黒龍にそぐわぬ神の座

Ottack

第1話

 俺は昨日、てるてる坊主に晴れさせてほしいと何度も願った。なぜかと言えば今日は人生初、彼女とのデート! 綿密にデートプランを練って、この日の為にバイト代を貯金して、ほんの少しキスの練習をしたりして今日を待ち望んだ。てるてる坊主もこんな俺を不憫に思ったのか、空には雲一つない晴天が広がっている。ナイス! ありがとうてるてる坊主様。


 多少のイレギュラーは付き物だと思っていたから、そのあたりのケアもバッチリしてある。流石に彼女の男友達と出会してしまって、2人が仲良さそうに話しているのを見た時は禿げるかと思ったけど。カラオケ、回転寿司、観覧車――とても順調にデートは進んだ。


 楽しかった時間もいよいよクライマックス。カップルの間では定番の公園、そこベンチに座って夜を満喫するのが無難だよな。


「今日はありがとね、すごい楽しかった」


「あーあっはは、そりゃ良かった。デートプランなんて組んだこと無かったからさ――」


 とりあえず上手くいったって事でいいのかな。彼女の笑顔を1日中見れてたし、そういう事にしておこう。


 彼女の肩をそっと抱き寄せると、髪からなのか服からなのかうなじからなのか、香りに逆上せてしまいそうになる。とても良い雰囲気に、俺は彼女の方を見た。


 目を閉じて俺に寄り掛かる彼女。その向こう、2人だけの空間をぶち壊す気満々で突っ立つ男と目が合い、一瞬にして甘い夢から覚めてしまう。


「ん、何のようだ? 見ての通りで今取り込み中なんだけど」


 冬でもないのにネックウォーマーを鼻上まで被って、カップルの隣りでだんまりを決め込むとはいい度胸だ。おかげで周りの視線が集まってる気がする。


 どうやら男は彼女の知り合いらしく、俺を睨み付けていた視線はおどおどし始めた彼女へ向けられた。何を言う訳でも無く男がポケットから手を出すと、握りしめていたのは街灯の光を鈍く反射する刃物。


 え? あ、マズい――……


 咄嗟に2人の間へと割って入り、為す術も無く何度も刺される。相手の目的が彼女だとしたら、そう思うと倒れる訳にはいかなかった。身体に伝わる衝撃と激痛。薄れゆく意識の中で最後まで立ちはだかり続け――


「――うーん……ここは……ま、舞は?!」


 気がつくと公園でも病院でもなく、ただただ真っ白な空間にいた。


 何なんだよここは。全方位が真っ白すぎて感覚がおかしくなりそうだ。


「おやおやー、目が覚めたよーだね。うんうん。お兄ちゃんね、早速で悪いけど死んでるからね。転生か2周目か選んじゃってよ」


 は? 転生……2週目、いやいや俺死んでるの?! 嘘でしょ、だって俺まだセックスどころかキスもしてないのに。この爺さん適当抜かしてるんじゃ……。いや、よくよく考えてみれば刺し傷が無くなってるし、彼女も居なくなってるし、こんな真っ白な空間に爺さんと2人きりだし。はは、まさか童貞のまま人生終わるとは思わなかったなー……はぁ。


 生き返るという選択肢は無さそうだから、本当にこの2択から選ぶしかないんだな。ここに残れるのかもしれないけど何も無い所でいるのもアレだし、折角なら転生してみようか。


「――はいはーい。それじゃ説明会の会場に飛ばすからねー。ばいばーい」


 老人がそう言うや否や、足下に突如穴が開き容赦無く落とされる。光と闇の概念が無いのか、穴の中まで均一に真っ白。ジェットコースターと同じくらいの時間螺旋状に滑り続けて行き着いた会場には、上下左右、奥の方まで数え切れない程のブースが存在していた。


 すげぇな。このどうやって浮いてるのか分からない階段とか、明らかに人間とは違う種族とか、ゲームとかでしか見た事無かったから興奮してしまうな。 山のようにあるブースも出来れば全部回りたいけど、1つひとつ巡ってたら馬鹿みたいに時間掛かるんだろうな。いや、この世界には時間すら存在しないのかもしれないけど。


 とりあえず一番近くのブースで話を聞いてみよう。


「おーう、来ると思ってたぜ。当ててやろうか、目の前だからとりあえず聴きに来たんだろ?」


 うぉーすごい大当たりだ。まあ一発目にわざわざ鬼を迂回してまで後ろに見える巨乳エルフを尋ねる勇気は、俺には無いからな。


「――で、鬼の世界はどんななんだ?」


「見ての通り、四六時中酒を呑んでてんやわんやの大騒ぎよ。鬼として転生すんなら間違い無くここがいいだろうな」


 空間の歪みに鬼の世界が映り込み、言葉通りかそれ以上のお祭り騒ぎをしている様子が確認出来る。


 確かに鬼を選ぶならここも悪くないけど、彼の口振りからして他にも同じ様な世界があるんだろう。転生する種族を決めていたとしても、結局歩き回る事になりそうだ。


「――奥に行くなら灰色までにしとく事を勧めるぜ。ここらとは比べもんになんねー世界が出てっからな。他の鬼なんかは悪魔達と肩を並べてそこらにいんのさ」


 適当にブースが出てるのかと思ったら、世界のヤバさが位置と関係してたのか。それなら最前列にこの鬼がいるのも分かる気がする。


 理想にハマりそうな世界を見ていくけど、中々しっくり来るのが無い。俺が譲れない条件としては、人型の身体である事、魔法が使える事、サバイバルに近い環境を強いられる世界である事、セックスが出来る事、後世に語り継がれる様な人生を送れるチャンスがある事だ。身体は、ずっと人間だったってのもあるが人型の方が何かと楽だと思うし、魔法は絶対使いたい。自分からサバイバルしに行くんじゃなくて強いられるのが重要。人生を約束されてはつまらないからチャンスだけで充分。セックスは言わずもがなってやつだ。


