第18話 17番のお父さん
朝が来た。窓から入り込む光が眩しい。もしかしたら、もう朝が来ないかとも思った。こんなに、光が、ありがたい。
泣いてる唯ちゃんの手を握って寝てしまったようだ。座り寝だったので、体が痛い。
「トモ‥‥」
唯ちゃんも目を覚ましたので、水差しの水を渡した。俺も喉を潤した。生きてる。2人とも。
「気分はどう?」
「‥‥うん。ごめんね、ベッド使っちゃって。ずっと、手、握ってくれたんだね‥‥。ありがとう」
だいぶ落ち着いたみたいだ。
昨日、あんなことがあったわけだから。ずっと目の前で、惨状を見続けたわけなので少し心配だったが、昨日、話しをして落ち着いたのか、ミサンガの呪いの影響で感情が抑制されている影響なのか、大きなトラウマにはなっていないようだ。
ミサンガは、今、解呪するべきなのか?
敵対心が芽生えて、俯瞰的に考えられるようになれば、今後の行動も幅が広がるかもしれない。
しかし、昨日起きたことが受け止められなくて、心が壊れてしまうかもしれない。
唯ちゃんに、ミサンガの呪いのことを話した。悪化するかもしれないから賭けなのだけど。
「そうなんだ‥‥。うん。やってみて」
失神するだろうけど近くにいるからね、と伝え、コイン付随のコインマジックのスキルを発動して、唯ちゃんのミサンガを解呪した。
一瞬、ビックリしたみたいだけど、意識はあるようだ。
「‥‥どう?」
「あ~‥‥なんかモヤモヤしていたのが晴れたかもしれない。‥‥特に怒りみたいな物は感じないかな。ただ、何もできなかった自分が悔しい」
「自分を責める必要は無いよ」
俺が解呪したときは気絶したんだけど、何か条件があったりするのかな?
唯ちゃんが、服を見てビックリしている。服には昨日の、血が付いてるから。
「ねぇ、今までずっと、服に番号書いてあったのっ!?」
あっ、そっちだったか。
■
交代でシャワー浴びた。俺も、唯ちゃんも服が血だらけだった。自分たちは怪我をしていないから、他の人の、護衛さんや、死んだ仲間たちの血だ。
食欲はわかないだろうけど、なにも食べないわけには行かないので、食堂に行ってくるけど、どうするか聞いた。
「大丈夫‥‥じゃないかもしれないけど、独りで居たくない」というので、手を繋いで食堂へ向かう。
廊下には、多くの死体が残っている。繋いだ手が強く握られた。
「‥‥あとで、みんなを弔ってあげよう。気分はどう?」
「‥‥うん、大丈夫、ありがとう」
強い子だ。
食堂の前に着いた。途中にも死骸はあるが、生きた魔物は居なかった。食堂の入口の扉は、爆発で吹き飛んでいる。
唯ちゃんは、足が震えている。仕方がない、昨日は、ここに居たのだから。
「どうする?ここで待っていてもいいよ」
「一緒に行く」
目をつぶっていてもいいからねと念押しをして、食堂に入る。
血の匂いがした。すぐに兵士や護衛の騎士の姿が見える。こんなにたくさんで、護ってくれていたんだと実感する。
そして、魔法を使ったであろう壁や床の跡。バラバラになっている大量の魔物の死骸。
手を引きながら、奥に進む。
さらに手を強く握られ、唯ちゃんの顔を見る。目をつぶって、震えている。
壁際に、おそらく北さんの、佐々木さんの、哀川さんの、職人軍団のみんなの死体が見えた。
あそこで‥‥
心のなかで、「あとで迎えに来ます」と呟いた。
厨房を覗いた。メイドさんと、コックさん、だったものがいた。
食料などは荒らされていない。食べ物目当てではなく、俺らを殺しに来たんだと実感する。怒りも込み上げる。
「‥‥‥すみません。食べるもの貰っていきます」
