第9話 タバコと上目遣いの警備員
休憩時間になった。
なんせ、前の方の職人軍団、ほとんど寝てるんだもの。休憩時間になっても、起きる気配がなかった。サミィ先生も多少ご立腹感が出ていた。
まあ俺も、脳内の処理が限界だったので助かったけど。
■
会議室を出て、テラスみたいなところに出てみた。手すりに体を預ける。
ポケットから、残り本数が半分になってしまったタバコを取り出し、火をつける。
「ふう~、神様か〜。神様、たばこ売ってるかな〜」
そういえば、初めて、この世界の外の景色を見たけど、ほんと、異世界なんだな〜と実感する。
周りは一面荒野。遠くの地平線がまっすぐだ。
この国は人口密度が少ないのかな?交流や流通は少ないのだろうか?
子どもたちは寂しがってないだろうか?元気でやってるかな?
太陽が真上で輝いているが、気温は高くない。そんなに腹は減ってないが、そろそろお昼なのかな?
ボーッと非現実を実感しながら、紫煙をくゆらしていたら、後ろでドアが開く音がした。
「あれ?タバコ吸うんだ?アタシにも一本おくれよぅ!」
チョイヤンキーのユイさんがニヤニヤしながら寄ってきた。
カツアゲからのおやじ狩りのコンボか!?ちょっと警戒しながら、返事をした。
「お疲れ。あれ?ユイさん、未成年じゃ無かったの?」
ユイさんとは、転移後の絨毯の上でチョロっと挨拶しただけなので、ほぼ初対面。現場の職人軍団との話声が大きいので、名前は覚えてしまったのだが。
「あれ?アタシ名前教えたっけっ?アタシ20だよっ。ホレッ」
カードケースから運転免許証を取り出し、こちらに見せつける。
彩芽 唯
ホントに20歳だ。やたらと不機嫌そうな証明写真だ。
「写真より現物のほうが美人さんだね」
社交辞令の褒め言葉を伝えて、タバコと100円ライターを差し出して上げる。
「フヘッ!? い‥いきなり何言ってるんだよっ!!」
手で顔を扇ぎながら、顔を赤らめる彩芽さん。
うーん、恋愛ベタかな?可愛いのにもったいない。
あっ、タバコを奪われた。
慣れた手付きでタバコに火をつけ、白い煙を吐き出す。
「はぁぁぁぁ〜!生き返るぅぅぅ〜!」
ニカッとした笑顔で、ライターを手渡された。美人の笑顔は気分がいい。
「俺は、三矢友宏。こう見えて44歳だから。
彩芽さんの名前は、ほら、取り巻きの職人さん、シンジ君だったかな、が大声で話してたからね」
特に背の高い男の子にずいぶん絡まれてたからな。絡むというより、下心ありの求愛だろうけど。
「唯でいいよっ。今は同い年なんだし、アタシはトモって呼ぶねっ。
別にあいつらは、取り巻きでは無いんだけどなぁ。シンジ、声が大きいから迷惑かけてたね、ゴメンねっ。
あの中では、あっ‥、日本にいたときの年齢だけど、1番歳が近いんだよっ。
アタシって外見で誤解されやすいからさぁ、バイトリーダーに無理言って同じ現場にしてもらってたんだぁ」
なるほど。唯ちゃんは警備会社のバイトなのか。話すと良い子だった。ヤンキーとか思っててゴメンね。
俺の実年齢を聞いても動じない順応性が素晴らしい。
なんとなくだけど、俺は唯ちゃんのお父さんより年上な気がする。
ここでシンジ君か。ラノベっ娘とシンクロしたら、神降臨するかな?
シンジ君、まだ恋愛に突入してなさそう。頑張れ、逃げるな、戦えシンジ君!
□
「トモはどう思う?この世界で生きてくとか」
ベンチに座る唯ちゃんがそう聞いてきた。
くわえタバコで上目遣いかっ!!高スキル過ぎるだろ!!
そうだな。まだ20歳だもんな。彼氏とか、日本に残してきたものも多いだろうな。
「そうだね~。俺は、帰れれば帰りたいと思っているよ。向こうに子供3人残してこっちに来ちゃったからね。
うちは奥さんが先に亡くなってるので、俺が頑張らないといけないから。せめて娘達の結婚式には参加したいしね」
唯ちゃんは、俺の話を聞きながらタバコをふかす。
「アタシもさ〜、両親が離婚して、3人の弟を食わせてたんだよね。でも、なかなかいい仕事が無くってさ。
夜の仕事も少し経験したんだけど、一番下が、夜アタシが居ないと泣くようになっちゃって‥‥。
今の仕事は、ある程度融通を利かせてくれるから助かってたんだ」
唯ちゃんの元気は、裏返しの元気だったんだな。
「でも昨日、死んだって言われて、ちょっとホッとした気持ちもあってさ。なんか、納得しちゃった自分が居て。
自分だけ、大変だったのが、楽になっちゃって、あれっ、もうなんだか、わかんなくて、」
唯ちゃんは、話しながら涙を流していた。
ここで、頭ナデナデしたり、抱き寄せてポンポンするのは簡単だけど、この世界はきっと、そんなに甘い世界じゃないよな。
2本目のタバコに火をつける。煙を真上に吐き出した。
「俺は帰るって目標を見つけたんだ。後悔したくないから。
唯ちゃんは、唯ちゃんがこれだっていう目標を見つけるべきだと思うよ。
死んで転移して、魔物がいる物騒な世界に来ちゃったけど、頑張って生きてる間は、また一緒にタバコ吸いながら、あの時大変だったよねって言っていいから。
俺ってトモ(友)なんだろ?」
そう言って、2本目のタバコとライターを渡す。
唯ちゃんは、まだ涙は止まってないけど、タバコを受け取り、火をつけて煙を真上に吐き出した。
「頑張って生きてって、もう1回死んじゃってるけどねっ」
ニカッと笑い泣き笑顔でこっちに振り返った。
「俺ってカッコいいオッサンだろ?」
今までやったことのないニカッと笑顔を返してやる。
「なんか、お父さんを思い出したよっ」
「俺のほうが、カッコいいはずだよ」
シンジ君に、頑張れ、逃げるな、戦えって言っておきながら、自分は言葉巧みに逃げ出す汚いオッサン。
薬指の指輪を親指で転がしながら、俺は残りのタバコ本数を気にかけていた。
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