第八話 待て、シャイロック<前編>
「分離……?」
「はい。ゲルリッツ=カデンツ家は元々、カデンツ王家の一族だったのです。現在の国王の曽祖父にあたるバリエル二世の甥であるズゴジェレツ伯の次男が、一五〇年前の『王冠-内-戦い』において……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、准尉。知っていると思うが私はこの国に来たばかりだ。そう言葉だけで言われても整理がつかん」
ルファルは慌ててメイリアを止めた。いくら半年経ったとはいえ、言葉がおぼつかない状況なのに変わりはない。さっき彼女が口走った『王冠-内-戦い』もきっと「王家の内紛」と言いたいのだろう。だが、そのように頻繁に解釈が立ち止まっていては、解ける謎も解くことはできない。
「……それに、これ以上は話が長くなりそうだ。明日、個人的にこの話は君から聞くことにしよう。ゲルリッツさん、書物は我々書誌隊が責任を持って預かります。
それから、その真贋判定もお任せください。そして、真贋が判定した後の――主に本物と判明した場合ですが――対処につきましては、文部卿と相談の上、後日お知らせいたします」
そう言うと、ルファルはフィリアから住所と電信番号を聞き出し、さっさと返してしまった。
隣室で待機命令を受けている第三小隊に待機解除の命令を伝えて戻って来たメイリアは何か言いたげに口を開きかけたが、その度にルファルが鋭い目線を投げかけるので、彼女に発言の余地はなかった。上官の視線を受けて、彼女は自分が失態を犯したと自覚した。
*****
「准尉――」
依頼主を見送り、重たい沈黙のみが残った書記室で、ルファルは口を開いた。その言葉がメイリアには、鉛のように重たく感じられた。西日は既に、半分ほどが水平線に隠れている。
「彼女はまだ子どもとはいえ、家系の状況はよく理解しているはずだ。それを我々部外者が堂々とあの場で話すのは、さすがに無礼が過ぎるというものだろう」
「し、失礼いたしました……」
「まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。それよりも気になるのは、君が昨日言っていたゲルリッツ家が『分離された』存在であるという点……家系図を書き出してくれるか」
「え、続きは明日とさっき」
「君は素晴しく正直で、それは私も高く評価しているのだが、もう少し方便というものを学んだ方が良い。ま、とにかく言った通りにしてくれ」
「はい。ちょっとそこの紙とペンをお借りしますね」
そう言ってメイリアは椅子に座ると、ルファルの目の前でペンをスラスラと走らせた。ルファルは机に浅く腰掛けて、その様子を眺めた。
気持を即座に切り替え、受けた指示を一心に実行できるのが彼女の強みだ。家系図を書き起こしているメイリアを視界の端に捉えつつ、改めてルファルは確信していた。准尉という身分でありながら、司書官の右腕である
そうこうしているうちに、ここ百年あまりの血脈の歴史が書き出された。
―豪傑公―――親学公―――敬虔公―――現国王
| |
| ∟ゲルリッツ――G=カデンツ――G=カデンツ―フィリア姫
| 先王(養子) 一世 二世
|
| カプローニ伯(戦死)
―――ズゴジェ――|
レツ伯 ズゴジェレツ伯二世
(ゲルリッツ先王)
「ゲルリッツ家の発端は、豪傑公の時代にまで遡ります」
メイリアはペンを逆さに持ち、羽根で「豪傑公」の文字を指しながら言った。
「豪傑公には弟がいました。彼は現在のビリングス王国の南西部に当たる、ズゴジェレツという都市の首長であり、王国が統一されて以降も、王の命を受けてその地の
――なるほど。「あちら」での「
ローマ帝国の政体をルファルが思い出している間に、メイリアの持つ羽根は豪傑公からズゴジェレツ伯をなぞり、続いてカプローニ公を指した。
「ズゴジェレツ伯ことアズリエル・カデンツには、二人の息子がいました。長男はルーデル、次男はフィオレール。ですが、この二人には確執が存在していた――次男のフィオレールは兄に比べ、学芸において優れていたのです」
「兄より優れた弟なぞ存在しねえ!」
「それも……何かの引用ですか?」ぼそりと呟いたルファルに、メイリアは上官の顔を見た。
思わず「あちら」の記憶が引き出されたルファルは、いや、続けてくれ、と誤魔化した。明らかに動揺しているルファルにメイリアは怪訝そうな顔を向けたが、彼女が再び家系図に目線を落としたので、ルファルは胸をなでおろした。
「まあ、とにかくこの二人は成長するにつれて溝が深まりまして。その歪みが、いざスゴジェレツの地をどちらが継承するかという問題が生じるとともに爆発したわけです」
「なるほど、兄弟間での権力争いか。歴史ではよくある話だな」
「はい。兄のルーデルは数人の軍人とともに計略をめぐらし、軍法会議にて反逆罪をでっちあげ、軍神ラ=トゥールの名の下に弟を辺境の地へと追放しようと試みました。ですがやはり、弟のほうが一枚上手でした」
「上手か。どのような逆転劇が演じられたのかな?」
「話せば少々長くはなりますが、鮮やかな大どんでん返しでした。簡単に言いますと、フィオレールがズゴジェレツ伯の地位を継ぎ、ルーデルが逆に辺境伯に落ち着くことになったのです。この一幕はあまりにも劇的であったため、実際に演劇になったほどでして……」
なるほど、とルファルは独りごちた。歴史上の出来事が演劇となるのはよくある話だが、それは幾分かの脚色を含んでいるはずである。ここは情報の精査が必要になりそうだとルファルは考えた。一方のメイリアはよほどドラマの展開に興奮しているのか、目を爛々と輝かせ、机の上で両の拳を関節が白くなるほど強く握っている。
「まあ、聞いてみようじゃないか。ただし、事務所でな。真贋不明とはいえ、これほどの書物をこの場においておくわけにもいかないからな……コーヒーでも飲みながら話そう」
ルファルはそう言うと、血脈と歴史が詰まっている――と思われる、木製の函に蓋をした。
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