2、温泉旅館『百葉亭』

「温泉の街って言ってたから、硫黄の匂いがスゴイのかと思ったら、そんな事無いんだねっ!」



 ホットスプリング到着後、3+1匹で街ブラを楽しみながら、滞在中宿泊をする旅館、『百葉亭』に到着した。

 この旅館は、療養中のタミィがずっと行きたかった温泉宿らしい。温泉雑誌で見たようだ。


「ここの温泉の泉質が、お肌にスゴク良いって評判らしいんですよっ!!隠れた名泉なんですってっ!」


 名泉は隠れたらダメだよね、温泉雑誌ってその店がお金を払って載せてもらっているんだよ、ともあんなに喜んでいるタミィに、療養させた弱みからも言えず。


 まぁ雑誌に載せるぐらいだから、そこそこの旅館だろうと思った時期がありました。

 

「ここ‥‥かぁ〜」

「あ~。うんうんっ!洋風だねっ!」

「ついた?」


 まず、名前が和風なのに、ヨーロッパ風のペンションだねここ。建物としては結構大きい。畳とか温泉まんじゅうとかを想像していたのだけど、靴のまま&テーブルと椅子だね。


 とりあえずチェックインして、部屋に入る。

「ひろーいー」

「キュー」


 部屋は20畳くらいのリビングと、個室が3つ、寝室がある。トイレとミニキッチンがあり、簡単な料理は出来そうな感じだ。


「見てーっ!みんなの分の浴衣があるっ!」

おー!ようやく旅館って感じがするアイテムがっ!

 各種サイズの浴衣と羽織、タオルセットなどが用意されていた。座布団やスリッパなどは見当たらない。


 なんかチグハグなんだよな。海外の温泉好きが作った旅館って感じ。

 もしも過去の日本の勇者が作ったのなら、こうならないと思う。


 街の名前が英語で温泉のホットスプリングだったのも、そういうことなのかもしれない。


「夕飯までまだ時間があるから、先に温泉に行ってみようか」


 温泉は露天風呂だった。こちらは、岩風呂で結構本格的だ。


「あぁぁぁぁぁ〜、生き返るぅぅ〜」

 ちょっと熱めの湯に浸かり、手足を伸ばして入る温泉に、懐かしさを感じる。

「この世界に来て、明日で1年なんだな〜。だいぶ異世界に染まって来ちゃったな」


 この世界の1年は、地球の1年と少しズレる。火山の活動開始で新年となる。火山活動の開始は、マグマの上昇と予兆から割り出され、火山警備隊が1か月前に発表する。明日がその日だ。


 勇者の召喚時期は各国で異なるが、新年、もしくは活発期に行われることが多いらしい。火山の、世界の魔力の高まりが召喚に良い影響を与えるということだ。

 なので、今日は大晦日なのだが、この国に新年を祝う習慣がない。クリスマスや建国記念日などはもちろん、誕生日を祝うこともない。


 今日、生きていられた事を、1日1日感謝をする。そういう世界だ。


 ホント、色んなことがあった1年だった。平和な日本から、死が隣り合わせの異世界へ。一緒に召喚された多くの仲間が死んだ。俺も3回死にかけている。この世界での3回は少ないかもしれない。


 ただ、絶対に死なない行動を心がけての1年で3回だ。

「ホント、よく死なずに済んだと思うよ‥‥」


 その結果、この世界で生き抜く道も見えてきた。生活の環境も整っている。守るべき家族も出来た。

「日本での時間が同じように進んでいたとしたら、長女のあかりは成人式だなぁ」


 時々、この世界でずっと過ごすのもいいかもなって思うときがある。

 フェリやハクが居て、こんな俺に好意を持ってくれる唯やねね、タミィ。周りの人達もみんな親切だ。ある程度の稼ぎもある。俺は人に恵まれた。


 ただ、やはり日本に残してきた子供たち、あかり、慎太郎、ひまり。そして、子供たちをお願いされた真琴との約束。

 俺に任せとけ、とか言っておきながら、向こうの世界では死んでしまってる俺。


 それなのに、こっちの世界で記憶を持ちながら悠々と、俺だけ幸せになんてなれるわけがない。


 左手の指輪をクルクルと回転させる。


 俺がやりたい事を、やるべきだな。


 湯船に潜り、ぷはっと顔を出し、両頬を叩いた。

「ここでの休暇を楽しんだ後、本格的に帰るための方法を探そう。絶対だ」


 決意が出来た。そのためには、死なずに生き抜く。このヘンテコな手品師スキルをもっと解析して、出来る限りのチートを身に付けてやる。


 それと、みんなの前で決意表明だな。1人で悩むな。今は頼れる仲間が、家族が居る。

そう思ったら、やれる気がしてきた。俺はやるぞー


「あー、パパのこえだー。パパー」


どうやら無意識に叫んでいたらしい。誰もいなくて良かった。


「フェリ〜、ちゃんと温まってるか〜」


 声のした方に呼びかけた。女湯は隣り合わせのようだ。仕切りの壁の上からフェリが顔を出した。


「パパいたー」

「キューキュー」


「こらっ!フェリ、そんな高いところに登ったら危ないんだよっ!」

 ハクも塀の上に乗ってこちらに声を出す。女湯で唯が叫んでいる。


「ここ広くて、ママといまおよいでた」

「こ、こらっ!フェリ、それはナイショって言ったのにっ!!」



 アッハッハ。まぁ、他の人が居ないなら大丈夫じゃないかな?



 しっかり楽しんで、しっかり生きて、みんなで日本に帰ろう。


 

 今日も1日、生き抜くことが出来たことに感謝します。




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