閑話 ネルミル
「‥‥八重」
私室に置いてある写真立ての中で、変わらない笑顔の5人の姿を見てため息をつく。
アルスタールの百葉亭で、トモ君から名前を聞いて、鮮明に思い出した記憶が、八重の記憶が、少しずつ薄れていることに気がつく。
あれから30年。忘れることなんて出来ない記憶。でも、忘れてしまっていた記憶。
■
「どうしてっ!?八重がここに残らないといけないのっ!?一緒に日本に行こうって、言ったじゃないっ!!」
若い人間とエルフの男が、泣き叫ぶ少女を止めている。
ザムセン国召喚勇者の生き残り。忌まわしき『魔の刻』を逃れた、松下礼奈は、主を失った白い空間で、ここまで共に歩んできた親友に対して怒号を上げていた。
着物を着た狐獣人の八重は、青白い光を纏い、白い中に浮かんでいる。
「礼奈、かんにんな。わかってもうたんや。うちはここに残らなあかんねん。
これはうちのつぐないや。そないな顔‥‥しいひんでえな‥‥
みんな、あとは頼むで」
皆、理解していた。神の居ない世界。想いを導く案内人が必要だった。
親友の望みを叶えるために。
狐獣人は、優しい笑顔でのまま、白に飲まれていった。
■
ザムセン国で6年前に起こった通称魔の刻。国内の人や建物など存在する全てが『魔木に変わってしまう』という怪現象が起きた。
国内で難を逃れた150余名の内、王族でただ一人生き延びた第4王女の証言により、王都で勇者召喚が行われ、生徒40名、教員1名の計41名という数の勇者が呼び出された事実が明らかになる。
各国の王が集う天上会議の決定で、即座に調査隊が派遣された。
しかし、深淵に覆われた地域で、人の痕跡どころか、街の瓦礫ひとつ含めて、何一つ手がかりが見つかることはなかった。
調査は原因不明のまま打ち切られ、勇者の召喚が関係していると発表された。
私とトラヴィス、ランドグルフは、調査隊のメンバーだった。
森となったザムセンの1か月に渡る調査の終了後に訪れたルーバルで、憔悴した2人の少女と出逢う。
1人はザムセン国の転移術師で着物を着た獣人。もう一人は、勇者として召喚された日本の女子高生だった。
目の前で木になっていくクラスメイトを見た少女。それを引き起こす原因となってしまった転移術師。
2人は、悲しみ、苦しみを乗り越え、名を変えて生きることを決めた。
私達も2人を応援することを決めた。
望みを叶える手段は順調に進んでいった。途中までは。神が消えるまでは。
トラヴィスは、記憶を失った少女とともに死ぬことを決めた。
私とランドグルフは別れることを決めた。一人になりたかった。この100年間、ただ生きるだけで、何もできなかった、何もしなかった自分に嫌気が差した。
これは、世界にかけられた、勇者という不要物に与えられた、枷だ。
「ランドグルフ、トラヴィス、私とメリッサと、‥‥」
「‥‥誰?」
涙が流れていた。
忘れてはいけない記憶。でも、忘れていく記憶。
理解では追いつかない感情。
想い。
この世界は狂っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます