第30話「あたしが友達いない根暗って言いたいんですかぁ……」
「ど、どうして九原さんがここに!? それに……そちらの銀髪の女の子は……!?」
店内でばったり会った志穂は全く予想通りの反応を見せてくれたが、こんなところで鉢合わせるとは俺も全く思っていなかった。
志穂と同じか、もしくはそれ以上に戸惑ってしまい、言葉がすぐに浮かんでこない。
いったい何を言えばいいんだ。俺が女性用の店にいることか、ミコとの関係か、それとも素直に挨拶すればいいのか。
「なにやってるんですか、晃仁お兄ちゃん……」
迷う俺を見かねたのか、ミコが呆れながら身を寄せてくる。
「お、おにい……?」
「ちゃん……ってなんだ?」
「だからなんで晃仁様が呆けてるんですかぁ! わたしのこと思い出してくださいっ!」
そうだ。家の外にいるときのこいつは四宮美子。俺の親戚だ。そして今はその買い物に付き合ってる途中だった。
可笑しいところも疑わしいところもないはずだ、俺は気を取り直して志穂の方へと向き直った。
「よお七井、昨日ぶりだな。今日はバイトも休みなのか」
「は、はい……土日はお休みを頂いているので……それより、あの、その子は妹さんなんですか?」
「親戚の子だ。両親が忙しいとかで俺がよく面倒を見てる」
「四宮美子です! 七井志穂様ですよね? 晃仁お兄ちゃんからは行きつけのカフェに可愛い子がいるって聞いて――もがぁ!?」
余計なことまで喋るミコの口を慌ててふさぐがその真意はばっちり伝わってしまっていたらしい。
顔を赤らめて髪を耳にかける志穂に、またしても言葉を失う。このまま強く否定してしまえば、また昨日と同じ
しかし俺は昨日、七井に対して冷たい態度を取ってしまっている。その負い目がやはり思考を麻痺させる。
「……九原さんは美子ちゃんのお洋服を買いに来たんですか?」
意外にも七井の方から会話を振ってきた。俺が気にしすぎているだけだったのだろうか。
「ああ、そうだな寝る時に目の毒……じゃなくて。親御さんに頼まれて寝間着をな。七井は新しい服でも買いに来たのか?」
「いえ、あたしもパジャマを買おうって思って。近々うちの学校で修学旅行があるんです」
「へえ……」
自動的に相槌を打つが、すぐに頭を捻ってしまう。語る七井の口調にどこか暗いものがあったのが気になった。
それはミコも同じなのか、妙に気を回す俺とは違って
「そのシューガクリョコウ? というのは嫌なものなんですか?」
「えっと、嫌というか、普通はみんな楽しむものなんだけどね!」
「志穂様はみんなとは違うんですか?」
「あううう……純粋な目が痛いよぉ……」
肩を落とす七井。その口調や態度が俺と話すときのそれとは違うことに妙な感覚を覚え、口を挟めずにいたが。そろそろ止めたほうがいいだろう。目がぐるぐると渦巻いてしまっているのが見える。
「やめてやれミコ。修学旅行というのは学校での人間関係次第では一気に地獄のイベントに成り下がるものなんだ」
「それってどういう意味ですかぁ……あたしが友達いない根暗って言いたいんですかぁ……ううっ」
「ああ! 志穂様が座り込んで……! というか晃仁様の方が酷いこと言ってるじゃねえですか」
「あ……すまん」
全く意図せず志穂の秘密を聞いてしまった気がする。取り敢えずミコに修学旅行について教えつつ七井を助け起こす。
「ごめんなさい、九原さん。あたしったら、急に聞き苦しいことを言ってしまって……」
「俺こそ悪かった。けど聞き苦しいことなんてないぞ。お前が本気で悩んでるっていうならな」
バイト先ではいつも愛想のよい接客しているという印象だったので少し意外だったが、その悩みを嘲笑できるほど俺も明るい過去を歩んではいない。
溌溂として、それでいて奥ゆかしい。それが七井志穂という少女に対する所感であり、だからこそこんな俺にお節介を焼いてくるのを疑問に思っていた。真っ当な彼女には似つかわしくないと思っていた。
だが実際はそうでもないのかもしれない。
垣間見る影に、図々しい親近感を覚える。
「そうですよっ! 晃仁お兄ちゃんも全然遊ぶ相手もいないですし、気にすることないです!」
「おい」
「……ふふっ。ありがとう美子ちゃん。というより九原さんもそうなんですか?」
「……否定はしねえけどな。お前が思ってよりもずっとしょうもない人間んだよ、俺は」
つられて苦笑を浮かべる。この瞬間、俺の中で何か重いものを下ろしたようであった。
志穂との間にあった貸し借りの関係が清算された、そんな感覚すら抱いていた。
「あ、そうだ。晃仁お兄ちゃん、志穂様も一緒にお買い物しませんか?」
「七井と……?」
「はい。志穂様はご旅行に行くための服を探しに来たのですよね。一緒に選べば、当日も楽しくなるかもしれませんよ!」
「美子ちゃん……! あ、でも、いいのかな。あたしはありがたいけど……」
迷ったような、あるいは縋るような視線。そんなものを向けられては、断ることなどできなかった。
「せっかくならいいんじゃないか。ミコの服を選ぶのも、俺たちだけじゃ少し骨が折れることだからな」
思わぬ展開ではあったが、俺とミコは志穂を連れ立って買い物を再開することにした。
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