19、秩序の花

「忘れ物はないっ?お土産は持ったか〜っ?じゃあっ、マイホームへ出発〜っ!」



 1ヶ月ほど滞在した百葉亭とも今日でお別れだ。

 俺は今、あの卓球台の部屋にいる。


 結局あれからヤエちゃんは出てこなかった。何か条件があるのか、すでに花弁を貰っているからなのかわからないが、案内は終わったということなのだろう。



 白い部屋の件と俺が理解したことを、唯とねねには話をした。

 そして、予想と検討をし、色々調べ上げた。白い部屋で理解したこと。案内人の存在とは何なのか。

 わかったこともあるが、わからないことも増えた。そういった文献はどこにも残されていないようだった。


「セシリアに戻ったら本格的に調査ね。確信が持てるまでは、普段通り過ごしましょう」

「ア、アタシっ、普段通りに出来るかなっ!?」

 唯が心配そうにしているが、特に周りにバレようが何も無いだろうから心配するな。



 この1か月、色んな種類の温泉を堪能し、買い物や観光、武器や防具の新調、卓球はもういいや、など休暇を満喫した。


 なぜかあれからアルスタール王国の尾行の気配はない。 


 ちなみに、ねねたちを襲ってきた世界救済会には、憲兵の捜査が入った。ただ、一部の幹部が捕まっただけで、組織の解体までは至らなかった。

 

 闇ギルドの連中は、死罪になったり、奴隷落ちとなり、魔木伐採の強制労働者としてシュラスへ送られたようだ。

 マルスの死因は心臓発作による即死だったそうだ。

 レーザー兵器は見つかっていない。死ぬ前に回収したのだろう。


 タバスは拘束され取り調べのあと死刑になった。スキルは、呪術による死体の操作だった。

 マルスの倉庫で襲ってきた3人は、すでに死んでいたらしい。思えば、血がそれほど出ていなかった気もする。 


 唯とフェリが装着された首輪は、一時的に仮死状態にするものらしい。

 唯が何もできなくなったのは納得なのだが、フェリが、体は操作されてしまったが意識が残った理由がいまいちわからない。


 ねねとネルミルさんは、その後もアルスタール王国との折衝を重ねていた。

 ファビオラ王子とは面会が叶わなかった。急遽、魔導学園へ入学することとなり、ルーバルへ旅立っていった。

 トラヴィスとのやり取りもわからないままだ。絶対に、協会が絡んでいるはずなんだが。



「パパー、出発するよー」



おっと、もう時間らしい。



「じゃあ、またどこかで」

 卓球台の済に、あのとき貰ったタバコの箱を置いて、部屋を出ようとした時、

「ほななっ」

 タバコの煙の匂いと声を感じた。



 振り返ると、置いたはずのタバコは無くなっていた。

 俺は、にやけながらこの部屋を出た。



 宿を出て、すでに歩いているみんなを追う。前から歩いてくるフードの男とすれ違ったとき、紙を握らされた。


「誰だっ?」


 振り返ると、すでに姿はなかった。  

 おそらくトラヴィスだ。箱での尋問時に身長や体型などは把握済みだ。


 握らされた紙を見る。

『元の世界に戻る方法を知りたいなら、マルスの倉庫で待っている』


 なるほどね、情報が早いわ。俺が『理解』を手に入れたことを知ったってことか。

 この1か月、俺の方もトラヴィスの動向を探ったのだが、情報が何も出なかったのだ。

 

 あ~めんどくさ。出来るだけ、ひっそりと日本に帰りたかったけど、そうは行かないってか。



 トラヴィスが、倉庫の中でタバコを吸っているのがわかる。

「1人で来たのか?」


「4人だ。全員『理解』している」

 俺と唯、ねね。そしてネルミルさんだ。

「ああ、そうみたいだな」


「えっ?なんでトラヴィスさんがいるの?えっ?トラヴィスさんが、『帰る方法を知ってる人』なの?」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」



 みんなには、トラヴィスの件は伝えずについてきてもらった。

 タミィにはフェリとハクの面倒をお願いしてある。



「‥‥お姉さんが『勇者』っていうのは、いつから知っていたの?」

 ネルミルさんが、諦めた顔でこちらを見つめてくる。


「確信に変わったのは、俺がこの世界を『理解』したその日の夜でした。

 フェリの誕生日です。ネルミルさんは歌ってくれた。ハッピバースデーを」


 そう。理解が出来たのはこの右手の花弁の力が戻ってからなのだが、確信ができたのは、偶然だがバースデーソングだった。

 この世界の住人に、サプライズのバースデーソングを、とっさに合わせて歌うなんて芸当ができるわけがないのた。

 ネルミルさんは、歌わなくても良かった。おそらく、『理解』している人だ。

 でも、フェリのために歌ってくれた、祝ってくれたんだと思う。



 この世界の住人は、誕生日が理解できない。

 誕生日だけではない。自分や他人のの年齢もおそらく理解ができていない。概念がなくなってしまっているのだ。

 俺だってそうだった。新年から3日後、あの時が、フェリの誕生日なのは頭の中では事前にわかっていたはずなのだ。

 自分の誕生日なんかは別として、娘の誕生日を俺が忘れるはずがないし、祝わないはずがない。

 しかし、プレゼントも用意が出来なかった。出来たのは、当日のケーキだけ。今度、フェリの好きなものを一緒に買いに行こうと思う。

 

