第7話 冒険者の街

『全ての民に継ぐ


 セシリア王国内にて、バーンアップ、スタンピード以上の前兆あり。

 バリテンダー城の立ち入りを禁止し、即時、第4門内、マルティック領、ローズムーン領への移動を命ず』




「おいっ!見たかっ!王令の掲示板っ!

‥‥‥って、ここもスゲーことになってんな‥‥」

 短髪の少年が、大声を上げて飛び込んでくる。


 勢いよく解き放たれたドアの方向を気にかける者がいないほど、建物内はいつも以上にごった返していた。


「‥‥テセウス、情報遅〜い。ドア開け叫び飛び込み、君で15人目」

 入口に一番近いテーブルで、肩ひじを立てている兎耳の女性が、ダルそうに声を上げる。


「違うぞアーニャ。18人目だ。」

 その隣で、朝から酒を飲む額に傷のある大柄な男性。背中には大きな剣を背負っている。


「ラインは几帳面過ぎ。15も18も大して変わらない」

 ラインと呼ばれた青年は、表情一つ変えず、酒を呷っている。


「ラインハルトはこんな時も酒かよっ!って、俺もなんか頼もうっかなっ‥‥‥って、給仕のタニアちゃん居なくね?」


 アーニャの隣の席に腰掛けたテセウスは、いつも注文を取ってくれる馴染みの給仕の姿を見回したが、見当たらないほど、この日のギルドの室内は人が多すぎた。


「ん〜、タニアちゃん見えねぇ。

んで、バーンアップ、スタンピード以上って、何だと思う?」


 テセウスの問に、2人は声を合わせて言葉を発した。



「「魔の刻」」



 ここは、セシリア王国で深淵の森に一番近い街、テトラフォレストの冒険者ギルド。

 第5門の外側にある街で、森の拡大防止と、そこに住み着く魔物の退治で名を上げる冒険者が集う街。


 魔木や魔石、食材としての魔物の肉。金と夢の集まる場所には、人も集まる。こうしてこの街は発展し続けた。


 確かにリスクはある。迫りくる森の影響に、不定期に起きるバーンアップやスタンピード。

 1つ歯車がズレれば、この街の存在すべてが一瞬で失われるだろう。


 しかし、現在まで、どんな困難でも乗り越えてきた自負が、この街に住む人々、この街、この国にはある。


 早朝に王令が出されてから、街の中はどこも混乱に陥っていた。


「皆さん、落ち着いてくださいー。

ギルド長が到着しましたら、皆さんに説明しますのでー。

 それまで、クエストの受注も一時停止となりますー」

 ギルド受付嬢、ロザリアも目下大混乱に巻き込まれ中である。


(ひー!ギルド長が来ないと、この状況は収拾つかないよーこれー!

 受付3人だけじゃ対応しきれないしー)


