第13話「そもそもあいつは未成年だっての」
「あ、あの九原さん……? 無理ってのは、その……」
「ああー、ああー! すまん七井、間違えた!!」
ミコへの返答のつもりが、つい口に出してしまっていたとは。
ここまで何とかやり過ごしていただけに、こうも簡単にミスしてしまうとショックも大きい。
慌てて言い訳を繕う。俺の言葉をどう解釈したかは分からないが、先ほどの七井の表情を見る限り、きっと好ましくない感想だろう。
俺の慌てぶりを脳内で
「あー……そうだ! あれだ、JKに無理はさせられねえって言いたかったんだ! ほら、こうしてサービスしてくれるのは良いがあまり度が過ぎると、マスターにあとでなんか言われるんじゃねえか? ひょっとしたら減給とか……」
「マスターはそこまで心が狭い人じゃない気が……」
「そうだよなあ! あの爺さんはそんなんじゃないよなあ! あはははは……」
静かな調子で指摘されてしまった。弄した策が呆気なく破れ、俺は笑うしかなくなった。
これは万事休すか。ここは気にいっていた場所なのだが、これを機に白い目で見られることになっては、もう訪れることができなくなってしまう。
「……ふふっ。今日の九原さん……何だか面白い……」
「……おっ?」
さようなら。世話になっていたこの憩いの地へ別れを告げていると、不意に七井が可笑しそうに笑っているのが目に映る。
長いあいだ通っている俺でさえ珍しいと思うほど彼女はふだん笑わないものだが、これはひょっとしてそうなのか。
その笑みに希望の光を見出し、俺は活力を取り戻す。
「笑うなよ、少し間違えただけだ」
「ふふ……はい、ごめんなさい……ふふふ」
露骨に目を細めてやると、七井は一層その笑みを濃くした。
「きっと疲れているんですよね? やっぱりこちらを受け取ってください」
話し始めの硬い様子はすっかり収まり、彼女は有無を言わさぬ態度でカップに珈琲を注いだ。
これ以上抗ってぼろを出すのはごめんだ。並々とした黒い液体を複雑な思いで見つめる。
「あれ、でも……九原さん。今日は少し時間が違いますね? いつもは昼過ぎくらいにいらっしゃるのに、少し遅めです」
「……いちいち覚えてるのか?」
「え!? あ、あの……それは、だって……」
(おやぁ……? おやおやぁ……?)
頬を赤く染める七井に、わざとらしい声を発するミコ。
これだからミコをここに連れてきたくないのだが、今日ばっかりは仕方ないだろう。
「まあ……仕事だ、仕事」
短くあしらうかのように言葉を放る。それから二杯目の珈琲に口をつけて苦い顔。やはり追加の砂糖も必要か。
「……仕事、というと……もしかしてマスターと?」
「そんな感じだ」
サボりだなんだと騒ぎ立てるミコとは違い、七井はこちらの意図を汲んでぺこりとお辞儀をした。
「そういうことならウチは――いえ、あのあたしはここで失礼しますね。お仕事頑張ってください……あと、砂糖は程々にしてくださいね」
言いかけ、言いなおし、また慌ててお辞儀をして、七井はキッチンの方へ戻っていった。
何となくここからその様子を窺っていると、バイトの先輩と思しき女性と会話をしているのが見える。
先輩の方はニヤニヤしながら七井を肘で小突き、その本人は顔を真っ赤にしながら首を横に振っていた。
ここからでは声が聞こえないので詳しくは分からないが、少なくともいじめだとかそういう険悪な雰囲気はない。
大方、いつものことだろう。視線を切って、シュガーポットから砂糖を取り分ける。
(七井様も仰ってましたけど、二つは入れ過ぎでは? まだ薄っすらとカップに残ってるじゃねえですか)
(お前の分まで堪能してやろうと思ってな)
(ふんっ、当てつけですかっ! と、そんなことより――)
(はぁ……七井のことだろ? まったく懲りねえな)
甘くなった珈琲に舌鼓を打ち、ミコの言葉を先んじて制する。
(分かってるじゃねえですか。彼女、七井様でしたっけ。誰かとは違って性格も大人しそうで、仲も良い感じだったと思うんですけど。あんな人と知り合いでいながら、どうして晃仁様はこんなに消極的なのかなと嘆きたくなってしまいます)
(そもそもあいつは未成年だっての。俺を刑務所に送るのが幸せだって言うのか? お前も随分酷くなっちまったもんだな)
(まさかそんな。そもそもきちんとした交際ならそれも適用されないのでは?)
(……なんでそんなところだけ詳しいんだよ)
(ふふん、わたしは婚約指輪の精霊ですからね! 晃仁様の幸せに通じることに関して並ぶものはいねえですよ!)
結婚やら恋愛やらに関するミコの執念は凄まじい。
その熱意は買うが、七井とはただの店員と客との関係だ。それ以外に接点はないし、それ以外の目ぼしい情報も知らない。
(だったら聞きに行きましょうよー、まずはそこからじゃないですかー?)
これを好機と見たか、ミコの押しが強くなる。先ほど言い訳を潰されているため反論も思い浮かばなければ、そもそもミコをここに連れてきてしまっている時点で、半ばこうなることを受け入れているようなものだ。
反論の余地は乏しい。仕事だなんだといったところで、こいつの声が止むとは思えない。
(どうするかな……と)
そうして途方に暮れて見やった入口、そこに俺の待ちわびたものがあった。
「おお……九原君、もう来ていたんじゃな。待たせて悪いの」
約束の待ち人でありこのカフェのマスター、
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