第5話 深夜の挑戦

今思い返すと、無理にでも家族を起こすべきだったと思う。

だが、私はどうにも人に頼ったりするのが小さなころから苦手で、迷惑になってしまうかもしれないと思うと、一人で終わらせようとする癖があるのだ。


「ふぅッ…!」


未だに腰の痛みは全くもってひどく、薬箱とベッドの間の床が、断崖絶壁にも思えるほどに『踏み入ることができない場所』だと感じてしまう。

なにせ今の自分はベッドの上で土下座スタイルなのだ。

脚をつけて、数歩踏み出し、薬箱の中身を探って、痛み止めを出して飲み込む。


これだけの動作が、たったそれだけの日常動作が、あまりにも難しいものに思えた。

だが、やる。やらなければならない。

翌朝になって、こういう時に通っている整骨院や病院に通うにしても、痛みを散らさない限りはまともに動けない。

診察や処置を待つ間にもこの激痛に耐える必要がある。



改めて今思えば、ベッドの上で土下座スタイルでうんうんとうめきながら、こんなことを必死に考えていたのは、ずいぶんと視野狭窄というか、痛みのせいというのもあるが、ぐるぐると思考をめぐらせながら、どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃとうごめいていたのは


『助けて』の一言をいうことが、そんなにも苦手だったんだなと思う。



「…やるぞ」



自分に向けてつぶやいたのだと思う。

土下座の状態から、ベッドの淵へ徐々に体をずらす。

ハイハイのように動くことはできず、すり足の要領で膝とひじをずらしていく。

そして、淵にたどり着く。



「!!!!!!」



言葉にならない悲鳴を上げながら足をゆっくりと床におろす。


激痛。


あの最初の爆発したかと錯覚したような痛みが再び襲ってくる。

歯を食いしばり、汗をだらだらと流しながら、杖をついた老人のように腰を曲げたまま、なめくじのように遅い動きで薬箱を目指す。

浅い呼吸を繰り返し、心臓はバクバクと鳴り続け、その鼓動に合わせて腰の激痛は襲ってくる。

一歩進もうと足に力を入れたが、すぐにそれはあきらめた。


そのままで、必死に薬箱に近づく。

遅々として進まない自分に、止まない痛みに苛立ちを覚えながら、ゆっくりと進む。


そして、薬箱に手がかかった。

なりふり構っていられず、箱をそのままひったくるように持ち、ベッドへと腕の力だけで無理やり放る。

そして、再びベッドへ戻る。


どうにか、ベッドの上へ身を放り投げ、土下座の姿に戻る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」


まるで限界までシャトルランでもしたかのように疲弊し、呼吸も浅く、ぼたぼたと汗が出る。

そして、放り投げた薬箱を開き、薬を見つけ出す。


どうにかそれを口に運び、飲み込む。


やった、私はやったんだ。



最初の夜、腰が爆発した日。


深夜の挑戦が、ようやく終わった。

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