20、狂った世界

 この世界『コスモス』から神がいなくなり約30年。そこからこの世界では一部の刻が止まっている。



 未成年以外は歳を取らず、未成年は15歳の成人で祝福を受けた時点で年齢が止まった。

 新たに子供は産まれず、ただこの世界の『システム』の一部となって、その事自体を認識することができないまま生活している。

 

 これは転移勇者も同じことが言える。転移後は普通に認識していた事が、この世界に馴染むというか、システムに取り込まれていき、認識がズレていく。

 

 狂った世界だ。



「大切な過去の記憶、『想い』の強い出来事は鮮明に覚えてやがる。

 しかし、それ以外の出来事は思い出せなくなっていく。だがな、それ自体を不思議だと思うことが出来なくなっていくんだよ。

 ただこれは、元の世界でも同じようなことだろう。更に歳をとらない、寿命が無いとなると、そういうもんかもしれんけどな」



 このシステムを『理解』することができるのは、『秩序の花』を得た勇者と、その『想い』を共有し『理解』する者。

 そして各国の王だ。王は神から与えられた『天上会談』という権限の中に『理解』が含まれている。



 神の居なくなったこの世界で、この世界を維持するスキルを手に入れるための勇者召喚が続けられている。 


 

「正確には33年前ね」

 ネルミルさんがトラヴィスの説明を指摘する。


「ちっ、相変わらず細けえなお前は」


「貴方が雑なのよ」



「あのっ!トラヴィスさんとネルミルさんは、どういった関係なんですかっ?」

 うずうずしていた唯が気になったことを聞いた。


「俺たちは、元の世界に帰ることを諦めたパーティさ。ネルとメリッサ、ランドグルフ、そしてお前が案内人として会った『八重』の五人組だった」

 

 そこで繋がるのか。諦めた、か。何があったかは詳しくはわからないけど、ヤエちゃんが案内人になっていることに理由がありそうな気がする。


 ネルミルさんが苦痛な表情をする。

「元パーティね」


 トラヴィスが軽く舌打ちして、話を続ける。


「召喚後のスキル確認で、重要もしくはレアスキル持ちが分けられただろ。あとは女だ。王妃候補や国の重要ポストに任命させられたはずだ。

 ハズレスキルには用はねえんだ。男は特にな」


 俺のゼッケン17番を思い出した。確かに、ねねや香ちゃん達が優遇されていたな。

 ちなみにファビオラ王子は、召喚勇者との子供らしい。召喚勇者ハーレムとはなんとも羨ましい。だが、王ってそんなものか。



「お前らがこの世界に呼ばれたとき、

なんの為と言われたか覚えているか?」


 俺と唯が目を見交わす。二人とも覚えていない。

「確か、この世界の発展に協力をみたいな感じだったと思うわ。知識や技術を提供してくれって」

 覚えていない俺たちの代わりに、ねねが話してくれた。


「そう。今は目的が『それ程度』になっちまってる。各国、たかが数人の勇者召喚に、相当な魔石、魔木、鉱石、生贄など相当な魔力を必要とするのにだ。割が合わねえ。

 俺やネルが召喚された時代、神がいなくなる前の勇者召喚の目的は、『魔木の脅威から世界を救うため』だった。

 逆に言えば、『魔木は今は脅威ではない、魔木はこの世界に必要だ』ということだ」



 昔、このコスモスという世界は、その全てが魔木に覆われた世界だった。

 それを、召喚された勇者とこの世界の住民で開拓をし街を作っていく、いわばシュミレーションゲームみたいな世界だったらしい。


 ただ、シュラス国が禁忌に触れた。そこから世界が狂い出した。これは、神にも予定外の出来事だったらしい。

 バーンアウト、スタンピードが多発するようになり、勇者の召喚が更に重要視されていった。


 そして、ザムセンの『魔の刻』だ。ザムセンは、今までにない規模のクラス召喚という勇者召喚を行った。その結果、国の大半が深淵の森に侵略されることになった。

 各国は、勇者召喚にルールを決めた。輪番制と、同時召喚人数の制限だ。

 その後は、順調に進んでいたのだが、突如、神がこの世界を見捨てた。そこから、刻が止まった。それが今の状態だ。



「魔木については、まだ詳しく分からねえ。これを知るには『さらなる理解』が必要だろうな


 そしてお前らを襲った協会、この国の王やアルバード王、理由は違えど終わらせたくない者は多い。

 協力者をどう見つけるかが、お前らの目的達成の鍵だろうな」


 そう言って、右手を俺に見せてくる。

 案内人を探すか、一部でも理解している勇者を仲間にしろってか。口に出して言えよ!

