閑話 宇都宮ねね2

 結局、その場での返事は保留した。すぐに決められなかった。


いや、決まっていた。


 今、ポストにハガキを投函した。お別れのハガキ。メールやSNS、電話、手紙でもなく。


 会うのは無理だった。もう、私が作れない。幸せになるための、嘘の自分が作れない。

 それでも、相手にいい顔見せたい自分も、嫌になる。


「またスマホ番号変えなきゃか‥‥」




 スマホ機種変の3日後、ヒトシは、給付金詐欺で逮捕された。

 

「私の1年、返してよっ!!」



ベッドで目が覚めた。

「ここは?」


 近くの女性が、異世界に飛んできたって言った。

 大丈夫かな?何言ってるんだろ?


 若い女性は、家政婦の北さんと言って、元々は62歳だそうだ。

 バスの事故で、この世界に飛んできたときに若返った。と言われても、

「えっ!?そうなんですか?」しか言えなかった。



 綺麗な人が前で何か話している会議室みたいなところに、30人くらいの人が集まっていた。兵隊みたいな人もいる。

 1人の若い男の人が、私の名前を呼びながら走ってきた。馴れ馴れしい人。


誰?


 男の人の顔と名前は、大体忘れないんだけど、この人は、覚えがない。

「えっ!?村上さんのおじいちゃん!?」

 私の事や、同僚の名前、村上さんに贈られた毎回同じラブレターの便箋の柄や、裏でみんなが『コティじい』と呼んでいる事も知っている。


 鎧を着た女性が近づいてきて、ミサンガを腕に巻くように指示される。

 北さんを見てから、ミサンガを巻くと、女性が話している言葉が理解できた。


「うわぁ〜、ホントなんだ」



 リスさんの説明が終わって、スキルの確認の順番を待っている。

 私も死んで、20歳に若返っているらしい。確かに、肌のハリがいい。

 波多野さんに悪いことしちゃったなと思うのと同時に、死んじゃったから、まぁしょうがないかと現実を受け止めた。

 私の貯金は、お母さんに渡るだろうし、お母さん以外に悲しむ人もいないだろうから。

 でも、お別れだけは言いたかったな。


 その後は、色んな男の人が声をかけてきた。

「大丈夫だった?」とか声をかけて来るけど、チラチラと、堂々と、私を見定めてる感じで面倒くさい。

 味方にしておいて損はないので、魅惑のスマイルを放っておいた。

 コティさんが何回も寄ってくるので、いつもの感じで受け流していった。


 女の子は、私を含めて5人だ。

 付き添ってくれた北さんと、工事現場の誘導員だった唯ちゃん。

 工事現場の男の人達と仲が良いみたいだったから、さっきの魅惑スマイルは失敗だったかな?


 高校生の沙織ちゃんと香ちゃん。礼   儀正しい2人だった。

 挨拶のとき、竜也君は顔を真っ赤にしてた。沙織ちゃん。取らないから大丈夫だよ。


 運転手の山本君は、ずっと謝っていた。山本君のせいじゃないよって言ったけど、ずっと気にしてるみたい。


 三矢さんは、良くわからない人だった。他の人と同じく、胸は見てくるんだけど、終始考え事をしているのか上の空で、私を女として見てない感じがする。



 私のスキルを確認する順番になった。

 話に出てきた聖女みたいな感じなら、お金には困らないだろうか、とか考えていたら、治療師っていう職業になった。

 聖女じゃなくて残念だったけど、まぁこれはこれで食うに困らないかなと思う。

 鑑定治療っていうのが使えるみたい。病気や怪我の人が見えて、どうすれば治るかがわかる感じ。

 なんとなく私らしいなって納得した。

 自分のことは、このスキルではわからないみたい。


 私は、自分のスキルにも、見られたくないんだって思った。



 夕食では、唯ちゃんと、沙織ちゃんと香ちゃん、眠そうな北さん、宮廷魔道士のリスさん、占い師で冒険者のミ レイさんの女性グループで同じテーブルに座った。


 今日は、お披露目会みたい。私達の。

 この国の6つの貴族様が王子様やお姫様を引き連れて来ていて、みんな名前がカタカナで長すぎて覚えきれなかった。

 食事中も、貴族様がテーブルに挨拶に来るものだから、リスさんとミレイさんが立ったり座ったり。

 それにつられて私達も立ったり座ったりしている間に、北さんが倒れて、部屋に連れて行かれて、ミレイさんがここぞとばかりに付き添いという名目で離脱して、それをみんなで白い目で見て。


 年齢が急激に若返った人は、精神と肉体の疲労で眠くなるみたい。

 なので、夕食に参加できない人も結構いるみたい。

 でもおかげで、貴族様の挨拶訪問が減ったので、リスさん含めて、みんなで少しお話が出来た。北さんに感謝だ。


 1番歳が近い唯ちゃん、と言っても私のほうが6つも年上なのだけれど、警備員でガードウーマンになったみたい。スキルがね。

 特に香ちゃんが、聖魔女っていう、聖女なんだか魔女なんだかすごいスキルをもらってしまったようで、泣きそうになっていた。

 沙織ちゃんは、希望していた錬金術師に近いものにはなれたみたい。

ただ、「曜日が1日遅かった」って言ってたから、錬土術師なのかな?



