法だ」


 話しながらしれっと袋に手を出して来るもんだから、ついつい中身を明け渡してしまう。テスが麻痺しながらも鋭く睨んでくるけど、恐らくこのおじ様をだよな?

 で、そのおじ様からもまた熱い視線を貰っているんだが。


「――お前は……そうか。初めて会うな。私達はポルダンに居る。また会える事を楽しみにしている」


 そう言って彼はワープホールへ入っていった。






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