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「私達、カオリに何も聞いてないんですけどっ!!なんでカオリに会えないんですかっ!?」



 王宮に着いた私達は、教育係のハロルドさんに詰め寄っていた。


 昨日の朝までは、カオリから婚約なんて話は全く聞いていなかった。聖女になることだって乗り気じゃなかったのに。

 絶対おかしい。昨日、公爵様のお屋敷で何かあったはずだ。


 ハロルドさんの話では、昨日の午後、ハインツフルト公爵からアルバード王へ、エリック様とカオリの婚約に対する申し出と、現在この国に蔓延り始めている原因不明の疫病の浄化方法の提案がされたようだ。


 2人は以前から恋仲で、王都で流行しつつある疫病に心を痛めていて、お披露目という形で国民を集め、聖女の広域聖魔法で疫病を浄化出来るという話のようだ。


 いや、全くの初耳なんですけどっ!っていうか、ハロルドさんも聞いてないですよねっ?

 毎日顔を合わせて、予定とか報告してましたよねっ!?そんな感じありましたっ!?無いですよねっ!そう、無いんですよ、嘘っぱちです、この話はっ!


 カオリは、広域浄化の準備で忙しいから会わせられないですってっ!?


 何言ってるんですかっ!?あの娘なら、何も考えずにバーンって浄化できますからっ!!


 っていうか、なんでタツヤとシンジローもショックを受けてるのよっ!?あんた達もおかしいと思わないのっ!?


「なんていうかさ〜、俺達に言ってくれなかったのって、気を使わせてたのかな〜って思っちゃってさ〜」


 タツヤ、アンタはどこまで馬鹿なのよっ!?


 そこのデカブツ、放心して涙流してないでないでなんとか言いなさいよっ!!


 ちょっ、ハロルドさんが逃げ出してるじゃないっ!!

 



 役に立たない2人を置いて、私はねねちゃんの部屋に向かった。まだ本調子ではないみたいで申し訳ないんだけど、なりふりかまってられない。


 この国の人たちは役に立ちそうにない。ってか私達のことを知っている人でさえ、このことをおかしいと思ってない。


 きっとねねちゃんならわかってもらえるし、どうすればいいか考えてくれる。


「ねねちゃんっ!サオリですっ!」

 部屋の前に着いたのだけれど、中から返事がない。寝ているのだろうか。


 どうしよう。緊急事態だから無理矢理入れさせてもらおうかと考えていたら、愛子さんが歩いてきた。


 愛子さんは、私達より前に召喚された勇者だ。王宮で勇者職っていう形で働いている。ねねちゃんを魔の刻から護ったのも愛子さんらしい。


「愛子さんっ!ねねちゃん、返事がないんですけど、まだ体調が良くないんですかっ?」

 ねねちゃんが無理なら、愛子さんに頼ってみるのもありか。


「ねねは今日、別のところに治療に行っているのよ。遅くても夕方には戻ると思うんだけど、何か急用かしら?


 あとそうそう聞いたわよ。香がエリック様と婚約をアルバード様にお伝えしたんですってね。聖女の公表も一緒に行うって。

 きっと香の聖女の力はこの国のためになるわ。沙織も、香に負けないように力を付けるのよ」

 

 なんとなく違和感を感じた。愛子さんは国のためになることには協力をしてくれそうなのだけど、今回のことを話しても、私達のプラスにはならない感じがする。


 愛子さんに別れを告げ、バカ2人の元へ戻る。ねねちゃんが戻るのは夕方。頼れる人は他にはいないと見ていい。

 それまでに、あの2人だけはどうにかしないと。



 2人のいる部屋の前に戻ると、数人の護衛の兵隊が、扉の前で待ち構えていた。


 何かあったのだろうか?とりあえず会釈をして通してもらい、部屋の中に入る。


 部屋の中にはバカ2人とニーナさんが居て、2人と話をしていた。


「あ、あー、沙織おかえり。ちょっとさー、風邪が流行っているみたいなので、そこの扉は締めてもらっていいかなー?」


 タツヤが、聞いたことのない違和感のある口調で私に話しかけてくる。


 よくわからないが、部屋の中を覗いてくる兵士さんに会釈して扉を閉める。



 ニーナさんは扉が閉まったのを見て紙を取り出した。

 2人と話しながら、何かを書いているみたいだ。


「ニーナさんっ!!一体どういうことなのっ!?

 カオリは今どうなってるのっ!?私達、何も聞いていないしっ」


 ニーナさんは、口に人差し指を当てながら紙を差し出して話を切り出した。


「沙織様、私は香様の言付けを皆さんにお伝えするためにここに来ています」


 私はまずその紙を見る。


『私は盗聴されているので、話を合わせてください』



「っ!?」


 盗聴っ!?なんでっ!?