 早めにお披露目会が終わり、4人で話しながら部屋に戻ったんだけど、各部屋の前に、半裸の美形男子が充てがわれていて、3人が真っ赤になっていた。


 ハイハイ。こういうケースはこのお姉さんにお任せください。

 一旦みんなでお手洗いに集合。


「あれは、ハニートラップって言ってね‥‥‥」

 みんな顔を真っ赤にしながら、あーだのこーだの、キャーキャーワーキャー。


なんか楽しい。



「じゃあ、アタシが行ってくるっ!」

 先鋒は唯ちゃんが務める。


 3人でトイレのドアを少し開けて覗き込む。

 戦場に向かう唯ちゃんは、振り返りニカッと笑顔でサムズアップ。なんか男前。


 部屋の前で、男娼と言い争ってる。頑張れ、と3人で小さいエールを送っていると、

「間に合ってますからっ!!」

 唯ちゃんの大きな声にたじろぐ男娼。

 そして、唯ちゃんドアを開けて部屋の中へゴール!


 3人で軽くハイタッチした。

 なんか楽しい。



 香ちゃんも、沙織ちゃんも、問題なく部屋に入れて、さて私の番。

 部屋の前で、男娼4人が行く手を遮る。

「お前だろ?」


「何か?」

 男娼のリーダー格が食ってかかってくる。


「俺等は金もらって、ここに来てるんだよ。余計なことするんじゃねぇ」

 そんなことをバラしながら直接的な脅しに来るなんて下っ端ね。ハニトラ要員失格。


「ローズムーン伯爵家は、このことご存知なの?」


「な、なんで貴族の名前が出てくるんだよ!?」

 全く知らされてないの?ここ勇者研修用のお城でしょ?


「私達が召喚された勇者だからよっ」


「なっ!?」

 全く、あまりにも舐め過ぎなんじゃ無いの?

 女の勇者には、男娼を当てとけばいいみたいな感じね。

 ほんと、どの世界も腐ってる。


「ホラ、さっさとどきなさいよ。この三下」

 うん。こういう時に、パパ活の時の修羅場の経験が役に立つなんてね。


「くっ!覚えてろよっ!」

 男娼4人組は、ベタな捨てゼリフとともに居なくなった。


 私も部屋に入る。

「ふぅー。最後になんかどっと疲れたなぁ」



 次の日、朝起きたらドアが開かない。やられたウインクを

 外側からドアを、何かで打ち付けられてる感じね。

「うわ〜やられた。まぁそのうち誰かが気がつくでしょ」


 腹いせにしては、ショボすぎない?なんか異世界来て男運下がったかな?

 とりあえず、シャワーを浴びて、ゆっくりとくつろいでいたら、ドアを叩く音と、外から唯ちゃんと沙織ちゃんの声がした。


「アタシ唯。ねねちゃん、大丈夫!?」


「大丈夫だよ。昨日の奴らになんか細工されたみたいでドアが開かないの。誰か呼んできてもらえる?」


「わかったっ!」

 これで一安心。



 執事さんとメイドさんがやってきて、平謝りされた。いえいえ、悪いのはあいつらですから。


 朝食で、唯ちゃん、沙織ちゃん、香ちゃんが一緒に朝ごはん食べた後、私が来ないことを不審に思って、部屋に寄ってくれたのだ。

 ありがとう。なんか女の友情ここに結束みたいな感じで楽しい。


 その後、昨日のみんなの勇姿を振り返り、ハイタッチ!

