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「トモ〜っ!まだつかないの〜っ?」



 俺と唯ちゃん、フェリの3人は、惨劇のあったバリテンダー城を発ち、地図で確認済みの隣町ハットタウンに向かっていた。

 結構な登り坂を歩きっぱなしで2時間。昼には城を出たのでそろそろ見えてきてもいいのだが。城から持ってきた荷物が結構重い。



「パパ、みずのにおいする」


 丘の向こう側に、フェリの鼻が何かを感じたらしい。フェリを褒めちぎりながら、歩みを早める。


 そこには湖が広がっていた。



「う~ん、どうも国境まで来ちゃったみたいだわ」



 俺たちが城を出てすぐ最初に見たもの。それは、そこにあったはずの壁が森に変わっている光景だった。

 壁の残骸もない。元々森だったとしか考えられないような光景だった。


 少しでも安全な壁の内側を進み、人のいる街を目指すという方針を決めて出発したは良いものの、出鼻をくじかれた。


「唯ちゃん、どういうこと?」


「アタシもわかんないっ!」


 唯ちゃんは、俺と同じく日本から転移してきた勇者だ。

 転移3日目の暗刻、日本で言う夜になる瞬間に大量の魔物に襲われた。かろうじて生き残ったのが俺と警備員の唯ちゃんだ。


 唯ちゃんのスキル職は警備員。これは、バス事故で死んだときの職業、警備会社のバイトで、交通誘導員をしていた影響。スキルはガードウーマンと、これまたそのまんまのスキル。

 スキルを測定したとき、何を考えていたかを聞いたところ、「特に何も考えていなかったんだよねっ!」とのこと。強者だ。


 スキルのガードウーマンは、自分が無敵の盾になり、相手を通さないという、俺が喉から手が出るほどほしいチートスキルだ。

 しかし難点もあり、敵が倒されたり逃げるなど目の前から居なくならない限り、スキルが解除されず、本人も自動けないといういわくつき。



「フェリ、にもわかるわけないよな」

「うん」


 唯ちゃんと手を繋いでいる黒猫獣人の女の子はフェリ。城を襲った魔物が産み落とした魔猫だ。俺のスキルのアシスタントが発現して、人間の姿になっている。



「とりあえず、森を回避しつつ進んでみようか」




「ふう、二人とも大丈夫?」

「これくらいならバテないよ。現場はもっと暑かったしねっ」

「フェリもだいしょぶ」


 結局、街に向かったつもりがセシリア王国とアットランドの境にあるバリカル湖に着いてしまったようだ。

 途中、どうしても通過しないと先に進めないために森を走り抜けたが、魔物と遭遇することなくここまでたどり着いた。

 緊張と重い荷物で俺だけクタクタになり、湖のほとりで休憩することにした。

 

 この世界では、太陽が熱を持っていないので気温は変わらない。世界の中心にある火山の活動によって、気温が変化する世界だ。


 水を飲んで、厨房から頂いてきたサンドイッチをみんなで食べていたとき、唯ちゃんが提案してきた。



「トモーっ、名前の呼び方に提案があるんだけどっ!」


「許可します。被告人、唯ちゃんは発言を」


「アタシって被告人なんだっ!?そうじゃ無くって、フェリは呼び捨てなのに、アタシっていつまで『唯ちゃん』なのかなってっ?」



「でも、最初にしっかり会話した、あのタバコ吸ったときから『唯ちゃん』だったからな〜」


「アタシは呼び捨てで『唯』って呼ばれたいっ!」

 身を乗り出して迫ってくる。近いよ、唯ちゃん。まぁ、いつかは言われるかなとは思っていたんだけどね。


「じゃあ、今から唯にしよう」

「うん。じゃあ練習」

「へっ?」

「名前を呼ぶ練習っ!」


 なんか、気恥ずかしいが、永遠に続きそうだから、娘を呼ぶ感覚で練習を始めましょう。


「唯」


「ウハッ!なんか恥ずかしくなってきたっ」


「唯〜」


「アハハッ!もう大丈夫、ふぅー」


「ママ、かおあかい」


「マ、ママ、ちょっと恥ずかしくなってたんだよっ、フェリー」

「ママはママでいいのか?」

「ト、トモまでママってっ!!ママはお姉ちゃんって呼ばれるのも好きだけど、フェリはどっちがいい?」


「ママはママ」


「フェリっ!ママはフェリのママだよっ!!」

 唯に抱きしめられ、嬉しそうなフェリ。そんなナレーションを入れる俺。


「ママ〜、そこの水筒取ってくれる?」

「ト、トモは、アタシのこと『唯』でいいのっ!!」




 少し離れた所から、唯とフェリが水浴びをしている声が聞こえる。


 俺は一服しながら、もう一度地図を見直してみる。

 さて、どこで道を間違えたのか。確かに地図上には目的地としていたハットタウンの場所が記されている。

 しかし、今は街を越えた国境のバリカル湖に居る。

 出発したバリテンダー上からは、どちらも直線で結ぶことができる。


 煙を吐き出しながら、頭を整理する。


「地図が間違ってるってのは無いだろうから、古くて街がもう無くなってるのか。

 もしくは、昨日の襲撃に巻き込まれた‥‥ってのは考えられないか。建物すら見当たらなかったし」


 タミィ先生が古い地図を配るとは思えないから、上司などから俺たちにこの世界の新しい地図を渡す事を止められているとか?

 上司といえばリスさんだけど、古い地図を渡す意味がないよな。

 洗脳によって納得させやすくなってたとしても、町の名前が書いてあるのに実際に街はなく、建物の残骸もない。

 残骸でふと脳裏によぎったのは、城を出たときに見た光景。第4の壁が森に変わっていた光景だった。

 あの出来事が他の街でも起きていたとしたら、壁が森になったように、街が更地になるとか?

 

 思考が無限ループに陥った。


「やっぱわからん。この世界に詳しい人が居ないと、どうしようもないな」


 ここは魔法のある世界。日本とは違うルールがあるのだろうけど、頭の中で今までの常識が邪魔をする。


 

 これからどうしようかと考えていると、湖の方から唯の叫び声が聞こえた。


 しまったっ。昨日の今日なのに、道中何もなかったから油断をしていた。


 俺は運んできた兵士の剣と盾を手に取り、唯のもとに走った。





 




「トモーっ!!フェリが、ワニにっ!!」


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