「――い、一箇所だけ、思い当たる節がありますけど……」


「マジか!?」


 いやーようやく見つかりそうだ。時計とか無いから分からんけど、軽く2時間くらいは歩き回った気がする。体が疲れる事は無いけど、気疲れはしてるかも。そんな俺を見て彼女は心当たりがあると言うブースまでワープさせてくれると言い出した。ありがとうサキュバスちゃん!


 手を叩けばワープすると言う彼女は、両腕を前に上げる際わざと上腕で自信の胸を寄せ、こちらに見せつけてきた。ついつい視線を奪われてしまうと控えめな笑いが聞こえてくる。


「――ご馳走様です♪」


 そう言って彼女は手を叩き、光に包まれた俺は瞬く間に別のブースへ。


 目の前で人が寝ている。いやそれより、さっきまで真っ白だったのに一瞬で真っ黒じゃないか。悪魔やドラゴンだけじゃない、全く知らない種族も沢山いる。俺そんな奥に飛ばされたの?


 遠方からでもあらゆる手段を使いまるで客引きの様に語りかけてくる。タチの悪さで言えば客引き以上。知らん所からテレパシー使われるとか白い方では一切無かったけどな。


「――ふがっ、あ……な、なんだぁ夢か。ん、お? おおおお!? うちに来てくれたんだよね、座って座って!」


 サキュバスちゃんが騙してくるとも考えにくいし、まずは話を聞いてみるとしよう。


 彼が言うには限り無く地球に似ていて、今まで俺が居た世界に小規模な魔法を加え発展したイメージらしい。種族も人間に近く、不自由することは無いだろうとのこと。おまけに生き方次第でハーレムを築く事も夢ではないときた。今のところ好条件だ。


「――残念ながら勇者の剣で魔王と戦えはしないけど、人によってはそれ以上に楽しい環境だと保証するから」


「確かにハーレムや魔法、人に近い体があれば楽しい人生が送れそうだな」


「うんうん、そうだろうそうだろう! しかも、今なら何と同族達による狂れた淘汰戦争まで付いてくるぞ」


 ……待て待て手放しで喜べなくなった。淘汰、『戦争』? 戦争が起きてる所だったのか。しかも淘汰って事は同族である限り99パーセント巻き込まれるだろ。そしてそこを勝ち抜かない限りハーレムは手に入らない。え、マジで言ってる?


 唖然とする俺の前に淘汰戦争の様子が映し出された。地獄絵図だ。男同士女同士で目が合わなくとも姿を見ただけで殴り合いの噛みつき合い。物音や血の匂いが更に他の奴等を呼び寄せて、一度戦闘が始まれば絶え間無く血飛沫が飛び散る。


 落ち着いて考えるんだ俺。セックスはそのうち何とかなるだろう。人型の体で魔法を使うだけならここじゃなくてもいい気はするし、サバイバルは……いや確かにこれもサバイバルなんだろうけど。


「そうだ、後世に語り継がれる様な存在になる事は出来るのか? ああ淘汰戦争で勝ち抜く以外で」


「……君の決断1つでどうとでもなるからね。相当な苦労は覚悟してよ?」


 楽な道が無い事は覚悟の上さ。2度目の人生だと思えばどんな汚れ仕事でも出来そうな気がするし、美女とのハーレムを勝ち取る為なら例え火の中水の中、突貫して見せよう。


 この世界の人々がひたすらに本能で淘汰を図っている中で、その輪から外れ理性的に生きる。目立ちやすい生き方だし、名を残すチャンスがそこに眠ってるって訳だ。


 とはいえ一体どうすればいいんだろうな。狂った奴等には恩もくそも無いだろうからなあ。理性的な人と出会えればいいんだけど、最悪その戦争とやらに加わるしかなさそうだ。


「――理性的な人も居るけど、その全員が戦えるって訳ではないんだよ。君が魔力を持って産まれたいというならそうするけど、気をつけてね? 世界を滅ぼす様な真似だけはしないでよ?」


 もちろん。魔王になりたいならこの世界じゃなくて、もっと奥の世界を見て回るさ。まあ最も、小規模な魔法ってのでそれ程の事が出来るとも思えないけど。


 よし決めた、ここにしよう。と言い切る前に手続きが始まりとんとん拍子で門の前へ。転生を間近に湧いてくる気持ちは好奇一色、とまではいかないが、地球で暮らしている自分の周りでは起こり得なかった出来事の数々を想像して、俺は新たな人生へと踏み出した。





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