 いちいち、ポーズとドヤ顔が気になったのは言うまでもない。




「それで、俺たちに接触した本当の理由は何なんだ?」

 俺は、吸っていたタバコを消し、トラヴィスに確認をした。


 ギルド『悠久の翼』を再興するための準備をしていたはずのトラヴィスだが、どれだけ調べてもギルド再興の噂どころかトラヴィスの名前すら出てこなかった。

 今まで雲隠れしていたトラヴィスが、俺たちがセシリアに帰るタイミングで接触してくる理由がわからない。

 


「ただ俺等の叶えられなかった目的を継ぐお前を応援してやるって言うのじゃダメかい?」

 タバコの煙をこちらに吹きかけながら、ニヤニヤ笑うおやじ。

 いや、そんなのは要らないから。 


 タバコを吐き捨て、真剣な面持ちで忠告をされた。


「協会は、聖女ねねを排除したい理由がある。『理解』は『正解』じゃない。あとは自分で考えろや。

 お前が足掻いてくれれば、こっちが動きやすくなるんでな」


 そう言って、トラヴィスは去っていった。


 ねねが狙われる理由か。理解と正解ね、それだけでわかるかっ!



 あっ、ファビオラ王子との話を聞き忘れちまったわ。




「アルバード王だけではなく、ほとんどの国王が現状維持、つまり『この世界を終わらせたくない者』ってのは正しいと思うわよ。

 ただ、各国の王達もそれぞれ隠し事があるだろうし考えても無駄よ。トラヴィスの話だって、どこまでが本当かわかったものじゃないわ。

 それこそ、ネルミルがここに居る理由でもあるはずだしね」


 う~ん。それも意味がわからん。今、俺の頭の中は、情報が一杯過ぎて考えるのを止めている。


「それって、ネルミルさんがアタシたちの監視役ってことでしょっ!」

 唯の小学生のような推理が冴え渡る。真犯人はお前だっ!みたいなドヤ顔だ。


「あら、お姉さんはねねちゃんの護衛よ。王様は、ねねちゃんが1番、真理に近づくと思っていたからねっ♪

 まさかトモ君が八重と出逢っちゃうとは、お姉さんもビックリしたのよ♪」

 ネルミルさんは、いつものネルミルさんに戻っていた。

 一緒に聞いたトラヴィスの説明に間違いはないそうだ。


 トラヴィスたちとの過去の話を聞いても、今ははぐらかされてしまうだろうな。まぁそれはそれ。



「ねねが狙われる理由っていうのは、そのスキルだよな。

 ねねのスキル『鑑定治療』。怪我や病気の者の治療方法がわかる。以前にはスキル解釈の取り方で、国に蔓延る病を鑑定してしまった。

 終わらせたくない者にとって不都合な事が起きてしまうってことだろう。

 それが誰なのか、何なのかっていうのがわからないとどうしようもないんだけど。

 ただ、トラヴィスが、『聖女』ねねって言ったんだ。もう聖女じゃないのに、その言い方はちょっと引っかかった。

 あともう一つ気になったんだが、ねねってアルバード王に求愛されたのか?」


 トラヴィスが言っていた、子孫を残すための王妃候補としての勇者。妾だろうが、愛人だろうが、王族にとっては子が出来ないっていうのは大問題だろうしな。

 アル中はまだ独身だったしな。



 俺の言葉を聞いたねねは、嬉しそうにニヤついている。

「あ~、気になるんだ。「俺の女に手を出しやがってっ!!」みたいな感じ?ヤキモチって感じ?

 え〜、どうしようかな?「私のためにケンカをしないでっ!」みたいなこと言ったほうがいい?」

 そろそろニヤつき顔に腹が立ったので、ねねの額にデコピンを食らわす。


「それって、アタシと北さんは、王様の目には留まらなかったってことだよねっ!それって、喜んでいいもの?」

 唯が、俺も敢えて触れなかった所に気がついてしまったらしい。大丈夫だ!唯は魅力が一杯詰まっているぞ!どこにとは言わないが。


「大丈夫、唯ちゃんはとても魅力的よ♪王様がちょっと特殊なだけよ♪」

「スキルの優先保護を選定したのは賢者様だし、あの王様はちょっとそういうのがないんだよね」


 2人は顔を合わせながら苦笑いをしている。なんだろう?性癖で幼女しか愛せないとかだろうか?


 聞くと、賢者様オンリーラブらしい。ちょっとビックリした。あのセシルバンクルに色恋なんて興味無いだろう。


「一緒に冒険者をしていた頃からずっとらしいよ。一途よね〜、憧れないけど」



 王族がそんなことでいいのかはわからんが、頑張って欲しいものだ。



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