厨房の冷蔵庫から、保存が効きそうなものをいくつか、持ってきたカバンに詰め込んだ。
■
部屋に戻り、食事をした。会話は少なかった。
「俺たちみたいに、生きてる人が‥‥いるかもしれないから、他の場所を確認に行こうか」
心にも無い事を言った。食堂に行った時の状況から、人が生きている可能性は、無かった。
魔物の犬がいた。剣を持った黒いなにかも。圧倒的な強さだった。
ただ、なにかしていないといられなかった。それだけ。俺は、心の冷たい人間だった。
「‥‥私も一緒に行くよ」
繋いだ手が暖かかった。
その後、扉が空いてる部屋を、一緒に確認していった。
メイドさんや、兵士の皆さんが、食い散らかされていた。どの部屋も酷いものだった。
そして、
「村上さん‥‥‥」
昨日の午後まで元気だった人の無惨な姿を目にした。涙は出なかった。
護衛の人と一緒に、戦ったんだろうな。右手に、練習用の剣が握られている。
左手は、無かった。
山本君は、剣を持った腕と両足だけだった。体は見つからなかった。生きてはいないだろう。
護衛の人の魔法だろうか?山本くんの部屋はボロボロで、窓は大きく壊れ、全体が焼け焦げていた。
部屋には、護衛の遺体と、山本君の破れた服、そして大量の血痕がこびりついていた。
■
部屋への帰路、二人の足音だけが響いていた。
「ニャァ‥」
ホールに差し掛かったとき、後ろから、か細い猫の鳴き声がした!
まだ魔物が生きているっ!?武器がない。どうする!?
二人で振り返り、身構えた。
廊下で、お腹を切られて死んだであろう大きい魔物猫のかたわらに、へその緒がついたままの、仔猫が鳴いていた。
二人で目を丸くした。
「どうす「連れて行くっ!」
「わかった。何が必要?ちょっと待てる?」
「待てる。大丈夫」
急いで食堂へ戻り、指示された物を見つけてきてその場に戻った。
へその緒を切り、体を拭き、お湯で温める。
「ミルクあるかな?あとスポイト」
「わかった、探してくる」
部屋を出て、食堂に向かいながら反省する。真っ先に、殺す選択肢を考えてしまった俺。そんな自分に嫌気が差した。
「唯ちゃんのおかげで助かってるなぁ」
死体を見すぎたせいなのか、穏やかではなかった。もし今、1人だったら心が壊れていただろうと思う。
前の日常を思い出させてくれる唯ちゃんに感謝しながら、仔猫と唯ちゃんを守るために走り出した。
■
仔猫を部屋に連れ帰り、ミルクを飲ませている。でも、なぜこの猫の魔物だけ生きていたのか。
そんなことを考えていたら、唯ちゃんが話し始めた。
「‥‥昔、弟がねっ、産まれたばっかの仔猫拾ってきたんだ。こんなに大きくなかったけど。
その時は、‥‥お母さんと一緒に、今みたいに世話したんだ‥‥‥」
「‥‥‥」
「やっぱり‥‥弟たちに、お母さんに‥‥お父さんに‥‥会いたいな‥‥」
「‥‥‥」
「アタシ、生きてたよ‥‥って、笑顔で、自分で伝えたいっ!!」
意志が伝わる。良かった。乗り越えられるよ。唯ちゃん。
「奇遇なことに、俺も目標、一緒なんだ」
唯ちゃんの人生の大事な大事な場面なのに、いい事言わないと、いい事言わないとのプレッシャーから、カッコつけれない俺って‥‥
決めゼリフを決めきれず、少し凹んでいる俺を見かねてか、唯ちゃんが笑ってくれた。
「アハハッ!知ってた」
「じゃあ、一緒に行くか。そのチビも連れて」
「うんっ」
「カッコいいよ、トモ‥‥17番のお父さん‥‥」
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