 やっぱり楽しい。

 異世界、来てよかったかな。



 遅くなった朝食を一人で食べていたら、あの不思議さん三矢さんが会場に入ってきて声をかけられた。


 私の向かいに座るらしい。

 男娼のイザコザがあったから、正直面倒くさい。

 とりあえず、営業トークで様子を伺う。


「おはようございます、三矢さん。昨日の夕食で見かけませんでしたけど、体調がすぐれないみたいな感じでしたか?」

 ちょっと、冷たい感じの口調になってしまった。まぁいいか。


「実はいつの間にか寝てしまっていて、気がついたら朝だったんですよ。宇都宮さんは朝から元気そうだよね」

 あれ?昨日と違って、別に嫌な感じはしないかも。


「私、名字長いんで、名前の『ねね』でいいですよ。私、結構朝強めみたいなんで。



 三矢さんは、44歳でお子さんが3人いるみたい。長女の子が17歳で、奥さんは亡くなられているらしい。

 娘との感覚で接してるんだこの人。私のほうが10歳ぐらいも歳上なのに。


 その後も、食事をしながら、色んな話をした。コティさんの困った行動や、昨日の男娼の嫌がらせとか、パパ活のこととか。

 今までだったら私の方から、ここまで話すことなんて無かったのに、三矢さんはうんうんって聞いてくれる。

 なんか楽しい。

 冗談を言っても、多少慌てながら付き合ってくれる。


 あっ、この人はなんか似てるんだ、私と。

 何か自分を隠している事があるのかな?わからないけど、この時間、嫌な時間ではないなぁ。

 昨日は、同族嫌悪みたいな感じだったのかもしれない。



 部屋に戻る帰り、昨日の事があったからって、私の部屋の前まで送ってくれた。

 下心の見えない見送りなんて久しぶり。


スキルの話になって、三矢さんのスキルが、マジシャン違いの手品師だったって聞いて、笑ってしまった。

 あっ、笑ったこと、失敗したかなって思って顔を見たら、三矢さんも笑ってて、「こんなことなら、もっと手品やっておけば良かったよ」って。

 そんな後悔する人、あんまりいませんよ、三矢さん。

 私のヒモになっても良いですよって話したら、丁重にお断りされた。

 

 あっ、部屋に着いちゃった。


 どうしよう、部屋でお茶でも誘おうと思ったら、さっさと帰ってしまった。

ズルい。


なんか楽しかったな。



 その後は、急遽、沙織ちゃん達高校生4人が王様と謁見することが決まったらしくて、挨拶に来た。

 頑張ってねって、二人を抱きしめてから、森田くんと轟君にも、

「来る?」って手を広げたら、ふたりとも赤くなって、5人で笑った。

  

 唯ちゃんと北さんと一緒に、昨日の夕食のときお話したサミィさんタミィさんがいたのでご挨拶。

 男娼を追い払うのに、ローズムーン伯爵家の名前を出してしまったことを謝ったら、「どんどん使ってくださいましてよ」って言ってくれた。

 なんかお嬢様だなぁって実感。


 休憩時間に、三矢さんに声をかけようとしたんだけどいつの間にか居なくて、唯ちゃんが目を腫らして帰ってきた。

「どうしたの?大丈夫?」って聞いたら、三矢さんとタバコを吸いながら話をしてたら、お父さんを思い出して泣いちゃったんだって。

 こんな可愛い唯ちゃんを泣かせるなんてっ!

 女泣かせ三矢めっ!後で懲らしめてやる!フフッ



 昼食後、三矢さんの部屋に行って、ちょっとドキドキしながらドアをノックしたのに不在だった。

「ちょっと、このドキドキを返しなさいよっ!」って、ドアを軽く蹴っておいた。


 その後は、執事さんやメイドさんがバタバタしていて、午後の勉強会が中止になった。

 三矢さんに教えてあげようと思ったら、また居ないし!


どこをふらついているんだか。



 その後、唯ちゃんと北さんと部屋でおしゃべりして、北さんが大浴場を使っていい情報を仕入れていたので、みんなで入った。

 久しぶりの、足の伸ばせるお風呂。キモチ良かった〜。

 シャンプーやコンディショナー、スキンケアセットのアメニティも充実していて、凄かった。

 過去の女勇者様の要望なんだって。流石。


 浴衣に着替えて、そのまま夕食会場に行ったら、ようやく三矢さんがいた。

 手を振ったら、コティさんが走ってきた。うーん、コティさんに振ったわけじゃなかったんだけど。


 その間に、唯ちゃんが三矢さんのところに、「トモ〜」って呼びながら走って行って‥‥


トモって何!?


 ちょっ、コティさん、今は話しかけないで。唯ちゃんの声聞こえないから。なんか唯ちゃんが箱みたいの渡してた。


 席に座っても、コティさんの話は止まらないし、三矢さんは、佐々木さんと北さん、山本君と楽しそうだし。


 私もそっちに混ざりたいって目線で合図を出したのに、ヘンテコなウインクを返してきて伝わってないしっ!!

 三矢さんがお手洗いに立ったので、私も後からついて行った。


お手洗いから出てきたところで、

「ちょっと!三矢さん!なんで助けてくれないんですかっ!?」

って睨んであげた。


 いつもだったら、その後に、「寂しかったんですよっ」ぐらい言っていたのに、言葉がつながらなかった。


 三矢さんは、私の胸を見ながら、面倒くさいこと回避の隠しスキルが発動したとか言ってたけど、おっぱい見ながらそんなこと言っても、回避はできませんよ。

 っていうか、そんなスキルがあるなら私にも分けてほしいです。


 フフッ、三矢さんは、酔っ払うとツッコミが激しくなるんですね。


 勢いで言ったセフレは拒否されちゃいましたけど、私もトモって言う権利は勝ち取れましたっ!!

 ねねとは言ってくれませんでしたけど、大きな前進です。


 席まで腕を組んで戻りました。

 三矢さんは、おっぱいが‥‥って言ってましたけど、大丈夫です。押し付けているので。


 なんか、この異世界に来てから楽しい。



 お父さんがいたらこんな感じなのかな‥‥って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る