4、再開と誘拐

 昨日は、慣れない長距離の移動もあって、みんな早めに就寝した。



 大晦日なのにとも思ったが、特にカウントダウン等もなく、年越しそばやもちろん除夜の鐘も無い。

 唯は、「あ~紅白見たかったな〜」などと言っていたが、そもそもテレビがないからねこの世界。


 ネルミルさんに聞いたところ、ずいぶん前は大晦日のカウントダウンや新年のお祭りなどがあったらしい。ただ、いつからかピタっとなくなってしまったらしい。


 無くなってから数年は、習慣で続けていた所もあったそうなのだが、その習慣を知る者も減ってしまい、無いのが普通になってしまったそうだ。


 気になって、いつ頃から無くなったのか聞いたのだが、

「ずいぶん前ですねっ♪」

 しか帰ってこなかった。恐怖を感じたので、ネルミルさんに年齢や、過去の出来事を聞くのはやめておこうと心に誓う。


 次の日、おかげで新年の朝からひと汗かくことになった。


「喰らえっ!!あけましてサーブ!!」

「甘いよっ!!ことよろスマッシュッ!!」

「タミィぃっ、返すんだぁぁぁ!!」

「えいっ!」


 タミィのスリッパは、華麗に空を切った。


「インっ!試合終了よっ」

「キュィィー」

「フェリちゃんとユイちゃんチームの優勝ね♪」


「「いえ~い!!」」

 ハァハァ。朝食前なのにすでに体力の限界。


 早朝から唯に叩き起こされて、スリッパ卓球大会が熾烈に行われた。

 初心者と経験者を組ませてのダブルストーナメントを開催したのだが、フェリの順応性が半端ない。卓球初心者ながら数分で理解し、強力スマッシュをバンバン打ってくる。


「うぅ~、残念ですぅ!」

 いやいや、タミィも結構上達したよ。だけど、唯・フェリが強すぎだわ。

「もう1かいやりたいっ!」

 フェリがスリッパ卓球に目覚めてしまった。だけど、そろそろ朝ごはんにしようよ。

 今日の夕食後に遊ぶ約束でフェリもしぶしぶ納得した。


 朝風呂で汗を流し、みんなで朝食を取る。朝は他の宿泊客もバイキング形式だ。俺たちの他にも10組ぐらいのお客さんがいるようだ。


 各々、食べたい料理を選び、同じ席につく。残念ながら、おせちやお雑煮は無いようだ。


「改めて、あけましておめでとう」唯とねね、ネルミルさんが同じく挨拶する。タミィとフェリも真似をする。ハクはもう食事中だ。


 用意したお年玉をみんなに配った。金貨1枚づつだけどね。今はスプーンリング、略してスプリングのおかげで懐が暖かい。

 ハク、それは食べ物じゃないから。お姉ちゃんのフェリが、ハク用のお財布に閉まっていた。そんなの用意してたの?


「さて、今日の予定はなにかあるの?」 

 朝飯を食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら、今日の予定を確認する。


 アルスタール王への訪問は明日の予定なので、今日は予備日なはず。

「私達3人は、アルスタールの政務官と、明日の謁見の打ち合わせをしてくるわ。休暇中とは言え一応セシリア王国の所属だからね。形は表敬訪問になっているし」


 ねねはジェンガみたいに積んだケーキを食べながら答えた。

 その皿も、会話内の『形は』も、色々ツッコミもしたいが、もう諦めているのでお任せしよう。


「じゃあ、俺たちは何しようか?」

 フェリが卓球を勧めてくるが、卓球は夜の約束だろ。それじゃあ、卓球合宿になっちゃうじゃないか。


「じゃあさっ!初めての国だし、どこか観光に行こうよっ!さっきフロントのお姉さんに聞いて、おすすめの観光スポットのパンフレット持ってきたんだっ!」

 唯が数種類のパンフレットをテーブルに並べる。


 へぇ~、色々あるんだな〜。山とか湖が近いのかな、滝とか神社もあるのね。


 タミィに何か予定しているか聞いた。もしみんなで行こうと思っていたならば、俺たちだけで行ってしまう訳にはいかないし。

「いえ、温泉は調べていたんですけど観光名所とかは、あまり調べてないんです、ごめんなさいっ。来てからみんなで決めれればなって‥‥」

 いやいや、いいんだよ。とりあえず、タミィがみんなで行きたいところがあるか聞いたら、「みんなでボートに乗りたいですっ」とのこと。


 じゃあ、湖や滝はみんなで行くことにして、今日の俺らは街の散策と買い物程度で済ませようということになった。



「結構大きいお店もあるんだな〜。デパートっぽいな。中に入って見てみようか?」

「あんまり向こうでは見ないデザインの服が多いねっ!やっぱり、ザ観光地っていう感じの服も置いてあるしっ」


 3人と1匹でウインドーショッピングをしていると、


「あれーっ!!ユイじゃん!!マジかぁーっ!!」

 

