閑話 宇都宮ねね1
私は、宇都宮ねね。26歳。この総合病院で医療事務をしている。
「今日のは、波多野さんだから、この服とこの香水っと。
チークとリップはこの色でいいかな?」
私は、パパ活で稼いでいる。
今の病院は、他の院と比べるとお給料は良いほうなんだけど、仕事だけでは貯金が出来ない。
今日は、最後まで行かない波多野さん。
今は、ヤル、ヤラない合わせて、そういう人が12人いる。
彼氏とは、先月別れた。
■
「ねぇ〜ヒトシ〜。私にも、タバコちょうだいっ」
「なんだよ。自分のは買っておけよな〜ホラっ」
ベッドの上、うつ伏せでタバコに火をつける。
「吸いたくなるのって、こういうことした時だけだから、最近買ってないんだぁ〜
だから、ヒトシの前だけなんだぞっ!」
「そっかっ」
ヒトシは、3つ上の29歳。今までの男の中で1番長くて、もうすぐ1年になる。
大手1流企業で勤務していて、要領が良く、頭の回転が早い。
金回りも良くて、見栄っ張りな分、私に対する着せ替えも、そこそこ良いものを寄越してくる。
知り合いからは、「彼氏、カッコいいよね。友達を紹介してもらえないか頼めない?」って言われる。顔もそこそこ良い。
顔は良いほうが、遺伝子的に子供の将来に有利に働くので、無いに越したことはないが、最優先ではない。
最優先はお金だ。
■
私は母子家庭だった。父親は、忙しい人だと聞いていた。
だから、いないんだって。
さつきちゃんの家は昨日、みんなで一緒に遊園地に行ったんだって。
お父さんが肩車で、パレード見せてくれたんだって。
弟が、ポップコーンをこぼして、泣いちゃったんだって。
‥‥私も、1回だけ、行ったことあるんだ、遊園地。1番前に座ったから、私もパレード見れたよ。
‥‥サンタさんだって来るんだから。
‥‥寂しくないもん
□
「バッシュが無いの、ウチだけなんだよ。ねぇ〜お母さん〜、お願い〜。来月の大会、初レギュラーなの、バッシュ履きたいっ!」
結局、先生が、卒業生の使わなくなったバスケットシューズを用意してくれた。
家に持って帰ってキレイにした。全部キレイにならなかったけど。
朝起きたら、全部ピカピカになってた。
□
高校生になったら、ファミレスでバイトした。
初めてのバイト代で、お母さんに有名ブランドのハンドクリームをプレゼントした。
お母さん泣いてた。
私も泣いちゃった。
使ってほしかったんだけど、今も家に飾ってある。
大事なのは、お金だ。
うちの家には、お父さんはいなかったけど、大丈夫だった。
幸せだった。
でも、もっとお金があれば、私も、お母さんも、もっと幸せだった。
■
出会いは合コンだった。
「医療事務をやってる宇都宮ねねです。整形の方でお世話になってます」
小児科の同期に、「どうしても出てほしい」ってお願いされたのに、1番壁際の、オタク君の正面だった。
まぁ、別にいいんだけどね。
女の敵ほど、めんどくさいものはないし。
とりあえず、営業スマイルで時間を潰しますよ。
オタク君、改め、城マニア君の話に対して、30回目の、その都度アレンジされた、
「わぁ〜!スゴイんですねっ!」
をこなし、名刺を渡してくる他の男どもに愛想笑いで対応するだけの簡単なお仕事。
ターゲッター女達の、冷ややかな目線付き。
シャッフルも無い。そんな目で見るんなら、事前ミーティングぐらい参加させろよっ。
最後に長く話したのがヒトシだった。
合コン終わりに、一人で駅まで歩いていたら、ヒトシに声をかけられた。
条件は良さそうだったから、飲み直して、ホテルに行って、そこから1年近くが経つ。
■
ヒトシに別の女が居るのはなんとなくわかってる。
まぁこっちも同じような事をしているわけだから、お互い様だよね。
まぁ、私はお金、ヒトシは綺麗な女を横に侍らすという、お互いに都合よく、需要と供給があるからここまで続いたのかな?
