18、白い空間と『理解』

「この感じは、ヤエちゃんと会った時とは違う感覚だなぁ」



 前回の案内人ヤエと遭遇した空間は、あの卓球台の部屋で、目が覚めている感覚だった。


 今度の白い空間は、言い表すとしたら、『何かを失った感覚』といったイメージだった。

 そこにあるべきものが無い。価値のない、虚無感、なぜか寂しくもなる、そんな感覚に包まれる。

 


「誰かいませんか〜」

 今回は、返事はなかった。

 神社で参拝したあとに、おそらくだが意識だけ飛ばされた空間。普通に考えたら、神様がいる空間だと思う。

 ただ、神様どころか、誰かがいる気配がない。


「さて、今回は寝てるわけではないし、どうすれば帰れるんだ?」

 

 とりあえず、前に歩いてみる。真っ白だが地面はあるようなので普通に歩けた。

 

 5分ほど歩いただろうか。周辺は何も変わらないのだが、右手の甲に異様な熱さを感じ始めた。


「熱っ!なんかぼんやり光ってるわっ」

 花弁の模様が、熱と光を発していた。



 左手で触れたとき、白い空間がまばゆい光を放ち、俺は神社の前にいた。


「戻ったか‥‥。何だったんだろ?」



 隣を見ると、タミィがまだ手を合わせていた。



 頭の中が妙にスッキリした。


「ああ、この世界が勇者を召喚する理由って、そういうことなのか」


 神のいない空間を出て、俺はそう『理解』した。



 神社を出て、タミィに声をかける。さっきのお礼の参拝時間を聞くと、「えっ、長かったですかね?今のは神様へのお礼だけにしたので1分も無かったと思いますが」


 俺が白い空間、で歩いた時間は一瞬だったようだ。

 


 普通の話をしながら、ボート乗り場に戻り船を出した。

 タミィには、今の白い空間のことを伝えても意味がない事がなんとなくわかっていた。そんなことを考えながらボートを漕いでいた。


「‥‥何か、ありましたか?」

 しまった。タミィを不安にさせてしまった。慌てながらも冷静に、大人の対応だ。俺はできる!


「今日、ここにタミィと来れてよかったなぁと思っていたんだ」

 タミィが、ジト目で俺を見つめてくる。

「何か、違うこと考えてましたねっ?」

 なぜバレたっ!?


 楽しかったことは本当だと、娘と同じくらいの歳の子に言い訳をするおっさん。

「もう、しょうがないですねっ」

 娘と同じくらいの歳の子に許されるおっさん。

 二人で顔を見合わせて笑った。


「こんな普通の日常が、長く続けばいいと思ったことはなかったな〜」

 この世界に来てからずっと、今まで味わったことのない経験を重ねてきた。無意識的に出た言葉は、俺の弱音であり、願望なのかもしれない。


「大丈夫ですよ、ずっと続きますから」 

 タミィが返事を返してくれた。俺は嬉しくて口がニヤけた。そして、タミィの頭をクシャクシャと撫でた。

 タミィの笑顔と日差しが眩しかった。


 ボートがそろそろ岸に着くという頃、向かいに座ったタミィが寝息を立てていた。


 相当頑張ってたもんな。きっと昨日の夜も、今日の準備で寝るのが遅かったんだろう。

 岸に着いて声をかけても起きそうにないので、お姫様抱っこで皆のもとに帰った。



「うぅ‥‥っ!寝てしまいましたぁぁぁぁ」



 結局、ここに一泊することにして、夕食もここでいただくことにした。

 

 タミィは、帰りも色々計画していたようで、寝てしまったことにショックを受けていた。

 今日のタミィはフル活動だったからね。


 夕食は、念願の地竜ステーキを頼んだ。ガリバタ醤油ソースだ。

「っ!!これぇぇぇぇっ!うまーいっ!!」

「うまーいっ!!」

「キキューっ!!」


 昼間ぐっすり寝て、元気になった3人は、地竜ステーキに大満足のようで、パワーを補うかのように食べ続けている。

 ハクは共喰いにならないのかい?あ、鳩だからいいのか。



「ほんと美味しいっ。ブランド牛のA5ランクにも劣らないわねっ」

「赤身ですけど地竜もいい肉質ですね♪ワイバーンの霜降りのお肉も美味しかったですけど、こっちもなかなかです♪」


 そこのセレブなお姉さんたち、ちょっと何を言っているかわからないんですけど。

 A5?学習ノートのサイズかな?

 ワイバーンの霜降り?どんな肥蓄なの?飛ばさせないの?


「うぅっ、美味しいですぅぅぅ!」

 タミィは、泣きながら食べてる。美味しさに感動したのだろう。



 食後に唯と目配せして、俺は頼んでいたものを取りに行く。

 ここに戻ってすぐ、特注で用意をしてもらったのだ。可愛いロウソクが売ってなかったので、1番小さいやつを乗せている。


 俺はそれを運びながら、唯に目で合図する。テーブルの方からは唯の歌が聞こえてくる。



「ハッピバースデーぇトゥ〜ユー♪ハッピバースデーぇディアフェ〜リ〜♪ハッピバースデートゥーユー♪」」


「せ~のっ!フェリっ!お誕生日っ!うおめでとう〜〜〜っ!」


 そうなのだ。誕生日ケーキなのだ。今日はフェリが1歳の誕生日。あの日からちょうど1年の記念日だ。


 フェリとハク、タミィが?マークを浮かべている。

 3人は、誕生日というものを認識出来ない。


 途中で気がついたねねと、ネルミルさんが一緒に歌ってくれたが、打ち合わせをしていないから、せ~のの後が、バラバラだったのはご愛嬌だ。



 この世界では、誕生日を祝う習慣が無い。この世界の神様が居た時代はあったのだが、今は失われている。


 だけど、フェリのおかげであの日を、今日という日をお祝いにすることが出来る。

 辛く悲しい思い出が、嬉しい成長の喜びに塗り替えてくれる。

 

 フェリが1本のロウソクを吹き消した。このロウソクの数を、年齢とともに増やしていくのも、俺らの新たな目標だ。

 


 みんなでフェリのケーキを堪能していると、

「ト、トモさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 と、少し元気を取り戻したタミィが俺に話しかけてきた。


「こちらこそ。俺もタミィと一緒に色々見れて楽しかったよ」

 

 もしもタミィが、あの神社に連れて行ってくれなかったら、日本へ帰る方法を知るまでが遠回りしていたかもしれないな。


 もしも、タミィも一緒に連れて行くことができて、日本で働くとしたらツアーコンダクターとか似合っているかもななどと考えていたら、

「ト、トモさん、ほっぺにクリームが付いてますよ。チュッ」


 タミィから、ほっぺに不意打ちキスを貰った。

 おそらく、これが寝てしまったから出来なかったことだったのだろう。


「き、今日は本当に、あ、ありがとうございましたぁ」

 タミィは顔を赤くしたまま、部屋に走っていった。


「アラアラ、モテモテですね〜♪」

「トモの方からはしてあげなくて、いいのかな〜?」

 様子を見ていたネルミル、ねねコンビが野次ってきた。



 そうだな〜、頑張ってくれたタミィにも今度何かしてあげなくちゃな〜。



 結局、みんな部屋が同じなので、タミィは部屋でも真っ赤になり、布団にくるまったまま、フェリとハクに上に乗られ「うぎゅぅ~、乗らないでぇ〜」と潰されうめいていた。

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