 新年を祝ったり、クリスマスやバレンタインデーなど、毎年のように勇者を召喚してきた世界なのに、元の世界では、それをしないと気持ちが悪い勇者がいるはずなのに、「この世界では無い」だけの理由で、行わないで済んでしまう。


 『理解』をした勇者とその仲間以外は。


 神がいなくなってから。



「おっ!ねぇねぇ、トモの右手と同じ桜の花びらだねっ!」


 俺と唯は、トラヴィスの右手を見ている。同じ花弁が3枚ある。


「コイツは『秩序の花』だ。桜は桜でも秋桜、『コスモス』だ。そして、この世界の名前だ。


 まぁ、理解した勇者以外は、この名前を聞いても、認識できないようになってるんだがな。

 なぁそうだよな、ネル・ミラー」


 トラヴィスは、ねねと一緒にツールボックスに座っているネルミルさんを見て声をかける。


「そうね。私のことを覚えているとは思わなかったわ。だけど、その名前は捨てたの。今はネルミルよ♪」

「おいおい。その耳とか、姿を変えてやがるからすぐには気が付かなかったが、一緒に旅した仲だろうが」


 へぇ、この二人が仲間だったとは知らなかった。トラヴィスのことをロリコンって呼んでたから、知り合いだろうとは思っていたけど。


「まぁいいか。んで、お前はその理解と、この世界をどのように考えたんだ」

 トラヴィスが俺に問いかけてくる。イジの悪い家庭教師かよっ。


 トラヴィスの言う俺が『理解』したことを話す。唯たちも俺の話を聞いている。

「俺たちは、この世界に来てまだ1年だが、年齢を意識したことがないんだ。これは、この世界に来たときに勇者が若返ったからかと思いこんでいたが、この世界の住人にも、その相手からも、『何歳ですかっ』って聞いたり、聞かれたりしたことがない。


 そして、これも不思議に思わなかったのがおかしかったんだが、赤ん坊が産まれた話、新たに成人が祝福された話を聞いたことがない。


 唯一の例外が、うちの娘のフェリだ。賢者セシルバンクルの言うことが正しければ、「魔物は子を産まない」、「人と魔物は敵対のみで、懐くことはない」ということ。

 これは、どうやら『理解』が足りないんだろうと『理解』している。


 そして、一緒に転移してきた勇者や、俺たちを守ってくれた兵士、この世界に来て、多くの死を見てきた。弔いもした。仲間を呪詛返しで殺しかけたりもした。

 ただ、寿命で亡くなられた人の話を見たことも聞いたこともない。

 

 たまたま、俺の近くでそういう事がなかっただけなのかもしれない。

 だが、ねねや唯は、国と王宮に関わる中で多くの人と関わってきた。

 3人が1年間で、そういう事例を耳にしない確率は、どれだけ低いのかと言うことだ。


 ヤエちゃんに言われた、『終わっている世界』っていう言葉と、8人分揃えたら『世界が終わる』という言葉。 

 この2つが、違う意味の『終わる』だろうというところ。


 勇者は、結婚しないと年齢が20歳のままで止まったままだ。もう、それ自身もおかしい話なんだが、これも納得というか、「あぁ、そういうものなんだ」と思ってしまっていた。


 不老になって、今まで元の世界と違って魔物や魔木に襲われたり、人間同士の決闘など、こんなに死が近い世界なのに、元の世界で普通だった生と死が遠くなっているなんてことに気が付かなかった。


 『終わっている世界』っていうのは、生の無いことだろう。新しく命が産まれない世界。


 『世界が終わる』っていうのは、今のこのシステムを壊す、今の世界を『終わらせる』必要があるのではないか」


 これをねねや唯と理解し、話をすり合わせて予想してしまったときは、3人で天を仰いだ。

 複雑すぎるのだ。魔王だったほうがどれほど楽だったか。

 

 

「ああ、いい線行ってるぜ。


 この世界の神がいなくなってもう30年近くになる。

 お前が『理解』した通り、この世界では、新たな命が産まれない。狂った世界は、終焉に近づいている。

 

 各国の王は、勇者を召喚する事をやめることができない。たとえ、お前らのように転移が暴走して『魔の刻』が発生してもだ。


 なぜなら、召喚勇者の新たな未知のスキルが、この状況を打開できるの可能性の1つだからだ。


 神がいない世界でも、勇者同士だけは、子供を成すことが出来る。王族も、召喚勇者とならば子を儲けることができる。

 もう1つの可能性というのが、勇者の子孫が祝福によって受ける新たなスキルだ。



 お前たちは、そのためにこの世界に呼ばれているんだ」

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