 朝からずっと、引っ切り無しに、冒険者たちからの質問攻めに、泣き出したい気持ちを抑えて、ギルド長の到着を懇願する。



 同時刻、テトラフォレストの領主邸では木工ギルド、冒険者ギルド、商業ギルドの長たちが、前例の無いこの王令への対応を協議していた。


「それでは、これまで検討されました現在までの情報を、もう一度精査します」


 領主の第一秘書である、ハヌル・サリオリが、右手でメガネを直しながら、要点を復唱していく。


○昨日、東の砦に、王国直属兵30名ほどが派遣されたとの情報から、セシリア王国が、勇者召喚を行った可能性が高い事


○ザムセン国で起きた『魔の刻』と同じような状況に陥る可能性がある事

しかし、第4門までの撤退という王令は、被害規模は小さいと踏んでいること


○『魔の刻』の発生は、勇者召喚の3日後だったことから、最短で明後日の暗刻時に第4門までの全てが消える可能性があること



「まあ、だいぶ厄介な状況だな」


 冒険者ギルド長であるラル・イルは、不貞腐れた顔で言い放つ。

「ザムセンのこともまだ分からねえ中でこれか」



今から5年前にザムセン国で起こった全国民消滅事件。通称『魔の刻』。


約5分間で、国の8割が、『消滅した』のである。


ザムセン国内で確認した生存者は154名。


火山近くの別荘にたまたま滞在していたザムセン国第4王女カトリーヌ・ザザムセン。当時13歳。


王女のメイドや護衛、別荘管理人など王国関係者、14名。


火山警備隊員、22名。


坑道作業の鉱夫関係者、78名。。


鉱夫の護衛関係、国境渡航者、火山の町の宿場従業員など、38名。


深淵の森の探索冒険者、1名。


行方不明者、50万人以上。



【証言から見た概要】


休の月、182日目

暗刻と同時刻から5分間

ザムセン国内の、『地面に触れている全てのもの』の魔力が、全て使用不可になる。



○第4王女、筆頭メイドの証言


暗刻と同時に、館内の照明が全て消える。魔法、魔導具の使用ができなくなる。

約5分後、全てが正常に戻る。

回復後も、王城との通信魔導具、転移魔導具が使用不可。



○鉱夫の証言


坑道、宿場町含め、全ての明かりが消え、魔法、魔導具が使用不可となる。

夜目、周辺探索、身体強化など全てのスキルが使用出来なくなる。



○火山警備隊員の証言


魔導具使用等は同上。

火山(活動休止中)の動きに変化なし。



○隣国、アルスタール王国の国境警備隊員の証言


暗刻、音もなく、ザムセン国土の地面が真っ黒になる。

アルスタール王国内は変化なし。

アルスタール側から槍で地面を突くも、槍や隊員に変化なし。

当てた照明の光に変化なし。

投げ入れた石は消滅した。

警備隊副隊長1名が、真っ黒になったザムセン国土に、調査のため無許可で立ち入り、完全に体がザムセン国土に入った瞬間に消滅した。

異常事態から約5分後、ザムセン国土は、音もなく魔木が生え揃っていた。



○新米冒険者 エリスの証言


スキル職 : 風使い

スキル  : 風魔法・飛行魔法

アルスタール王国出身

ザムセン冒険者ギルド所属


箒に乗って飛行していた。

全てが黒くなった。

無数の黒い手が地面から生えていた。


魔導具:『生還の宝玉』の使用あり。アルスタール王国内の実家に転送。

着衣に、シャドーウルフによるのものと思われる破損あり。

現在、自宅にて心神喪失療養中。



 秘書の報告を聞き終わり、テトラフォレスト領主である、ガンダー・バンブリアンは、ゆっくりと閉じていた目を開けた。


「明日、転移陣を発動する」


 商業ギルド長、ラオ・マクダイルが口火を切って発言する。

「‥‥それしかないでしょうな。

 王都がここまで情報を明らかにするとは思いませんでしたが。

 バリテンダー城に勇者が滞在中ということですね。

 となると、ハイリンの街近くがよろしいかと。

 では、商業ギルドとしては出来る限りの魔石、魔木を運ばせます」



冒険者ギルド長、ラル・イルが続く。

「ハイリンったぁ。ちっ、しゃあねぇか。命あっての物種ってところか。

森がどこまで『襲ってくる』かはわからねえしな。

 まぁ、それだけ予想外の事態だったって事だろう。 

 勇者の数は20人程度ってとこだろう。うちは貧乏くじを引いちまったわけだ。

 さて、後は明日の何時だ?

 森に入った奴らに連絡を出すにも、ある程度の時間がほしい。

 うちも、魔石は後で運ばせる」



紅一点、木工ギルド長、ジーン・スズキは、


「昨日から、森の様子がおかしかったからね。バーンアップの予兆かと思っていたんだけど。

 僕の所は、奥まで潜っている者はいないだろうから、今日中には伝えられると思うよ。

 ラオ君の所に、手の空いている者と車を出そうか?僕のところが1番人数多いし。

 総出で運べば、うちの在庫は早めにはけると思うし。

 早いほうがいいでしょ。


 領主様も、それでいい?」



「連携はそちらに任せよう。木工ギルドを中心に勧めてくれ。

 他の小ギルドには、こちらから連絡を出そう。

 時間は、15時とする」



 これで済めばいい。だが、最悪の事態も考えなければいけない。

 領主ガンダーは、不安が拭いきれなかった。

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