 

 わかった。落ち着こう。バカ2人を見ると、すでに事態を把握しているのか、私を見てうなずいた。


 ニーナさんが、何かを書き続けながら、私に話を続けた。


「お二人にはすでにお話をさせていただいたのですが、香様はエリック様との婚約を了承しました。皆様とは、もう会うことは出来ないとの事です。

 香様からの言付けです。私は今、幸せなので、私のことは忘れて3人で仲良く暮らしていってほしい、とのことです」


 私は少し演技っぽく話を合わせる。

「でもっ!それなら先に話してくれても良かったのにっ!それに、カオリのことを忘れるなんてできないわよっ!ニーナさんっ!『なんとかならないのっ』?」

 

 こんな感じでどうだろうか?ニーナさんはホッとした笑顔で話を続けた。


「沙織様、申し訳ございません。私の一存ではなんとも。

 エリック様、カオリ様にお伝えして、お二人の『ご婚約ののち、出来れば早く』にお会いする時間を設けられるかをお聞きいたします。その件に関しては、『私のことはご心配なく』。

 ただ、『多少、お時間をいただく』事になるかと存じます。ご要望に添える回答をいただけるかは承服いたしかねますが」


 なるほど。もうちょっと話を伸ばして時間を稼げってことね。了解。




「では、これで失礼させていただきます」


 ニーナさんは、真剣な顔で軽く頷いて扉を開け、外にいた護衛の兵士と共に帰っていった。


 その姿が視界から消えたのを確認して部屋に戻る。

 私達は、ニーナさんが残してくれた書付に目を通す。


 そこには、これがエリックの謀略であること。ハインツフルト卿も騙されていること。


 カオリがエリックに、行動と発言の制限ががかる呪いをかけられていること。エリックとの婚約、聖女の公表を望んでいないこと。


 私達と国民の安全と引き換えに、エリックの要求を受け入れざるを得ない状況だということ。


 真聖女協会という組織がエリックのバックにいること。


 王都で発生している疫病は、真聖女協会とエリックの指示で広められていて、現状では王を含めて、このことを他言することが得策でないことなどが書かれている。

 そして、ハインツフルト様の屋敷の見取り図、地下脱出経路の出口の場所も。


 ニーナさん、扉を閉めさせての時間稼ぎはこういうことだったのね。

 

 カオリとニーナさんは、カオリの強力な魔法のお陰で酷いことはされていないようだ。


 ただ、四六時中監視されているのだろう。おそらくトイレやお風呂の時間も。


 私達との今の会談も、ニーナさんからの提案が通ったのだろう。そう考えたら、昨日のタツヤスーパーボールアタックはグッジョブだった。


「だろっ!」じゃないわ。ニーナさんのあの安堵の表情は、バカ2相手じゃ上手くいかなかったんだろうな。


 これらが嘘だとは思えない。


 あの短時間でこれだけの量。流石は超有能メイドさんだ。



「出来れば早急に、最悪3日後の婚約発表とお披露目までになんとかしろってことだね」


「えっ、そんなこと書いてあったか?」

 バカタツは放っておいて、さて、どうするべきか。


 ねねちゃんには相談したかったんだけど、今の感じだと誰にも相談するべきでは無いってことか。どこで誰が繋がっているかわからないってことだよね。


 私たちと国民の安全っていうのは人質ってことね。


 カオリの行動と発言の呪いっていうのがわからないけど、逃げ出したり自分の意見が言えなくなるようなものかしら?

 

 ニーナさんのことは大丈夫って言っていたから、カオリの救出さえできればってことだ。

 ただ、公爵様や国と敵対しない形での救出。できるだろうか?

 

 とりあえず2人にも聞いてみる。もしかしたら、ものすごい正解にたどり着けるかも。最悪、いいヒントになればと思った私が悪かった。


「とりあえずさ、屋敷に行ってカオリを返してくれって話せばいいんじゃね?」


「うむ、穏便に済むならそれがいいだろう」


 このっバカ2がっ!!穏便に済まないから考えてるんだろうがっ!!!



 いかんいかん。今はこんな2人でも、他に頼れる人がいないんだから。



 そういえば朝からバタついていたから、ごはんを抜いていたのを思い出した。イライラしているのはそのせいかもせれない。


 昼食を食べてから考えをまとめようと2人に話して一緒に部屋を出た時、


急に頭がスッキリした、気がする。



 なんで、こんなことが考えられなかったんだろ。



 振り返り、笑顔で2人に伝える。



「カオリを救出して、この国から逃げ出しちゃおうか」

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