真剣に結婚を求められたら、それでもいいかなって、考えられる程度には、進んだと思う。
私も、幸せになっていいんだって。
この話を聞くまでは。
「芸人を目指そうと思うんだ」
「‥‥はぁ?」
あまりにも予想外の言葉に、本音が声に出てしまった。
危ない危ない。
私はまだ冷静だ。
1回だけ、深呼吸しよう。
「えっ? なんて言ったの?」
聞き間違いかもしれない。確認してみよう。
「お笑い芸人を目指そうと思うって言ったんだ」
「‥‥‥‥‥」
聞き間違いではなかった。冷静に、ねね、冷静になれ。
「‥‥なんで?」
ダメだ。いつもだったら、
「そうなんだ。うん、私はいつでも、ヒトシのこと応援してるよ。うん。一緒に頑張ろう」
かな?他人事だ、なんか違う。
「えっ!?どうしたの急に?
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥」
ダメだ。言葉が思い浮かばない。
いつもの、ちょっと抜けてて、でもいつでもあなたの事応援してるよ、の尽くす女が作れない。
唯一の親友に、ねねって『あざとい』の上手だよねっ!
って言われてた私が作れない。
■
子供の頃から、周りの子たちとは少し違う違和感を感じていた。
私は、親にワガママを言った回数を覚えている。
お父さんが欲しいって泣いたこと。バッシュが欲しいって困らせたこと。高校卒業後、働くって言ったこと。仕事のお給料を受け取ってもらっていること。
いつも笑ってるお母さん。冗談を言って笑わせてくれるお母さん。いつも帰りが遅いけど、話を聞いてくれるお母さん。
時々、泣いてる、お母さん。
小学生のとき、学校近くの文房具屋さんで友達と一緒に、可愛い消しゴムを万引きしてしまった。
後にも先にも、この1回だけ。良くないことはわかっていた。友達の誘いを断れなかった。怖かった。
学校にお母さんが呼ばれた。泣いてお母さんにごめんなさいした。お母さんは泣いて先生とお店の人に謝っていた。
帰り、ずっと泣いて、お母さんに話した。お母さんも、泣いて話を聞いてくれた。
いい子にしてないと、お母さんが泣いてしまう。いい子にしてれば、幸せになれる。
高1のとき、同じバイトで同じ学校にの同級生に告白されて、初めて付き合い始めた。
楽しかった。夢のような時だった。
バイトでお金もあって、遊園地も行ったし、欲しい物が買えた。
そして、私だけを見てくれる男の人が初めてだった。
現実は、違った。
隣のクラスの女の子に呼び出された。二股だった。泥棒猫って言われた。母子家庭でお父さんが居ないからって言われた。
平手でその子を殴っていた。悔しかった。悲しかった。お父さんがいないのは関係なかった。
いい子にしてたのに、幸せになれなかった。
その後もバイトを続けた。お母さんにバイト代を渡しながら、自分でも貯金をした。通帳の数字が増えていくのが嬉しかった。
幸せの数字が貯まっていくみたいだった。
その後は、年上の大学生や社会人と交際した。理由は、お金を出してくれるから。お金を使ってくれるから。
お金を私のために使ってくれるときは、私だけを見てくれるから。自分から好きになるのではなく、相手を好きにさせれば、お金が増えること知ったから。
お金があれば、笑っていられる。
お金があれば、男の人が私のことを見てくれる。
お金があれば‥‥、幸せになれる。
■
「子供の頃からの夢だったんだけど、無理だろうなって諦めてたんだ。
けど、タケ、小中高と一緒の親友なんだけど、タケに、一緒にやらないかって誘われてさ。
1度の人生、かけてみたいんだ、夢に」
‥‥‥‥はぁっ?
勝手に何言ってんの?先に言えよ。
そんなことに、私の1度の人生を巻き込むなよ。
落ち着け。
「仕事は、‥‥どうするの?」
「仕事をしながらっていうのは、逃げだと思うから、昨日、辞めてきた。
本気なんだ。今まで生きてきた中でこんなに、熱くなったこと無かったんだ」
はぁっっ!?
辞めてんのっ!?
バカなの!?
バカだわ。
私もバカだわ。
「もうお前だけなんだ。俺と一緒に、俺の夢を、一緒に隣で、一番近くで、見ていてくれないか?」
なにこれ?
プロポーズのつもり?
「『もう』お前だけなんだ」
何、その『もう』
バカなの?
バカだったわ。
バカが何が出してきた
紙と箱だ。
どっちも知ってる。
幸せになるための。
どっちも、欲しかったものだった。
お金‥‥じゃない方の幸せ。
芸人が悪いわけじゃない。
夢を追いかけるのが悪いわけじゃない。
‥‥ヒトシが悪いわけじゃない
悪いのは、私だ‥‥
幸せに、なろうとした
バカは‥‥私だ‥‥‥
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