 唯を呼ぶ冒険者らしき若い大男が、こちらに向かって駆け寄ってくる。


 誰?唯のことを知ってそうだけど。


「えっ!!うそっうそっ!?シンジっ!?」


 唯もその男に近寄っていく。


 あー!あれは現場組の高橋くんだ。魔の刻前に、ねねと一緒に転送されて他のところでされていたって言ってたな。

 あの時の数少ない生き残り、俺も嬉しい。


「三矢さんも無事だったんすねっ。バリテンダー城があんな事になったのは聞いて‥‥、また会えて嬉しいっす!」


 おおっ!高橋くんとはしっかり話したこと無かったんだけど、受け答えのしっかりできるいい子だった。


 会社の、仲間のみんなは、勇敢だったよと伝えた。高橋くんは、涙ぐんでいた。あの時からもう1年、でも1年。生き残った者は、それぞれの思いをもってこの世界で生きていく。

 今は、現場組の桜井くん達と冒険者として活動しているらしい。


「え〜っ!!サクちゃんも近くにいるんだっ!懐かしいなぁ〜っ!」


 唯も、日本のこと、あのときの事を思い出しているんだろうか?

 

「行っておいでよ。こっちはフェリの洋服でも見てるから」

「うんっ、わかった!ありがとっ!でもすぐ戻ってくるからねっ!」



 唯達を見送ったあと、俺たちは店内に入り、時間を潰すことにした。



 このときは、あんなことが起こるとは想像もしていなかった。



「おいしい。ハクもたべる?」


「キュウっ!」


「うん、なかなかいけるな」


 結構俺たちは、食べ歩きへ変更となりソフトクリームを食べている。ハクの口まわりがベトベトだ。


 さて、そろそろ戻ってみようと足を進めていたところ、さきほど唯と別れたデパート付近が人混みで騒がしくなっていた。


「何かあったのかな?」

「血のにおいする」

「ケンカかな?もっと人の少ないところでやってくれればいいのに」


 この世界では、意外と喧嘩のような殺傷事件が多い。冒険者同士の場合は双方が武器を持っていることもあり、死人が出ることもある。

 一応、法律や裁判所みたいなものはあるのだが、有耶無耶になってしまうことが多い。


 戸籍などは無いので、相手が特定出来なかったり、権力側がもみ消したりと、異世界ならではである。

 警察のような組織も無いので、事件が起きても王宮の騎士が事後処理をするだけで終わってしまう。


 双方が同意をすれば、決闘なども行われることもあり、一般人からするとはた迷惑だ。決闘での事件は、死者が出ても罪に問われない。


 今も宮廷騎士らしき人達が、事後処理を行っている。目撃していた人の話だと、どうも決闘による死者が出たらしい。


 死者が騎士に運ばれる。全身が血だらけの2人。男だろうか。1人は結構大柄だった。


 男の身内だろうか?女性の騎士に支えられながら、真っ青な顔で歩く女性。その女性は微かな声で、聞き覚えのある名前が漏らした。


「‥‥シンジさまぁぁぁぁぁ」

「!?」

 まさかっ!?


「ごめんなさい、通してくださいっ」

人混みを掻き分け、死体の元に出た。


 うっ、さっき見た、穴だらけだが、高橋くんの服だ。体格的にも、合っていると思う。

 血だらけで、、、うっ、頭が吹き飛んでいる。顎だけ、残っている。


 もう一人の男を見る。おそらく。

「桜井くん‥‥‥」

 高橋くんと同じような服。桜井くんは首から上が無かった。消滅ではなく、刃物で切り離されたような切り口だった。おそらく、持っていかれたのだろう。

 そして左胸に大きな穴が開いていた。穴の周りの服が焦げている。致命傷はこの一撃。


 唯は?一緒にいたはず!まさか!?

 俺は、近くにいた騎士の女性に詰め寄っていた。

「一緒にっ、唯っていう女性が、一緒にいたはずなんだっ!!何か知ってっ!!」


 騎士に支えられていた女性が、俺の言葉に反応し、泣きながらヨロヨロと俺に近づき、震えた声で、こう言った。

「ごめんなさいっ、ごべめんなざいっ、わだじの代わりに、唯様がっ、男に連れてかれてっ」







唯が、連れ去られた



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